友人が再び死神に出会ったのは、橋の上で、だった。
喜び
「………」
友人は思わず足を止めていた。目線の先に、あまり見たくないものが写ったからだ。
そいつは、非常識にでっかい鎌を担いで、夜より黒い服を着て、橋の手すりに腰掛けて足をブラブラさせている。
…そういえば前に、今見てる光景そのままの話を少年に話して聞かせてもらったこともあったな。
死神は、話に聞いたとおり空を見上げていた。
友人は出来れば死神とは深く係わりたくは無かった。
まあ死神は少年の家に居座ってるわけだから、嫌でも少しは係わる事にはなるのだが。それでも係わるのは必要最小限に。
何故かというと、死神と言う存在がとても得体の知れないものだからだ。
友人にとって、正体の分からないものはそれだけで恐怖の対象だった。
自分の目で見たものでなければ信じない、という友人の性格がとてもよく現れている。
というわけで、友人は死神に気付かれる事無く橋を渡ろうとした。
まあどうせ空を見ているし、背後を通るんだから大丈夫だろう…。
が、友人は甘かった。
「やっぱり空は良いな友人」
「うぎゃ―――!」
死神はくるりと振り返って、ちょうど後ろを通り抜けようとしていた友人に声をかけた。
「な、な、な、な?!」
「?君は友人だったよな」
何故友人がこんなに怯えているのか死神は分からないようで、いぶかしげな顔でこちらを見ている。
人違いだったかと思ったようだ。
「し、死神……?!」
「なんだ、やはり友人じゃないか。何でそんなに後ずさってるんだい?」
「な、な、何でここに……」
友人がいくら慌てふためいても、死神はいつもと変わらずマイペースのまま。
「決まってるじゃないか。空を見てたんだよ」
「………」
そんな死神を見て、友人も少し心を落ち着けた。1人でおたおたしている自分がバカらしくなったのだ。
友人は、少し死神と話してみようと思った。
「空……好きなのか?」
「綺麗だからな」
「あいつも好きだって言ってた」
「へえ」
友人が指しているのは少年の事だ。それを理解して、死神は相槌を打つ。
すると、友人がわずかに顔をゆがめさせた。
「……好きだって言い始めたのは、夏休みが終わってからだ」
「それがどうかしたか?」
「少なからず、お前の影響があるんだと思ってな」
友人は、死神の顔をまるで挑むかのように睨みつけた。
「いいか、オレはお前を全然信用して無いからな」
「それはそれは」
「一体お前が何者で、どうしてあいつの家にいるのか、それは知らないけどな、もし何かふざけた企みとか考えてるんなら、すぐさま俺がお前を追い出してやる!」
それは、友人の宣戦布告だった。
死神は静かに友人を見据える事でそれに答える。
すると友人は不意にはあっとため息をついて、死神から視線をはずした。
「まあ、それで何もしなけりゃ俺が出る幕じゃないんだけどな」
「………」
「お前を置いてるのはあいつだからな……不本意だが」
「うむ」
その時友人は、ふと以前少年に言った言葉を思い出した。
「そういえば俺……」
「ん?」
「あんたを『天使』じゃないかって言った事があるよ」
すると死神は少し目を丸くして、そのまま笑い始めた。
「あはは、それはまた……まあ『天使』もよかったかもしれないな」
死神の普通に笑う姿を始めてみた友人はしばらく動けなかった。
こうやって死神も笑うんだなーと、少年が前に思った事と同じ事を思ったり。
しばらくして笑いを収めた死神が、微笑みながら尋ねてきた。
「何故そんな風に思ったんだい?この姿は『死神』そのまんまなのだろう?」
友人は、少し照れくさそうにそれに答えた。
「あいつに、『喜び』をくれたからだよ」
「喜び?」
「今、あいつ今までより楽しそうだから」
死神はフフッと笑いながら友人を見た。
その目には別に馬鹿にした風なものはなく、友人には信じられない事だったが、優しい光がちらついていた様な気がする。
「それは、君という友人がいたからこそだよ」
「……!」
ひきょうだ。真顔でそんなこと言うなんて!
少年がその場にいれば「だって死神だもん」と答えていただろう。
とりあえず、友人はいきなりの攻撃に思わずダメージを受けてしまった。
「………」
「さあそろそろ帰ろうかな。夕ご飯の時間になってしまう」
何もいえないでいる友人をよそに、死神はよいしょと立ち上がった。いつのまにかそばに立て掛けてあった鎌を持ち始める。
それを見て、やっと友人は我に返った。
「……!お、俺も帰る。お前も……」
「ノー、ノー」
「?」
いきなり首を横に振ってきた死神に、友人はいぶかしげな顔になる。
死神は、にっこり笑いながら言った。
「お前じゃない。死神という名がある」
「………」
それを聞いた友人はため息をついた。その顔はどちらかといえば『苦笑』に近かったが。
「……じゃあな死神。あいつに頑張れって言っといてくれ」
「ああ分かった。じゃあまたな友人」
「『また』が無い事を祈ってるよ」
そのまま去っていった友人の背中を見ながら、死神はしばらく橋の上に立っていた。
すると、
「……こんな所で何やってんの死神」
少年だった。日直だったらしく、帰るのが遅れて友人と別になったらしい。
死神は何だか楽しそうな顔で振り向いてきた。
「ちょっと友人と語らってたのさ」
「え、あいつと?一体どんな事を……」
友人が死神を怖がっていたのを知っている少年は、果たして会話できたのだろうかと首をひねった。
そんな少年に、死神があっと声を上げた。
「そうだ、その友人から伝言があるぞ」
「え?どんな?」
「『頑張れ』だってさ」
一体何を「頑張れ」なのか、少年には全く分からなかった。
03/11/30