友人は、再び目を丸くして、今度は死神を見ていた。
接触
少年が友人に話して聞かせたように、死神は普通にソファーに座って普通に新聞を読んでいた。
「新聞は良い。世の中のいろんな事が書いてある」と、死神は新聞を気に入ったようで、毎日欠かさず読んでいる。
何故こんな時間に朝刊を読んでいるのかというと、どうやら家族が全員読むのを待ってから持ってきているらしい。少年は読まないが。
「おかえり」
「ただいま」
4コマの欄に目をやったままの死神に、少年は普通に返した。もはや慣れたのだ。
そのままスタスタと自分の机へ向かってカバンを降ろした所で、少年はようやく固まったまま死神を見つけている友人に気がついた。
「…どうした?」
「……っ!」
少年の声に、やっと友人がこっちの世界に戻ってきたらしい。一つ息をのむと、友人は少年に詰め寄った。
「あああっ…!ほ、ほん…?!し…し…!」
もはや、何を言っているのか分からない。
「あれ、本物の死神?そう、そうだよ、たぶん」
見事に友人の言いたいことを察した少年が頷くと、友人はすごい勢いで少年の肩をつかんできた。
友人の顔は、そりゃもう必死だった。
「な、何でお前はそんなに冷静なんだよ!」
「え?」
「死神だぞ!死神が目の前にいるんだぞ!」
「ああ…」
確かにそうだ、目の前に死神がいるのだ。死の神だ。それは、人間にとって恐怖の対象だろう。
しかし、少年は…
「慣れた…」
「慣れるかっ!」
正直に述べると、友人はすぐさま怒鳴ってきた。
そもそも少年は、この死神に初めてあった時でさえ、恐怖を覚えた事が無いのである。
それを無理矢理怖がれ、という方が無理だ。
「うん、確かに『死』というモノは、生きるすべての者の恐怖だ」
「うわっ」
いきなり顔を上げて喋りだした死神に、友人はびくっとした。まだ死神に慣れていないせいだろう。
少年はケロリとしている。
「だから『死神』を怖がったとしても別に可笑しい事じゃない」
「へ…へ…?」
「まあ、確かに」
「けど、自分が本当にその『死神』なのかは分からないな」
「「?」」
死神の言葉に、思わず少年と友人は顔を見合わせた。そんな2人には全然かまわず、死神は一人で話を進めていく。
「この姿が死神に見えるんなら、きっと死神なんだろう。でも、死の象徴である『死神』と同じとは限らない」
「「……?」」
「ああ、でもその『死神』だったら面白いな。自分で自分を怖がらなきゃいけない。いつ自分に魂を狩られるのかな、フフフ」
友人が少年の腕をつかんできた。1人で笑う死神が怖かったに違いない。
少年は怖がりこそはしなかったものの、死神の言葉は相変わらず分からなかった。
「ああおもしろい、生きてるのは面白いなあ」
気が済んだのか、それだけ言うと死神はまた新聞を読み始めてしまった。
しかし、友人はそれだけで参ってしまったらしい。少々青ざめた顔で、
「あ、そーいや俺用事があったんだ。そろそろ帰ろっかなー」
とやけに棒読みでボソボソ言うと、すぐさま少年を引っ張ってこの部屋から逃げ出したのである。
「あー参った。俺の負けだよ。かなわないよ」
玄関まで逃げてきた後、友人がフウッと息をついて言った。
「そんなに怖いか?」
「怖いというより、不気味だな」
「あー…」
少年は否定できなかった。
すると、友人が少し真剣な顔で言ってきた。
「なあ、お前、あれで良いのか?」
「何が?」
「死神だよ。あれと一緒にいて良いのか?」
「…ああ…」
「何かチンプンカンプンな事言ってたけど、仮にも死神なんだし、本当に安全なヤツかどうかも分からないんだ。危険かも、しれないぞ」
少年は、友人の顔を見た。友人の言うことはもっともな事だ。しかし、前にも言った通り、少年は死神に恐怖を抱いたことが無い。
それに、もう思ってしまったのだ。
死神と一緒というもの、悪くないかな、と。
「僕は大丈夫だよ。自信は無いけど、たぶん」
「…ま、お前が良いんなら良いけどさ」
友人は頷いて、靴を履いた。本当にこのまま帰るようだ。
少年はまた明日、と言おうとしたが、別のことが思い浮かんだので、そっちを口に出した。
「そういえばさ」
「ん?」
「前、お前は死神のこと、天使じゃないかって、言ってたよな」
「…ああ、そういえば」
「今見て、どう思った?」
友人は少し考えてから、少し笑った。
「どっちでも同じようなもんだ」
少年も確かに、と納得した。
「じゃあ、また明日」
「ああ、また明日」
友人は少年の家を出た後、空を見上げた。さっきまで青い空が広がっていたような気がするのに、今は既に真っ赤に染まっている。
しばらくして歩き出しながら、友人は改めて死神を思い出した。
「うわー…。俺、スゴイのに会ってきちゃったなー…」
今日の死神との接触は、忘れられないものになりそうだった。
03/11/11