ここは、昔からよく怪我をする場所だった。



   膝小僧



その日、少年はいつもと同じ時間に学校から帰ってきた。ただ、とても不機嫌そうにブスッとむくれながら。
死神はちょうど玄関で出迎えた。


「やあ、おかえり」
「……ただいま」
「おやどうしたんだい、そんなに機嫌が悪そうに」
「……何でもない」
「しかも、血が出ているぞ」
「……うん」


少年の膝小僧は擦りむけて血が滲んでおり、見ている方も痛くなりそうだった。
とりあえず、2人はリビングへと移動する。


「こけたのかい?」
「……違う」
「それじゃあ喧嘩か何かか」
「………」
「うーむ、救急箱はどこにあるかな」


少年がソファに座っている間に、死神はガサゴソと救急箱を探し始めた。
コバの喧嘩に巻き込まれて猫に引っかかれた時に1度死神も使った事があるのだ。
その時は、少年が探し出してきてくれたのだが。


「ここでもない、か」
「……上から2番目の右の棚に……」
「お?……ああ、あったあった」


いそいそと救急箱を抱えて死神は少年の目の前に座った。そして、やたらと楽しそうに蓋を開ける。


「さて、あのよく染みる消毒液はどこかな。……おお、これだ」
「………」
「特に引っかき傷や擦り傷によく染みるからな。覚悟したまえふふふ」
「……死神」
「何だ?」
「この前わざと染みる薬塗ったの、根に持ってるだろ」
「さーて、何のことやら」


とぼけながら死神は、少年の膝小僧に遠慮なくベタベタ薬を塗り始めた。


「……!っつー!」
「はっはっは。男は我慢だぞ」
「……この死神っ……!」


よほど染みたのか、少年は涙目になっている。
薬を塗って満足顔の死神は、次にバンソーコーを取り出した。


「これでは小さいな。よし、この大きめのものにしよう」
「傷の上に張るとはがす時痛いんだから、気をつけて張れよ」
「ああ、自分も痛かったな、この間」
「……ごめんあの時のはわざとじゃなくて事故だったんだとりあえず謝るからお願い」
「よしよし」


少年が早口で本気で謝っているので、死神は大人しくバンソーコーを張ってやる。


「よし、これでいい」
「……ありがとう」
「なんのなんの。しかしたいした怪我じゃなくてよかったな」
「うん」
「喧嘩の時はもっとこう……派手に怪我するものだからな」
「………」


少年は死神から不自然に目を逸らした。何か後ろめたいものがあるからだろう。
そんな少年を、死神はじっと見つめる。


「何か喧嘩の理由があったのか」
「………」
「何か道具を使って喧嘩をしたのか?」
「……ううん、素手で」
「それはいい。喧嘩とは拳と拳で行うものだからな」


自分はでっかい鎌を持っておきながら、そんな事を言う。


「喧嘩が悪いとは言わないが、まあなるべくしない方がいいな」
「うん……」
「何にせよ、その膝小僧の喧嘩の証はすぐ消えるだろう。あまり怪我ばかりするなよ」
「うん」


何だか保護者になった気分だ。素直に返事をする少年に死神はよしっと頷く。その後、あっとして聞いてきた。


「そういえば、何故喧嘩をしたんだ?」


気が緩んだ少年は、思わず喧嘩の理由を話してしまった。


「……実は、クラスの奴にうっかり死神の話をしたんだ」
「ふむ」
「そしたら、そんな変人いるわけ無いだろって馬鹿にしてきて」
「………」
「おまけに僕まで変人扱いするもんだから、少なくとも僕は違うって取っ組み合いになって……それで……」
「そうか……変人か……」


しばらく考え込むように黙っていた死神は、やがてゆらりと立ち上がった。
そしてそのまま、スタスタと玄関へ向かう。


「どこ行くの?」
「いやなに、ちょっと用が出来たんでな」
「……喧嘩はなるべくしない方が良いんじゃないのか?」
「いや、これは喧嘩ではない」


クルリと振り返った死神は、にやっと笑った。恐ろしいほどの笑顔で。


「報復だ」
「……ふーん……。……いってらっしゃい」
「いってきます」


こいつを敵に回すのだけはやめておこう、と思いながら、少年は死神を見送った。
次の日喧嘩相手が学校を休んだ理由など、少年は知る由も無い。


膝小僧の傷は、気付かないうちに消えていた。

04/03/12




 

 

 




















多分後ろからこっそり鎌の柄あたりで後ろ頭をどついたり夜枕元にいきなり現れて呪いの言葉でも囁いて精神的に追い詰めたりしたんです。