トマト味の吸血鬼 −クリームの香りに誘われる再会−
「……と、こんな吸血鬼がこの前うちに来たんだけど、どう思う?」
「………。どう思うって言われてもな……」
少年は、トマトジュース好きの吸血鬼の事を、学校帰りに友人に話して聞かせていた。
普段なら笑い飛ばす内容だが、友人はその少年のうちに居候してる鎌を持った黒い男を知っているだけに笑えない。
「もうそいつはいないのか?」
「いないよ。トマトジュース飲んで帰った」
「はーん。何かさ……お前の所、変な奴ばっかり集まるな」
「……それは言わないでよ……」
ガクンと肩を落とす少年を眺めて、さすがに友人は気の毒になった。きっと精神的に疲れているだろう。
友人は少年の肩を慰めるようにポンと叩いた。
「まあほら元気を出せって。あ、そうだ、何かおごってやるぞ?」
「……本当?」
「本当本当。ジュース限定だけどな。あー俺ってなんて友達思いなんだろう」
「じゃあトマトジュースを買ってくれよ」
「「……?」」
今のは少年の声ではなかった。大体少年は好んでトマトジュースなんて飲まない。飲むのは父親だ。
あとトマトジュースを飲むのは……さっき話していた吸血鬼ぐらいか……。
「「……出たー!」」
「何だ人を妖怪みたいに」
「少なくともあんた人間ではないじゃないかー!」
「ほっ本物?!本物?!」
少年と友人の目の前には、日傘を差して塀の上に腰掛けた吸血鬼の青年がいた。白いフリルのついた日傘が何だか似合わない。
少年はまずそこにつっこむ事にした。
「な、なに、その日傘……」
「は?これ?俺日に弱いから昼間はこうやって過ごしてるんだよ」
「……ふーん……そうか、吸血鬼だもんね」
きっとどこからか盗ってきたんだろう。吸血鬼が普通に買い物をする場面なんて思い当たらないし。
そこで少年は、少し遅いが根本的なところにつっこむ事にした。
「っていうか!何でここにいるんだよ!」
「あーお前待ってたんだ」
「ええ何で?!僕関係ないよ!拾ってきたのは死神じゃないか!」
それなんだ!と吸血鬼の青年は少年をビシッと指差した。ちなみに、友人は少年の後ろの方に密かに隠れている。
「その死神を探してるんだよ。あとトマトジュース」
「トマトジュースはともかく……死神探してるならうちに行けばいいじゃん」
「その家を忘れたからこうやって日傘差して待ってたんじゃないか」
「……そう……」
何だか頭が痛くなってきたので少年はそれだけしか言えなかった。
すると、友人がヒソヒソと話しかけてきた。チラリチラリと横目で吸血鬼の青年を見ながら。
「あ、あれがさっき話してた吸血鬼か……?!」
「そうそう、あれがキュウちゃん」
「へぇー……あれがなあ……」
「おい待て待て」
2人で話していたら何故か吸血鬼の青年が割り込んできた。何か気になる話題でもあったのだろうか。
「何?」
「今、俺のことを何て呼んだ?ん?」
「え?」
少年が答えようとしたとき、ちょうど良いタイミングで吸血鬼の青年の背後から声がかけられる。
「おお、キュウちゃんじゃないか。どうしたそんな似合わないフリル日傘なんか差して」
「あ、死神」
「って何だそのキュウちゃんっていうのはお前!」
振り向きざまに吸血鬼の青年キュウちゃんは死神にぐわっとつめよった。どうやら呼び名が気に入らなかったらしい。
しかし死神は、涼しい顔でソフトクリームを食っている。あれは多分バニラ味だ。
「何だと聞かれてもな……。君の呼び名としか答えられない」
「だから!何で俺の呼び名がキュウちゃんって『ちゃん』とかついてるんだよ!かっこいい吸血鬼の俺が何で!」
「昨日2人で話し合った結果だ」
「うん。何か、キュウちゃんって親しみあふれる名前、良いかなって」
死神と少年は頷きあった。死神はどうか知らないが、少年が適当に付けたのはその表情で明らかだ。
キュウちゃんはよほど頭にきているのか、顔が彼の好物のトマトのように赤くなっている。
「お、己……!俺の凄さを先取りしていたにも関わらず変な呼び名をつけやがって……!」
「愛嬌はあると思うんだけど」
「あるのは愛嬌だけだろうが!」
少年に吼えた後、キュウちゃんは改めて死神に指を突きつけた。
「いいか!俺はお前に決闘を申し込みにきた!」
「血統?」
「俺は純吸血鬼だっ!闘いで決めるんだよ!どちらがより驚くべき存在かをな!」
「いや、自分は本当にどうでも良いんだがな……」
「で!俺が勝ったら、お前、俺をお前より驚くべき存在だと認めるんだぞ!いいな!」
まだ反論しようとした死神だったが、あることを思いついたらしく言葉を止めた。
その代わり、にやーっと笑った。少年にはその笑顔が、嫌な予感を知らせるものとしか思えない。
「分かった。認めよう。その代わり自分が勝ったら……」
「ああ、何でもしてやる!まあ、俺が勝つに決まってるけどな」
「ふふふ……まあ闘いと聞いて大人しく負けてやるほど自分もお人好しではないぞ?」
「上等だ。吸血鬼の誇りをかけて勝負してやる」
道のど真ん中で、フリル日傘を差した吸血鬼と、でかい鎌とソフトクリームを持つ死神が怪しく笑いながら睨み合う。
その光景を、友人は少々青ざめた顔で、少年は完全に呆れ返った顔で見守っていた。
「決闘の詳細はまた後で知らせる。それまで心の準備をしているがいい!ハッハハハハ!」
「ああ、待ってるぞ」
キュウちゃんは日傘を翻して去っていった。これでは普通に怪しい人だ。
その背中が見えなくなるのを確認すると、少年は死神に駆け寄っていった。
「死神、またどうしてあんな決闘なんかうけたんだよ。面倒くさそうじゃん」
「ん?ああ、確かにそうだな」
「っていうか……吸血鬼と死神の決闘って、どうだよ……」
友人が後ろからボソリと呟く。少年は内容には興味は無かったのだが、死神が決闘するという事実に驚いた。
てっきりキュウちゃんを適当にあしらって、決闘はしないだろうと思っていたのだが。
すると、死神はまたニヤリと笑う。
「何、気が変わったのさ。たまにはこういうのもいいだろう?」
「……死神……」
良からぬ事考えてるだろう、と言おうとしてやめた。本人もきっと分かっているだろうから。
なので、控えめに注意しておくことにした。
「……ほどほどにしなよ……」
「分かってるさ」
全然分かってなさそうな顔で頷くと、クリームの無くなったソフトクリームをバリバリ食べ始める。
「さて、散歩の続きだ。昨日は途中で帰ってしまったからな」
「ソフトクリーム食べながら散歩?」
「これも結構オツだぞ。じゃあ道草せずに帰れよ」
すでに道草食ってるような気がするが、死神はのんびりと歩きながら去っていった。
その黒い後姿を眺めながら、友人が苦々しそうに口を開く。
「ソフトクリームと死神って、似合わないよな」
その言葉に、少年は笑いながら答えた。
「日傘と吸血鬼だって、似合わないよ」
「……変な奴らだな……」
「そうだね……」
その変な奴らの決闘に付き合わなきゃならないと思うと、少年は今から思いため息が自然と出てくる。
「まあ頑張れよ。ほら、おごってやるって言っただろ?」
「……うん……」
まったく関わる気が無いらしい友人に少年は恨めしい視線を送った。さっと目をそらされてしまったが。
「じゃあさ、あれ、おごってよ」
「あれ?」
「ソフトクリーム」
今日はとりあえず、甘いものを食べよう。
04/05/12