トマト味の吸血鬼  −血の匂い漂う出会い−



死神は、いつもの通り散歩をしていた。午後の散歩は良い。徐々に涼しくなってくる風に当たりながらゆっくりと歩くと、心が和む。
夕日を見ながら橋で腰掛けるのもまた最高だ。
という事で、いつも腰掛けているお気に入りの橋に向かった死神だったが……。


「……む?」


いつもは無いものが橋の上にあった。それはズバリ、行き倒れた人影。


「近頃は変わったものが落ちてるんだな……」


しみじみとそう言って、死神はその人影に近づいた。その人影に、興味が出てきたのだ。
何しろ、自分のように全身真っ黒に統一していたのだから。


「おい、そこの黒い人、生きているか?」


死神が声をかけると、黒い人影はピクリと反応した。そして、フルフル震えながら顔を持ち上げる。
年は死神と同じぐらいだろうか(といっても、死神も何歳なのか分からないのだが)。口の端から八重歯?の出ている青年だ。
黒い青年は、プルプル震える手で死神を指差してきて、


「……あんたも黒い人じゃないか……」
「そうだな」


死神が頷くと、黒い青年はなおもプルプル震えながら言ってきた。


「……ところで、何か用なのか……?」
「いや、用といえば用なのかもしれないが、こんな所に倒れて一体どうしたんだ?」
「ああ……そうだった……」


死神に問われて、カクカクと首を上下に振った黒い青年は、


「……死にそう」


そのままガクッと力尽きてしまった。青白い顔の黒い青年の顔を覗き込みながら、しばらく考え込む死神。


「……仕方が無いな」


黒い青年の襟首をぐいっと掴むと、死神はそのままズルズルと青年を引っ張っていった。
今日は散歩を中止するしかないようだ。




そしていつもの時間に、少年は帰ってきた。


「ただい……うわっ!」


そして廊下でぐったりと倒れている見知らぬ黒い青年に、当然のごとく驚きまくる。
すると、横からひょっこり死神が顔を覗かせてきた。


「やあ、おかえり」
「た、ただいま……ね、ねえ、この人、誰?」
「黒い人だ」
「いやそれは見ただけで分かるし、死神も黒いし」
「それを言われるのは今日で2回目だ」
「……また拾ってきたの?」
「うむ、死にそうだとか言ってたからな」
「……ふーん……」


少年はそろそろと黒い青年を覗き込んだ。随分と顔色が悪い。何かの病気なのだろうか。


「……で、死神は何してたの?」
「何か薬みたいなものは無いかと思ってな」
「えーでも何飲ませたらいいのか分かんないよ」


少年はとりあえず死神と一緒に台所をあさり始めた。すると、背後から弱々しい声がかかる。


「……うっ……うう……」
「あ、起きた?」
「まだ死んでなかったか」
「こら死神!」
「……頼む……あれを、あれを……飲ませて、くれ……」
「「?」」


どうやらこの黒い青年は何かを飲みたいらしい。しかし、一体何が飲みたいのか。


「あれって……何?」
「あっあれだ……赤……赤い……」
「赤い……?」


赤い飲み物。トマトジュースだろうか。少年は、トマトジュースを探し始めた。それしか思い当たらなかったからだ。
その時、少年はうっかり手に包丁を引っ掛けてしまった。


「あつっ……!」
「どうした?」
「いや……包丁に手が引っかかって血が……でも大丈夫、ちょっと切っただけだし」
「うむ、つばをつけとけば治るな」
「どこで覚えるんだよそういう事だけ……」
「……赤……」


黒い青年は少年の傷を見た。少しばかりだが、血が出ている。そう、真っ赤な液体。赤い水。赤い……。


「赤ーっ!!」
「ん?」
「ひっ!」


急にガバッと飛び起きた黒い青年は、そのままの勢いで少年に、詳しくは少年の流した血に飛びついた。


「わー!」
「ほう」
「うおおー!」


大混乱の中、黒い青年は床に落ちた血をそのままぐいっとなめとった。
と思ったら、また急にバタンと倒れてしまう。


「ぐぼはっ!」
「ひー!何なのこの人ー!」
「死に掛けたり飛び起きたり血をなめたりまた倒れたり、忙しい奴だな」
「っていうか、今、血、血を、血をなめた……!」


少年が死神の後ろに隠れながら観察していると、倒れた黒い青年はプルプル震えながら顔を起こしてきた。


「……お前、騙したな……」
「何が?!」
「一体君は何がしたいんだい?」


死神に尋ねられて、黒い青年はくわっと噛み付くように吼える。


「俺は、赤いあれが、飲みたいだけなんだ!」
「赤いあれって……」
「大体君は何者なんだ?普通の人間ではないだろう」


普通の人間ではないのは死神も同じことなのだが、今の少年はつっこむ余裕が無い。
すると、黒い青年はニヤリと邪悪に笑ってみせながら、とうとう自分の正体を明かした。


「聞いて驚くなよ……俺は闇夜の主……吸血鬼だ!」
「……ああ、そうか…吸血鬼か……だから血を……。赤いものって血のことだったんだー」
「吸血鬼か、だから黒いのか、なるほどなるほど」


納得する死神と少年に、吸血鬼の青年はムカーッとなって怒鳴った。


「何で反応薄いんだよ!もっと驚け!」
「えー」
「それより何で吸血鬼が倒れていたんだ?あんな所に」
「あっそうだった……くそ……力が……」


再び倒れる吸血鬼の青年。さっきから倒れたり起き上がったり大変そうだ。
すると、吸血鬼の青年はズルズルと這って移動し始めた。


「ど、どうしたの?」
「こ、こっちに……あれの、あれの匂いが……」
「「あれ?」」


少年が死神と2人で見守っていると、吸血鬼の青年は冷蔵庫にたどり着き、勢い良く扉を開けた。
そして、中からある1本の缶ジュースを大切そうに取り出す。


「こ、これだ……!」
「え?それは……お父さんの風呂上りのトマトジュース……?!」


なんでそれを?と少年が疑問に思っているうちに、吸血鬼の青年は蓋を思いっきり開け、ぐいっと中身を飲んだ。
ゴクゴクと実に美味そうに喉を鳴らして、カーッと雄叫びを上げる。


「あーっ!生き返ったー!」
「………」
「トマトジュースが好物なのか?」


何も言えずにいる少年の隣から死神が尋ねる。すると、吸血鬼の青年は良い笑顔で答えてきた。


「ああ、俺はこれじゃないと駄目なんだ。人間の血なんて生臭くて飲めたものじゃないからな」
「えー?!吸血鬼なのに?!」
「吸血鬼が全員生き血大好きだと思うなよ、これからは個性の時代なんだ」
「……ふーん……」


今の世の中は昔のようにはいかないんだなあ…と、年寄りみたいなことを思う少年。
吸血鬼の青年はトマトジュースを飲み干すと、思い出したように死神と少年に詰め寄ってきた。


「そうだ、何でお前たち驚かないんだ?」
「「は?」」
「吸血鬼だぞ?普通驚くだろう?そんなに胆の座った人間じゃなさそうだし……」


そういえば何でだろう。目の前に吸血鬼がいるのに、そんなにビックリしなかった。何故だ。
そこで少年はハッと気がついた。


「分かった!」
「何だ?!」
「先にもう死神に会っちゃってるからだ!死神も吸血鬼もそんなに変わんないし」
「何っ?!」


吸血鬼の青年はキッと死神を見た。


「……本当だ、鎌も持ってるし黒い!」
「そういう君もよく見れば牙があるんだな」
「あ、本当だ……ぐったりしてたら気づかなかった」
「くそ……死神がこんな所にいるとは思わなかった……!」


悔しそうにしばらく俯いていた吸血鬼の青年は、次の瞬間サッと身を翻して玄関に走っていった。


「今度会ったら覚えておけ死神!どちらが驚くべき存在か、はっきりと示してやる!」
「いや自分はどっちでもいいんだがな」
「今日の所はひとまずサラバ!」


あっという間に去ってしまった吸血鬼の青年に、死神と少年はしばらくそのまま立ち尽くしていた。


「……今の、なんだったんだろう……」
「愉快な奴だったな」
「うーん……変人さは死神と同じぐらいなんだけどなー」
「しかしまたライバルとやらが増えてしまったな……」
「……他にもいるの?」
「うむ、色々あってな」
「へー……」


この出会いがまた新たな混乱を呼ぶことを、まだ少年は知る由も無かった。

04/05/05




 

 

 
















トマト大好き吸血鬼、微妙に続きます。