少年は、眠れなかった。



   羊



何度寝返りを打っただろうか。いくら目をつぶっても、すぐに開いてしまう。
確かに眠いはずなのに、目だけがパッチリと覚めてしまっているのだ。
前にも時々こういうことがあった。
眠れない。

聞こえるのは、カチコチと時計の音だけ。家の中は恐ろしいほど静まり返っている。
少年は、布団の中でその身を丸くした。この世に、自分だけしか存在していない、そんな気さえしてきたのだ。
このまま、夜明けを迎えるのだろうか…。


「眠れないのかい?」
「うぎゃあっ!」


いきなりベッドの下からぬっと出てきた死神に、少年は思わず叫んでいた。
この部屋は真っ暗で、死神も上から下まで真っ黒なのに、その顔だけがやけにはっきりと少年の目に映る。


「い、いきなり脅かすなよ…しかも下から現れるし…」
「やあすまない。今度からは上から現れる事にするよ」
「…いや、いいや、やっぱり」


いきなり自分の上に現れる死神も、十分に怖かった。


「何?何か用?」
「いや何、君がもぞもぞしていたから眠れないのかと思って」


そういえば夜、死神はどこにいるのだろうかと、少年はふと思った。寝ているのだろうか。
いや、そもそも死神って寝るのか?
もしかしたら、毎晩ベッドの下にいたのかもしれない。


「眠れないんだろう?」
「え、…うん」


少年は正直に頷いておいた。それを見た死神は、得意げな顔をしてスックと立ち上がった。


「それなら簡単だ」
「は?」
「羊を数えれば良い」
「…またそんな…一体どこで覚えたんだよ…」
「外を散歩している時に、聞き耳を立てていたらちょうど聞いたのさ」
「聞き耳って…」


すると死神は、少年の顔を覗き込んできた。


「これはポピュラーなものらしいじゃないか。君は知らなかったのかい?」
「…いや、知ってる…」
「じゃあ何故すぐに羊を数えなかったんだ?」
「…それは…」


確かに知っていた。知らない者がいるのか、というほど、その『羊を数える』という行為は知られている。
しかしだからこそ、少年はなぜか数える気をなくしていた。


「本当に眠くなるか、分からないし…」
「やってみなきゃ分からないだろう。ほら、数えてみろ」
「んー…」


少年は仕方なく数える事にした。頭の中で、白い毛皮に包まれた動物を思い浮かべる。


「…羊が一匹…羊が二匹…」
「…」


死神も頭の中で数えているのか、目をつぶって頷いている。どうやら羊がどんな動物かは知っているらしい。


「羊が三匹…羊が四匹…」
「そういえば」
「は?」


突然さえぎられて、少年は死神の顔を見た。


「何で、羊を数えるのだろうな」


死神はいつも通り、真面目顔だった。


「羊じゃなく、馬や牛、ウサギなどでも良かったんじゃないか?」
「あーまあ…」
「羊じゃなければ駄目だという理由か何かあったのかな…不思議だな」


少年はもうどうでもよくなっていた。
何故こんな夜中に羊について考え込まなきゃならないんだ。どっちだっていいじゃないか。


「あのふわふわもこもこの容姿が眠気を誘うのか?」
「さあね…最初に数えた人が羊を飼ってたんじゃない?」
「ああなるほど!それなら納得がいくな」


今日は冴えてるなーと褒めてくる死神の顔を見ながら、少年はふあ…とあくびをした。
そこで少年は初めて、自分がうとうとしてきている事に気付いた。
死神も、それに気が付いたらしい。


「何だ、眠くなってきたみたいじゃないか」
「ああ…。羊を数えるより君と話してる方が眠くなるよ…」
「…何だか褒められた気がしないな…」
「褒めてないもん」


もう一度あくびをして、少年は布団をかぶり直した。


「それじゃ、寝ようかな…」
「そうだ、特別に自分が羊を数えてやろう」


暇なのか何なのか、やけに楽しそうに死神がそう言ってきた。少年は一瞬「え」とあっけにとられた。


「それ…あんまり意味が無いじゃん…」
「良いじゃないか。あともう一息だし」


一体何があともう一息なのだろうか。


「じゃあいくぞ。羊が一匹ー…羊が二匹ー…」


ゆっくりと耳に流れてくる、高くも無く低くも無い死神の声に少年のまぶたは静かに下りていった。

結局、死神が夜どこにいて何をしているのかは分からなかったが、
その夜、少年は1人ではなかったのは確かだった。



その翌日の朝。


「朝までに羊は一万六千七百二十四匹いたよ」
「ずっと数えてたのかよ!」
「あれは、数えていると止まらなくなるな」
「…眠れてないじゃん…」
「…あっ」
「……」
「これは罠だったな。まさか眠気が覚めてしまうとは」
「いやー…それは死神だけだと…」
「きっと思慮深いからだな、うん」
「変わってるだけだろ」


やっぱり、死神は分からない。

03/11/14




 

 

 

















死神が飛び起きると上の少年も飛び上がります。連鎖。