それはどこから来て、どこへ落ちるのか。



   星



「あ、流れ星」


少年がふと空を指差したので、死神もとっさに空を見上げた。
しかし、素早く消えていった光の筋はその目に映らない。
死神が首をかしげている間に、少年は残念そうに息を吐いた。


「あーあ、願い言えなかったな」
「何だそれは」


少年は問われて、思わず隣を見た。
早い時間にすっかり暗くなってしまうこの時期の暗闇にまぎれながら、死神は真面目な顔をしている。
少年はとりあえず、どこから尋ねようか迷った。


「えーっと、星はもちろん知ってるよね」
「当たり前だ、星はあれだろう」


死神が指し示すのは空。に浮かぶ、無数の小さな光たち。


「当たり。じゃあ流れ星は?」
「………」
「………」
「星って、流れるのか……」


しみじみと死神が呟くので、少年は何だか力が抜けた。
流れ星を見れた事による感動がどこかに飛んでいったような気分だった。


「流れ星、見た事ないんだ」
「うーん、いや、あるかもしれないな、覚えてないだけで」
「忘れるものかなあ」


少年が怪訝そうにそう言えば、死神は空を見上げながら首を振る。


「空を見るときはいつもボーっとしてるから」
「あーそっか……。ちゃんとボーっとしている自覚はあったんだね」
「うむ、これでも」


無意味に胸を張る死神を呆れた目で見つめながら、少年が再び尋ねた。


「それで、さっきの「それは何だ」は、願い事のこと?」
「正確に言えば「何だそれは「」だが、そうだ」
「細かいなあ」


ぼやく少年を死神が視線でせかす。それでも時々空を見る事は忘れない。
少年は、死神は流れ星を探しているんだとようやく気づいた。


「流れ星が流れている間に、願い事を3回言うんだ」
「ほう」
「それが出来たらその願いが叶うんだってさ」
「そうなのか」


納得する死神に、少年はまだ一言付け足そうと思ったが、やめておいた。
「本当に叶うかは分からない」事だと、死神だって分かっているだろう。


「しかしその流れ星とやらはずいぶんと速いんだろう?」


空をじっと見つめながら死神が言う。少年は頷いた。


「速いね」
「その瞬間に3回も願いなど言えるものなのだろうか」
「さあ……」
「流れないな」


死神は流れ星を待っている。
さっきは見えなかったから、本当に3回言えるようなスピードなのか確かめたいのだろう。
その時、


「あ」
「えっ?」


声を上げた死神に、少年も急いで空を見た。しかし、そこにはすでに動かない星が瞬いているだけだった。


「なるほど……速いな」


悔しそうに死神が言う。流れ星を見ることが出来たようだ。


「速いよね」
「速いな。よし今度こそ」
「えっ願い事言うの?」
「ここまで来たら言わなければ」


何の使命感なのか、死神は気合を入れてまた空を睨む。
少年もつられるようにして空を見る。
静かな夜。いつの間にか2人は帰る足を止めていた。


「流れるかなあ」
「やはり珍しいのか」
「そりゃそうだよ、だって、星が流れるんだよ?」
「そうか……うん、確かに」


2人が見つめる中、空は沈黙を続けている。
いつ落ちてくるかも分からない流れ星に少年が内心そわそわしていると、死神が唐突に口を開いた。


「ところで」
「何?」
「君は何を願おうと思っているんだい?」
「僕は」


少年も口を開けた。開けて、何事かを考えて、また閉じる。
その表情は、少し驚いたような様子だった。


「どうしよう、何願おう」
「何だ、何も思いつかないまま願おうとしていたのか」
「だっていざとなると何を願えばいいか思いつかないんだもん」
「思いつかないのは、願い事が無い証拠だな」
「違うよ、ありすぎて逆に出てこないだけだよ」


言葉は空を見上げながら交わされる。
少年は考えた。一体こういうときは何を願えばいいのだろう。
あんまり長い願いだと3回も言い切れないだろう。それでは短い願いだが、短い願いなんてあっただろうか。


「死神は何か願う事あるのかよ」
「もちろん。願いと聞いて一番に思いついた純粋な願いだ」
「えっ何それ」


少年が油断していたときだった。
ポツポツと暗い空に浮かぶ星と星の間を縫うようにして、一筋の光がすっと落ちていったのは。


「あ」
「プリンプリンプリン」


光が消え去った後、2人は同時に顔を見合わせていた。1人は悔しそうに、1人は満足そうに。


「どうだ」
「ずるい!」
「ずるいものか、最高の願いじゃないか」
「でもさあ、もうあるじゃん」


少年が指差すのは、死神が手にぶら下げている買い物袋。
その中には、当たり前のようにたくさんのプリンが入っていた。驚いたように死神が言う。


「おお見ろ、もう願いが叶ったぞ」
「……まあ死神がそれでいいんなら別にいいんだけどさ」


少年は歩き出した。半歩遅れて死神も足を踏み出す。
不満そうな少年とは対照的に、死神はずいぶんとご機嫌であった。


「3回言えたしプリンもあるし、今日は最高だな」
「プリンは最初からあったじゃん。3回言ったのだって意味無かったじゃん」
「まあそれはそうだ。だが、それはいいんだ」
「は?」


少年は振り返る。星空の下を悠々と歩く死神は、微笑んだ。


「流れ星が見れた事、それ自体に意味があるのだから」


少年は当たり前だと思った。思った瞬間、今まで不機嫌だったのが全て無意味に思えた。
だから、少年も笑った。


「そういえば今日の星は一段と綺麗だね」
「む、確かに。今日はいい事づくしだな」
「単純だなあ」


今日の晩のデザートは、格別に美味しいものになるだろう。

05/10/09




 

 

 





















お使いの帰りの話。