猫と死神と少年
「あ」
「あ」
思いがけないところで鉢合わせした少年と死神は、同時に声を上げていた。
場所は少年の家の近くの路地裏。学校からの近道という事で、少年は時々この道を通っていたのだ。
そしてそこで、座り込んでいる死神に出会ったというわけである。
死神の手には一欠けらのパン。そして、足元にいるのは……。
「猫……」
そう、猫だった。死神に良く似た真っ黒な猫で、とても痩せている。ガリガリという訳ではなく、スラリとした体つきだ。
猫は死神の手からパンを食べている。
「……その猫……」
「おかえり」
「ただいま。ねえ、その猫どうしたの?」
すると、死神はくそーと悔しそうに呟いた。誤魔化されないからな、と、少年の強気な目が死神を見据える。
「まいった。君の勝ちだ」
「その猫……」
「数日前、ここで運命的な出会いをしたんだ」
何が運命的な出会いだよ、と少年は呆れ顔だ。
「それでこうやってこっそり餌をやってるわけだな」
「うむ」
「……うちはたぶん、飼わないよ」
そう少年は忠告してやった。以前少年も子犬を拾ってきた事があるのだが、結局飼ってはもらえなかったのだ。
金魚も駄目だったのだから、きっと無理だろう。
「いや、それは分からないぞ」
しかし死神は、どこか自信たっぷりに首を横に振った。
「それは昔のことなのだろう?」
「まあ、結構」
「今は許してくれるかもしれないぞ」
「そうかなあ……」
「それに、この話にはちゃんと根拠があるんだ」
「へえ?」
一体どんな根拠があって死神はこんなに確信してるんだ?
すると死神は真顔で言った。
「何てったって、『死神』を飼ってるぐらいだからな」
「!」
少年は、ものすごい勢いで納得した。
「なるほど!それじゃきっと飼ってくれるよ!」
「……つっこんでくれないのか……」
何故か少し落ち込んでいる死神はほっといて、少年はこれから飼うかもしれない猫を見た。
綺麗な金色の目をした黒猫は、不吉というより不思議な感じがする。
「こいつでいいの?他の猫は?」
「いや、こいつが良いんだ。な、ネコババ」
「ニャア」
「……ちょっと待て」
今、何か聞き捨てならない事を聞いた気がした。
「……ネコババ?」
「ネコババ」
「……こいつの名前?」
「ネコババだ」
死神にネーミングセンスというものは無いらしい。いや、確かになさそうな感じだけど。
「何でまたそんな名前なのさ……」
「以前どこかでこの名を聞いたんだ。『ネコ』とついてるし、ちょうどいいやと思ってな」
「その名前、人間社会のがめつい部分を的確に表現した言葉なんだけど……」
「駄目か、ネコババは」
死神がやけにシュンとなるのを見て、少年はため息をついた。
まあ、死神が拾ったんだから名前ぐらい自由につけさせても良いのだが……。
さすがにネコババは可哀想だと思ったので、少年は助言してやる事にした。
「じゃあさ、本名はネコババにして、何か愛称をつけたら?」
「愛称か」
「さすがに『ネコババ』って呼ぶのはアレだからさ」
「そうだな、それじゃあ『コバ』と呼ぶことにしよう。な、コバ」
死神の呼びかけに、『コバ』はニャアと鳴いた。『ババ』よりは良いだろうと思ったので、少年は何も言わなかった。
「言っとくけど、まだ飼えるって決まったわけじゃないんだからな」
「ああ分かってる。さあ、帰るぞコバ」
「ニャア」
「……本当に分かってるのかよ……」
結局、この後少年は新しい家族『コバ』を迎える事になるのだが。
少年もまんざらではなさそうなので、コレで良いのだろう。
少年の家に飼われるものが2匹となった。
「……いや、自分は飼われてるんじゃなくてな」
「同じようなもんだろ」
「……うん」
死神は頷く事しか出来なかったとさ。
03/11/21
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コバの最初の名前候補は『ネコナベ』でした。死神、食う気満々だったようです。