天使がやってきた   −手紙を貰った日−



少年は、頼まれたおつかいを済ませて、今家まで帰っているところだった。
この材料なら今日はサバの味噌煮だろう。サバは大好きだ。
とそこで少年は、学校帰りに毎日通る、死神のお気に入りの橋に差し掛かった。


「………」


そこで、思わず立ち止まる。
思い出したからだ。


「………」
「元気かなー、とか思ってたんじゃないのかい?」
「うわあっ!!」


いきなりの声に、少年は飛び上がった。その声の主は、言うまでも無く死神だった。
ぼんやりしていたので、いつもの手すりに死神が座っているのに少年は気付けなかったのだ。


「そっそこにいたの死神……」
「ああ、君が来る結構前からいるなあ」
「……ごめん」


とりあえず謝っておいて、少年は死神の隣に立った。ちゃんと立てかけてある鎌を倒さぬように。
そして、死神と共に空を見る。
今日も綺麗な青空だ。


「今日のメニューは何だい?」
「えーっと……多分、サバの味噌煮かな」
「ふむ、味噌は美味いな」
「そうだね」


それっきり、2人は黙り込む。それぞれ心の中で思うものがあったのか、ただ橋の上には沈黙が流れる。
あまり人も車も通らない橋なので、しばらくは無音であった。
それは決して重い沈黙ではなかったが。


ここで天使のおじさんと別れた日から、何日か経った。
別れたからといって少年と死神の毎日が特に変わるわけでもなく、いつものように学校へ行って散歩をして飯を食って眠って。
ただ、そこに天使のおじさんがいないだけ。

たった何日か一緒に暮らしただけだというのに、何かをポッカリと失った気分だった。


「……今どうしてるかなあ……」


少年は主語を口にしなかったが、同じ事を考えていたのか死神は、


「元気にしているだろう。たぶん」


と返してきた。


「天国ってどういう所なんだろう」
「明るい所じゃないかい?」
「明るいのか……なら怖くはないね」
「そうだな」


そろそろ帰らなきゃな、と少年がスーパーの袋を見ながら考えたその時、


「……あのー……すいません」


背後から聞こえたその声に、少年と死神は同時に振り返った。
そこに立っていたのは、少年と同じ歳ぐらいの男の子。ただ普通と違う所は、着ている服であろうか。
いつか見た自称天使と同じような服だ。


「何だ?」
「えっと、数日前成仏した方のお知り合いですよね?」


数日前?確かに天使のおじさんは成仏して、少年と死神はお知り合いという事になるが。
少年は、この胡散臭い天使みたいな男の子に尋ねてみた。


「君は誰?」
「あ、僕は天使見習いです。監督の天使さんにこれを届けろっておつかいを頼まれて」


天使にも見習いとかいるんだなー、と少年は少々現実逃避気味に思ってみたり。
幽霊に会ったり天使に会ったり天使見習いに会ったり、近頃は変わった人にしか会っていない。
ただまあ、一緒に暮らしているのは一番変わっている死神なのだが。


「一体何を届けろと?」
「ああ、これ、この手紙です」


自称天使見習いから手紙を受け取って、死神は何の躊躇もなく中を開いた。
少年もその手紙の内容が気になって、死神の横から手紙を覗き込む。
そこには、丁寧で読みやすい、綺麗な字が並んでいた。


『お二人ともお元気ですか?私はとても元気です。
 天国は結構良い所です。こうなったら早く成仏していた方が良かったですね。
 ああ、でも成仏しなかったからこそ、私はあなた達に会う事が出来たのですが。
 不思議な縁ですね。

 私は、今度生まれ変わる事に決めました。
 何か天使にもなれると聞いたのですが、私はこちらを選びました。
 確かに天国も良い所です。でも、私はもう一度この世界を生きたかったんです。
 あなた方のように、笑って生きたかったんです。
 今度こそ、私は私の人生を自分の足で、歩こうと思ったんです。

 これで今までの私は消えてしまうわけですが、私はまた生まれます。
 今度会った時は、きっとお互い誰だか分からないかと思いますが、

 また、一緒に遊びましょう。

 それでは、いつまでも変わらず、笑顔で生きて下さいね。

    天使のおじさんより』


少年は手紙の文字をじっと見つめていた。
これは、天国からの手紙だ。天使のおじさんが、少年と死神に書いてくれたものなのだ。


「何だ、やっぱり元気だったな仮天使」
「うん……でも生まれ変わるって……」


すると、自称天使見習いが笑顔で言ってきた。


「ああ、彼は生まれ変わって、ここに生まれてくるんですよ」
「生まれるって……赤ちゃんで?」
「そりゃそうですよ」
「確かに、あの顔のまま生まれてきたら面白いな」


死神はそう言って笑うが、少年は複雑な心境だった。
今度会った時は、天使のおじさんは天使のおじさんではなくて、まったくの他人になってしまっているのに。
そんな少年の心の内を読んだのか、死神は微笑んだまま振り向いてきた。


「君は、仮天使が消えてしまったと思うかい?」
「え?」
「仮天使は生まれ変わって、自分たちに会いに来るんだ。めでたい事じゃないか」
「で、でも……」
「もし、どちらも相手の事を忘れたり、分からなかったりしても」


少年は、ハッとして死神を見た。死神は、いつもの通りの笑顔だった。


「自分達と仮天使には約束がある。きっと、会えるさ」
「……そうだね」


少年も、自然と笑顔になっていた。その様子を見てた自称天使見習いも、にっこりと笑っている。


「じゃあ僕はまだやる事があるのでそろそろ帰ります」
「そうか、頑張れよ」
「天使見習いも大変なんだ……」
「頑張ります。それじゃあ」


自称天使見習いは背を向けた、と思ったら、いつの間にか姿を消していた。
橋の上には、再び少年と死神のみとなる。


「……天使のおじさんはいつ生まれるのかな」
「さあどうだろうな。少なくとも、あと何年かはしないとすごろくは出来ないな」
「ああそっか……」
「楽しみだな」
「……うん」


と、そこで少年はずっと手に持っていた天使のおじさんからの手紙を見た。
これは、天使のおじさんが存在していた事の証拠だ。ここにいるのだ。


「……そうだ、おつかいの帰りだったんだ。そろそろ帰らなきゃ」
「そうか、それなら帰ろうか」
「散歩はもういいの?」
「いい。腹も減ってきたしな」


少年は、あの日と同じように死神と共に家路を歩く。

約束を果たせる日を心待ちにしながら。

04/1/31



 

 

 















天使のおじさんの話、終わり。

あの天使見習いには関係ない裏設定があるんですが、それは隠しということで↓。

実はあの天使見習い、脚本「心の中の天使」に出てくる勇輝です。もちろん天使もあの時のあいつですよ。…はい、まったく関係ない裏設定でした。