喧嘩



少年は怒っていた。
原因は死神。今日、学校に行く前に喧嘩をしたのだ。

その内容とは。


「ねえ死神、そのソースとってよ」
「……?ソースを何にかけるんだ?」
「そりゃあ、目玉焼きにかけるに決まってるじゃないか」
「目玉焼きに、ソースをかけるのか?」
「そうだよ」
「いや、目玉焼きには醤油だろう?」
「えー」
「日本人なら醤油をかけろ」
「命令するなよ。だってソースの方が美味いだろう」
「まあ確かにソースも美味いかもしれないが」
「いや、絶対ソースの方が美味いね」
「醤油にも醤油なりの美味さがあるものだよ」
「そうかなー」
「自分は醤油をかけようかな」
「……むー……」
「何だ、何だか納得のいかない顔をしてるな」
「何となく……」
「ふふふ、自分を否定されたんで、機嫌が悪くなってるな」
「……そんな子どもじゃないよ」
「子どもだろう」
「ち、違う!」
「でも年齢的には」
「うるさいなもう、いいよ、もう学校行く」
「目玉焼きは?」
「いい、いってきます」
「いってらっしゃい」

「……目玉焼きがもったいないな。しょうがない、自分が食べるしか……」


という、とても些細な喧嘩。喧嘩、とも言えないかもしれない。
しかし少年は、確かに喧嘩だと思っていて、しかも死神の方が悪いと思っている。


あんなに子ども子ども言わなくても良いだろう。もう自分は子どもじゃない。


どうやら難しいお年頃のようだ。





少年が一日中不機嫌なので、周りの人間は当然の如く理由が気になった。
そこで少年が、友人に朝のことを話して聞かせると、


「お前……死神と喧嘩するなよ……」


と呆れられた。
まあ当然の言葉なのだが、虫の居所が悪い少年は友人の反応にもさらに気分を降下させてしまった。

結局、少年は機嫌が悪いまま学校の一日を終えて、そのまま家へと帰ってしまった。

友人は、去って行く少年の背中をまったく……という風に見送った。
そして自分も帰ろうとして、ふと思う。


「そういや、あいつが喧嘩で不機嫌になってたのって……初めてじゃなかったか?」


友人は、妹や弟達と毎日激しく戦いを繰り広げているのだが、少年は一人っ子だ。喧嘩をする相手もいない。
友人と少年も、これといって喧嘩をした事無い。
という事は。


「……まあ、喧嘩するほど仲が良いって、いうし」


死神相手に初喧嘩とは、少年も貴重な体験をしてるよなー、と。
のんきに思いながら友人は家路を急いだ。



「おかえり」
「………」


いつもの如く死神が言ってきたが、少年はそれに返事をしなかった。
少年は、喧嘩をしているからだ。


「おや、挨拶をしないのかい?」
「………」


だから、死神が何を言っても無視だ。少年は怒っているから。


「そうか、返事をしないか……」
「………」
「挨拶に返事が返ってこないというのは、とても寂しい事だな」
「………」
「挨拶とは相手が返事を返してくれる事で、初めて繋がるものだからな。自分の挨拶は、どこかへ消えてしまったよ」
「………」
「消えてしまった挨拶に取り残された自分は一体どこへ行けば良いのかな?」
「あーもううるさいなぁ!」


背後でずっとブツブツ言っている死神に、少年は痺れを切らして反応してしまった。
振り向いた先には、心底楽しそうにニヤーっと笑ってくる死神の顔。

死神に反応してしまった時点で自分の負けなんだと、少年は気が付いた。


「くそー……負けた……」
「おかえり」
「………」
「おーかーえー」
「ああ分かった、分かったから!」


しつこい死神に、少年はやっと向き直った。


「おかえり」
「……ただいま」


少年の、今日初めての笑顔だった。




翌日。


「そうか、仲直りしたか。それじゃあ今日は普通に会話が出来るんだな?」
「……ごめん」


少年は、友人に昨日の事を話していた。


「まあ、良いってことよ。俺なんか毎日喧嘩してるからなー」
「……それでも、妹弟と仲良いよね」
「何言ってんだよ」


友人は笑いながら言った。


「喧嘩して、仲直りして、それでまた喧嘩をするんだよ。そうやって「仲」っていうのはより良くなっていくんだ」
「……!なるほど……。何か、カッコいいな」
「親父が言ってたんだよ」


そこで少年、ハタと気付いた。


「……僕らも喧嘩、する?」
「……いや、無駄な喧嘩はよした方が良いと思うけどな」



喧嘩も、ほどほどに。

03/11/18




 

 

 

















喧嘩するほど何とやら。