「あれは一体なんだ?」



   ピアス



「何が?」


道行く人を見ながら尋ねてきた死神に、少年は聞き返した。

今、2人はバスを待っている所だ。少年はボーっとしていたのだが、死神は何が楽しいのか通り過ぎていく人々をずっと眺めていた。
そんな死神が、前置きもせずにいきなり尋ねてきた、というわけである。


「あの、光っていたやつさ」
「光ってた?…どれの事だよ」
「あれだよ、あの…耳の」
「耳?」


耳が光ってた?少年にはさっぱり見当がつかない。
すると、死神がすぐそばを歩いていった女性を指差した。


「ほら、あれ」
「え?…ああー、ピアスか」
「ピアス?」


太陽の光で光って見えたのだろう。死神が尋ねていたのはピアスの事だった。


「あれは耳につけるアクセサリーだよ」
「アクセサリーか、なるほど」
「耳たぶに穴をあけてつけるんだ」


そう言うと、死神はいきなりこちらにくわっと振り向いてきた。
その顔は今まで見たどの顔よりも…驚いていた。


「穴…をあけるのか…?」
「えっ?」
「耳に、穴をあけるのか?!」
「あ、ああ、うん」


その時、ちょうどバスが来た。少年は少し興奮気味の死神を引っ張り込むようにバスに乗せた。
椅子に座りながら、死神はまだ驚いた顔をしている。


「い…痛くないのか?」
「ええ?…さあ…痛くないんじゃない…?」


少年もつけたことが無いので、良くは分からないが。


「ああでも、もしかしたら最初穴をあけるのは痛いかもしれない」
「やっぱり痛いのか…」
「たぶんね」


死神は、訳が分からないという顔をしている。


「何故痛いのにつけようとするんだ?」
「ピアスを?」
「ああ、そこら辺りが分からない」


死神は心底理解が出来ないらしく、ふうとため息をついている。
目線は窓の外。町並みがどんどん後ろに流れていく。
もうちょっとしたら降りなければ。


「自らを傷つけてまで飾り立てたいのか?それがそれほど重要なのか?」


死神はまだ考えている。死神は少し、いや結構深く考えすぎなんじゃないだろうかと少年は思った。別に命にかかわる事でもないんだし。


「どうでも良いじゃないかそんなの。穴をあける人の自由だろ?」


少年が言ってやると、死神は不服そうな顔でこちらを見てきた。


「確かにそうだ。しかし、それでは自分が納得できない」


そしてそのまま、深く考えこんでしまった。

死神にも、考えても分からない事があるんだなーと少年は思いながら、ぼんやりと外の景色を眺める。
今日の夕飯は確か肉じゃがだったな。ニンジン多く入ってないといいな…。

と、ウッカリ次降りるべきバス停を見過ごしそうになって、少年はあわてて手を伸ばす。
ボタンを押すとピンポンと音が鳴った。間に合ってよかった。


「ほら、降りるよ」
「うーむ…」


生返事を返す死神を少年はやっとバスから引き摺り下ろした。
少年が息をついていると、バスを見送りながら死神はブツブツ何かを言い出していた。


「人間には誰にも少なからず自虐的な面があるのかもしれない。だから小さな穴でそれを補うのか。そうかも…」


どうやら、己の中で結論付けている所のようだ。


「じゃあ帰るよー」
「ああ。…それで穴を開けたついでに飾りをつける、と。いや、それとも…」


別に穴を開けなくてもつけられるやつがあるのだが。

まあ、せっかく考えてるし言わないでおこうと、少年は半ば死神を引きずりながら思うのだった。

03/11/27




 

 

 


















耳に穴を開けるだなんて。