しばらく少年は死神と目を合わせられなくなったという。



   心臓



「すみませーん!」
「「うお!」」


学校からの帰り道、今日も少年と友人は下校途中を何者かによって妨害された。
大抵妨害してくるのは、待ち伏せしている少女やココロと一緒の体育会系男とか散歩途中の死神とか。
しかし今日は一味違った。目の前に飛び出してきたのは……マキちゃんだった。


「……お前は」
「えーっと、確か……マキちゃん、だっけ?」


いつも少女が連呼しているので少年は名前を覚えていた。マキちゃんはおろおろと視線を彷徨わせながらも頷く。
友人が怪訝な顔をしてあちこちを見回した。


「あ、あれ、今日はあのうるさい奴は一緒じゃないのか?」
「……あ、本当だ」


少年も違和感に気付いた。今日は静か過ぎる。いつも2人で一緒なのにあの少女が今日はいない。
少女1人で現れるならともかく、マキちゃん1人が何故ここにやってきたのだろう。


「今日は1人なんです、その、相談したい事があってっ」
「「相談?」」


少年と友人は顔を見合わせた。余計に分からない。
相談ならそれこそ少女にするべきだろう。何だってあまり接点の無い2人に相談なんて。
するとマキちゃんはためらいながらもこう切り出した。


「じっ実は!いつも一緒にいる黒い人の事についてなんですけど……!」






とりあえず場所を移して、3人は公園の片隅に集まった。
何故だか恐ろしいような予感がして、少年はおそるおそるマキちゃんに尋ねる。


「え、えっと、黒い人って……死神の事だよね」


死神についてどんな相談なんだろう。
何人か気になったのだろうか。それとも変な事されたのだろうか。それとも、まさか……。


「は、はい!大きな鎌持って黒猫連れててプリン食べてていつのまにかそこにいる黒い人です!」
「紛れも無く死神だな……」
「死神がどうしたの?答えられる事なら答えるけど……」


少年と友人が見つめる中、マキちゃんはぎゅっと目を瞑って、言った。


「私、変なんです!変な病気かもしれないんです!」
「「は?」」
「黒い人を見たり近くにいたりすると、心臓がドキドキしておかしくなっちゃうんです!」
「「はああ?!」」


2人は声を揃えて叫んだ。マキちゃんはさらに続ける。


「しかも頭の中空っぽになって、顔も赤くなるんです!私、どうしちゃったんだろう……!」
「いやあの」
「大変な病気だったらどうしようと思って……心配かけちゃうから友達にそんな事相談できないし……」
「おっおい」
「考えるだけで心臓がおかしくなっちゃうんです、これって何なのか分かりますか!?」


分かりますかと言われても。この人は凄く純粋なんだなあと少年は呆ける頭で感心した。
つまりマキちゃんは、死神に、恋をしている、と、そういう事?
少年が何も言えないでいると、友人が一歩前へと進み出た。


「その症状……間違いなく、あれだな……」
「わっ分かるんですか?!」


言ってしまうのか。少年が緊張する中、友人は深刻そうな顔で口を開いた。


「それはな……死神病だ」
「……は?」


声をあげたのは少年だった。マキちゃんは驚いて顔を青くしている。


「や、やっぱり病気なんですか……?!」
「ああ。そのままだと心臓が……そうだな……破裂とかするらしいぞ」
「そんな……!」


今絶対適当な症状考えただろ。心臓がどうやって破裂するんだよ。そして信じちゃうのか。
少年はたくさんつっこみたい。だけどたくさんありすぎて逆にどこからつっこんだからいいのか分からなかった。
その間に友人とマキちゃんはひたすらつぱしっていった。


「どっどうすればいいんですか?!」
「心臓がドキドキするのは、一体どんな時だ?」
「えっ……そっ側にいたり、見ていたり考えたりしている時に……」
「それなら側にも寄らず見たりせず考えたりしなければいいんだ」
「それで大丈夫なんですか……?!」
「大丈夫、完璧だ」


口出しも出来ない少年が少し遠くから眺めていると、マキちゃんは素直に感謝して頭を下げた。


「ありがとうございます!頑張ってみます!」
「おお頑張れ、死ぬなよ」
「はい!」


マキちゃんは嬉しそうに駆けていった。友人はその背中を満足そうに見送る。
少年はゆっくりと歩み寄って、友人をじと目で睨みつけた。


「あの人、本気で信じちゃってるよ」
「うん俺もちょっとびっくりした。けど、これで大丈夫だ」


何が?と目で尋ねかければ、友人はひたすら前を見たまま言った。


「あの子が人の道を踏み外す心配はこれでなくなったわけだ。いやよかったよかった」
「……あのさ、ただ死神が羨ましいだけでしょ」


呆れたように少年が言えば、振り向いた友人がやっと目を合わせてきた。


「違う!俺は真剣にあの子の将来を心配したんだ!」
「そういう事にしといてあげるよ」
「まず俺はあいつがモテる事を許さん、犠牲者を出してはならないんだ!」
「やっぱり悔しいだけなんじゃん……」
「あいつには、今日の事絶対に言うなよ」
「はいはい」





翌日。


「昨日はありがとうございました!あれからずーっと考えてみたんです」


放課後待ち伏せしていたマキちゃんは、ひたすら明るい表情だった。


「でもどうしても考えちゃって、心臓も治まらないんです。そこで決めました!」
「……何を?」
「もっと考えてもっと見て、免疫をつけるんです!簡単に心臓がドキドキしないように!」
「そっか、……頑張ってね」
「はい!ありがとうございます!それでは!」


少年が楽しそうなマキちゃんを見送った。その隣で友人は固まっている。


「逆効果、になったわけかな」


ため息と共に呟く少年。友人は引きつる顔のまま、少年に言った。


「この事、あいつには絶っ対に言うなよ」
「はいはい、分かってるよ」


死神と友人の間の溝は、一方的に広がっていくのであった。

05/04/03




 

 

 





















恋愛?関係、より複雑化。