つねづね、「言葉」というものは難しい、と思ってきたけど。
言葉
「ねえ、暇だからしりとりしようよ」
「しりとり?」
暇そうに机に突っ伏していた少年が、同じく暇そうにベッドの上をゴロゴロしていた死神に言った。
ゴロゴロしている死神というのも、珍しい。
「何だいそれは。何かのゲームか?」
死神に尋ねられた少年は、ああ、と納得した。死神は「しりとり」を知らないのだ。
「えーと、相手の言った言葉の最後の文字から今度は自分が始めるんだ。例えば『しりとり』から始まったら、次は『リンゴ』と答えるとか」
「なるほど、まさに『しり』を『とる』という事か」
「そう、それをずっと続けるんだよ」
「よし分かった。やろう」
死神は楽しそうに起き上がった。少年も、気合を入れるように背筋を伸ばして死神に向き直った。
「それじゃあ僕からいくよ」
「よしきた」
「じゃあ、『しりとり』の『り』だ」
「り、か。うーん」
死神は少し考えて、顔を上げた。
「『理科室の人体模型は夜に動く』」
「…」
少年は思わず額に手を当てた。
「そうじゃなくて…しかもそんな話どこで覚えたんだよ…」
「ん?どこか間違った部分があったか?」
「あのね、文章は駄目なんだ。単語じゃなきゃ駄目なんだよ」
「単語?」
死神は首をひねった後、ポン、と手を叩いてみせた。
「なるほど、それならそうと早く言ってくれ」
「ああごめんよ。忘れてたよ」
少年ははあっとため息をついた後、気を取り直して死神を見た。「しりとり」というものを、一から教えなければならないのか?
だが正直、少年も「しりとり」というもののルールをはっきりと正確に知っているわけではない。
まあ、やっているうちに注意すれば良いだろう。
「よーし、このまま続けてしまおう」
「わかった」
「次は僕だね。く…く…くま。『ま』だよ」
「ま…『松下吉男』」
少年は再び手を額に当てる事になった。
「それも違くて…ていうか、そんな名前どこで…」
「ん?コレも違うのか?」
どこを間違ったのか真剣に悩む死神に、少年は体から力が抜けていく気がした。
死神は「しりとり」を全く知らないのだから、無理の無い事かもしれないが。
「分かった。『吉男』じゃなく『吉郎』にしよう」
「そういう問題じゃない!人の名前は使っちゃいけないんだよ」
「何?人名も駄目なのか」
厳しいな、と難しい顔で呟く死神。少年はもうどうでも良くなった。
これから死神が何と言っても、黙って続ける決意を少年は胸の中で密かに行う。
「まあ続けよう。『吉男』の『お』だね?」
「いいのか?」
「いいよもうどうでも。お…お…オオカミ!」
「みかん」
「…」
さすがに少年は続ける事が出来なかった。
「どうした?いきなり椅子から転げ落ちて」
「…『しりとり』っていうのは、最後に『ん』が付いたら負けなんだよ」
「む、そういうルールだったのか」
死神はうかつだった、と頭をかいて、一応反省しているらしかった。
少年は、ルール上死神に全て勝っているのだが、何だか死神に負けているような気がしてならない。
「いやすまない。なかなか厳しいな、『しりとり』は」
「…いや、最初に言わなかった僕も悪いし…」
「そうか」
まったくすまなそうにしていない死神の顔を見ていると、怒りよりも先に脱力感が押し寄せてくる。
少年は、最初と同じようにぐったりと机に突っ伏した。
「『しりとり』でこんなに疲れたのは初めてだよ…」
「それはそれは、お疲れ様」
「…」
心からの死神のねぎらいに、しかし少年は素直に「どうも」と返せなかった。
「元はといえば、いや元からお前が原因だろ」という言葉が喉まででかかったが、どうせ死神の事だ、
「ん?何でだい?」
とか言って、本気で分からないに違いない。
「死神…君は将来大物になれるよ…」
「それは褒め言葉かい?」
「たぶん褒め言葉だよ」
「そうか、それはありがとう」
死神は満足そうに頷いている、それからしばらくして、死神は少年の方に顔を向けてきた。
まだ「しりとり」について考えていたらしい。
「言葉というのは、難しいな」
その言葉に、少年は、
「ああ、まったくだね」
思いっきり皮肉を込めて返してやった。
03/11/13