「それじゃあ、確かめてみようじゃないか」
十字架
今日の空は曇りだった。
どんよりと日の差さない天気に大抵の人はうんざりするが、ごく少数の者はその天気が好きだ。
ここにも1人いる。どこにでもある公園の木の上でのんびりと昼寝をしていた彼も。
しかしそこで、彼の耳になにやら騒がしい声が入り込んできた。
「でもこれが効くってすごく有名じゃんか」
「有名だからといって必ずしもそれが真実とは限らないぞ」
彼はその声を知っていた。知っていたからこそ、嫌な予感がした。
「こんなに有名なのに?違うの?」
「飲むものも話とは違っただろう。こうなったらとことん違うのかもしれない」
「そうか……でも、光は駄目そうだったじゃん」
「うむ、それはそうだな。可能性は五分といった所か」
「やっぱり実際にやってみなきゃ分からないなあ」
「習うより慣れろ、か」
「それ違う。多分違う。百閧ヘ一見にしかず、だと思う」
声は木下で話し合い始めた。
その声がうるさいのと、ここで話をする理由と、話の内容が気になって、彼はとうとう木の上から顔を覗かせた。
「お前ら一体何してるんだ?」
「あ、キュウちゃん」
「キュウちゃん呼ぶなって言ってるだろ!」
「やはりここにいたか」
木の上から彼、キュウちゃんが下を見下ろすと、予想通りの二つの顔が見えた。
つまり、因縁の中死神と少年である。
このキュウちゃんがねぐらとしている公園はよくこの2人がやってくる場でもあるが、今日はキュウちゃんを訪ねてきた口ぶりだ。
不審の色を隠そうともせずにキュウちゃんが尋ねた。
「俺に何か用か?」
「そうそう、ちょっと試したいことがあって」
「試す?」
「大丈夫、ちょっとだ。だから降りて来い」
何かを期待した目で手招きする2人。キュウちゃんはひたすら嫌な予感がしたが、覚悟を決めて地面に降り立った。
なんにせよ、ここで降りなければ負けのように思えたのだ。
「キュウちゃんってさ、血飲まないよね」
「あ、ああ、トマトジュースのが好きだからな……あとキュウちゃん呼ぶな」
「しかし、太陽の光は駄目そうだったな」
「ん、ああ、火傷してしまうからな……浴びすぎたら灰になるし」
降りてきていきなりの質問責め。意図が読めずに首をかしげるキュウちゃんに、少年がまず言った。
「じゃあさ、あれは効くの?効かないの?」
「あれ?」
「これだ」
どこからともなく死神が取り出したもの。それは……十字架だった。
どこから持ってきたのだろうか、金色の綺麗な十字架である。それを見たキュウちゃんは、
「……ああ、それか」
ケロリとしていた。少年がわずかに肩を落としてみせる。
「なんだ、効かないのか」
「おいなんでそこでがっかりするんだ。効いてほしかったのか、なあ」
「もちろん」
「即答するな!」
吸血鬼といえば、多くの弱点が知れ渡っている。代表が十字架だろう。それが効くのかどうか気になったらしい。
馬鹿らしい、とキュウちゃんは思った。人間に色んな奴がいるように、吸血鬼にだって色んな奴がいるのだ。
全部の弱点が全員に効くとは限らないのである。
「じゃあこっちは?」
わざわざ買ってきたのだろうか、少年の手にはにんにくがあった。
するとキュウちゃんは、うげっと顔をしかめて見せた。
「それは普通に嫌いだ、臭いとかきつすぎる!」
「死ぬか?」
「いや死ぬほど不味いけど死にはしないだろ!にんにくで!」
「そうかー」
明らかに目の前の2人は不満そうだ。それを言うならキュウちゃんだって不機嫌だ。
試された挙句に残念がられるのだから当たり前である。
さらに少年が、そんなキュウちゃんをじと目で見てきた。
「キュウちゃん、本当に吸血鬼なの?」
これにはムッときたキュウちゃんが、少年へと指を突きつける。
「あのな!確かにそれ吸血鬼の弱点だって有名だけど、聞かないやつだっているんだよ!」
「ええー」
「……俺もさ、何度も言われたよ、「お前本当に吸血鬼か」って」
キュウちゃんがわずかに遠くを見る。それは、こんな風に他の人間から言われたのだろうか。
それとも、同じ仲間の吸血鬼に言われたのだろうか。
聞いている2人には分からない。
しかしそこでキュウちゃんは目を戻してきて見せた。
「でもな、誰に何と言われたって、俺は吸血鬼だ、それは変わらない!」
「!」
「だからもうそんなくだらない実験するなよ」
キュウちゃんの言葉に、少年は驚いた様子だった。
そんなに驚く言葉だっただろうかとキュウちゃんが考え込むと、少年が口を開く。
「すごいや、本当に言った通りだ」
「は?」
「そうだろう」
何故か得意げの死神。キュウちゃんが目線で訴えると、少年がわけを話した。
「僕が、キュウちゃんは本当の吸血鬼なのかって話したら、死神が言ったんだ」
「何と?」
「何が効いて何が効かなくても、キュウちゃんが吸血鬼と言えば吸血鬼なんだろうって」
「!」
「キュウちゃん本人もそうやって言うだろうってさ」
キュウちゃんは黙った。
偉そうにしている死神がむかついて仕方が無いが、それでも何も言えなかった。
今まで何度も何度も吸血鬼だと名乗ってきた。
しかし、吸血鬼だと言われた事は……どのぐらいあっただろう。
「でもまあ、せっかくだから何が効くのか試そうと思ってね」
「ほとんど効かないんだね」
分析している2人の横で、キュウちゃんはわずかに下を見た。
今一瞬、表に出てきた表情を、絶対に見られたくなかったのだ。
「今度は杭を持ってこよう。心臓に打ち込んで死ぬか死なないか」
「それまで効かなかったらちょっと怖いなー」
「おい!俺を殺す気かっ!」
目の前の2人は、憎き死神と、ただの少年には変わりないが。
少なくとも、キュウちゃんの中で確実に、そこら辺の普通の人間とは違ってきていた。
十字架は、吸血鬼の証明にはならないのである。
05/08/07