手をつなげばほら、ぼくも温かいし、君も温かいんだよ。



   左手



右を見ても左を見ても、そこは見知らぬ場所だった。
お母さんと一緒に通った道じゃない。お父さんと一緒に通った道でもない。
それに、お母さんもお父さんもいない。
僕は、一人ぼっちだ。
僕はとても怖くなった。このまま、帰れないんじゃないかと思ったのだ。

僕は、これから僕が1人で家に帰るのが分かっている。
1人で帰ったからだ。実際に。
ほら、ベソをかきながら、それでも助けてくれる人がいないのを知って、一人で歩き出そうとしている。1人で…。


「やあ、やあ、どうした、迷子になっている所かい?」
「!!」


声は突然背後から聞こえてきた。
いや、まさか、でも、それは確かにどこかで聞いたような声で、でも、僕は確かにこれから1人で家に帰るはずで…。
僕は、恐る恐る後ろを振り返った。そこにいたのは…。


真っ黒の服を着て、大きな鎌を肩に担いだ…人間?


「お兄ちゃん…ダレ?」


僕がそう尋ねると、その人間?はいたって普通に答えた。


「ここへ来て、初めて呼ばれた名前は『死神』さ」
「しにがみ?」
「ああ、そう呼んでも良い」
「ふーん…」


僕があいまいに頷くと、死神は僕の目線を合わせるためによいしょとしゃがみこんできた。


「で、君は迷子な訳だ」
「…うん…」
「帰る家が分からないんだな」
「うん…」


僕が素直に頷いていると、死神もうんうんと頷いた。僕に同意してくれているらしい。


「帰る場所が無いというのは、とても悲しくて、そして苦しい事だ。帰る場所というものは、いわゆる『自分の居場所』という事だからな」
「?」
「しかし君は帰る場所がちゃんとある。分からないだけさ。幸せだな」


何が幸せなものか。僕は迷子になってるんだ。さっきまで、すごく寂しかったんだ。
少々むっとなって、僕は死神に言い返した。


「帰る場所があったって、分からないんだから意味ないじゃん!」
「おお、言うようになったな。それでこそ君だ」


何故か満足そうに笑った死神は、またよいしょと立ち上がると、僕がポカンとしているうちに僕の左手をぎゅっと握ってきた。


「!」
「分からないなら道標になってあげよう。こっちだよ」


そう言って、死神はすたすたと僕を引っ張って歩き出してしまった。
僕は手を離すことも、その場にとどまる事も出来ず、ただ死神に引っ張られる。

おかしいなあ、僕は1人で帰るはずだったのに…。

僕の左手につながれた死神の手を見てみた。その手は、あの迷子の子どものように温かくは無かったけど、思ったほど冷たくも無い。
ああ、そういえば、この手が木の上に引っ張りあげてくれたんだ。
この手は、あの時と同じように僕を導いている。

死神の手は温かくも冷たくも無いはずなのに、僕の左手にはじんじんと温かさが伝わってくるように思えた。


「さあ、ここだよ」


死神にそう言われて、初めて目の前に僕の家があったのに気付いた。
そうだ、ここは僕の家だ。帰ってこれたのだ、僕の帰る場所に。

すると、死神は僕を押し出すように手を前に上げた。


「ほら、君の帰る場所なんだ。早く入りな」


死神はそう言って、僕の手を離そうとする。
それに気付いた僕は、えっと思って死神を見上げた。
僕には、死神が何故この手を離そうとするのかが分からなかったのだ。


ここには、2人で帰ってきたのに。


僕は死神が手を離さないように、死神の右手ごと左手をぎゅっと握り締めた。
すると、珍しい死神の驚いた顔が見れた。
死神もこんな顔するんだなー。


「しにがみも、帰ろうよ」


そう言うと、死神はもっと驚いた顔をした。
何でそんなに驚くんだろう。


「…ここに、帰っても良いのかな?」
「いいよ」


自分から家に押しかけてきたくせに、変なことを聞くなあ。

ゆっくりと微笑む死神と一緒に、僕は家の中に入った。


「ただいま!そしておかえり!」


死神も、僕と同じように笑いながら言った。


「おかえり、そして…ただいま」


僕らは、帰ってきた。



頭は、ゆっくりと覚醒していった。それを感じて僕はふと目を開ける。
目の前には、とても見慣れた天井のみ。

どうやら、夢だったようだ。

確かに夢だった。夢の中の僕はとても小さい頃の僕だったが、頭の中は今の僕だった。
だが、夢の中では今の僕は小さい頃の僕になっていて…。
と、とても口で説明する事は出来ない状況だ。それが、『夢』なんだろうな。


僕はそのまま天井を見つめながら、夢の内容を思い出していた。
きっとあの迷子だった子どものせいで、昔を思い出したんだろう。あの迷子の時の夢は、何回か見た。

だが……死神総出演、というのはどうだろう…

性格も、ちょっと柔らかかった…気がする。
おかげで夢の結末まで変わってしまっていた。死神の力というのは恐ろしい。


そういえば、つないだ左手がやけに温かかったな…。
夢であんなにはっきりと温かさを感じたのは初めてだったなー…。

と、そこで何気なく左へ頭を向けた僕は、思わず声を上げそうになった。


僕の左手を、ベッドの下から伸びている手がつかんでいる。


…。
どうやら本当にこのベッドの下で寝てるらしい。ああ、ビックリした…。
ビックリしたお返しに、僕はその手を引っ張ってやった。


「あいたたたた。待て待て、腕が取れてしまうじゃないか」


ズルズルとベッドの下から這い出てきた死神に、僕は起き上がって尋ねた。


「何で、手ぇつないでるの?」
「ん?…ああ本当だ。寝ぼけたのかな?」


寝ぼけてベッドの下から手をつかんでくるものなのだろうか…と思ったけど、死神だしそんな事もあるかもしれないと思い直した。
かなり無理矢理だったけど。


「おかげで夢の中に死神が出てきたよ」
「ほお、今夜は君の夢の中にお邪魔してたのか。良い夢だったかい?」
「……さあ…?よく分からないな」


本当によく分からないので、僕はそうとしか答えられなかった。
ふと時計を見ると、いつも起きる時間に近かったので僕はもう起きておく事にした。


「起きるのかい?」
「もう時間だしね」
「そうか、それなら朝ごはんだな」


死神はごはんが好きだ。特に朝ごはんが大好きらしく、朝はイキイキとしている。
僕は眠くてそれ所じゃないから、少し羨ましい。

先に立って部屋を出ようとしていた死神が、あっと足を止めた。


「そうだそうだ、言い忘れてた」


僕は、きっと挨拶だなと思った。死神はやけに挨拶にこだわる。
「ただいま」も「いただきます」も、もちろん朝の挨拶も。


「おはよう」
「おはよう」


ほら、やっぱり。


「それと、ありがとう」


…?

僕がぽかんとしている間に、死神はご機嫌に部屋を出て行ってしまった。
…死神に礼を言われるような事、していない気がするんだけど…。

さっぱり検討がつかない僕は、とりあえず死神の後を追った。
今日の朝ごはんは何だろう。



朝ごはんを食べて学校へ行く頃には、夢の事なんてすっかり忘れてしまっていたけど。


ただ残ったのは、この左手のぬくもりのみ。

03/11/23




 

 

 

















夢は不思議です。