目を覚ましたら、そこには雪だるまがいた。
夢
「……おはよう」
少年はベッドから起き上がって雪だるまに挨拶した。雪だるまは返事をするかのように右に刺さった鎌を上下に動かす。
そして向きを少年からドアの方に変えると、部屋からのしのしと出て行った。
朝ごはんを食べに下におりたんだな、と少年は思った。
「にゃあん」
コバが少年の椅子の上で丸まりながら欠伸をする。その頭を撫でてやって少年も下へおりた。
少年は雪だるまと並んで朝ごはんを食べた。雪だるまはホッとココアを飲もうとしてやっぱりやめていた。
やっぱり溶けてしまうのかな、と、ココアを飲みながら少年は思った。
玄関で靴を履いていると後ろに雪だるまがやってきた。見送りに来てくれたようだ。
少年は玄関の扉を開けながら振り返った。
「いってきます」
雪だるまは鎌を振り回して返事をした。
外は、連日降っていた雪によって真っ白になっていた。
「まだ雪だるまはお前んとこにいるのか?」
友人にそう学校で尋ねられたので、少年は頷いた。友人は雪だるまを嫌っているのだ。
予想通り表情を歪めた友人は、しかし次にこう言った。
「でもまあ、春になりゃ溶けるしな、きっと」
そうか、雪だから溶けるのか。少年は朝見た天気予報を思い出した。
たしか明日は……すごくよく晴れると言っていた。
学校からの帰り道、いつもの橋の上に雪だるまはいた。
さすがに手すりの上には乗れなかったらしく、手すりに寄りかかって空を見ている。その足元にはコバもいた。
少年もその隣に近寄っていった。
「買い物の帰り?」
少年が尋ねると雪だるまは頷いた。鎌に買い物袋がぶら下がっている。その中にプリンも見えた。
「買い物途中でも散歩はするんだね」
雪だるまはもう一度頷いた。時々その途中でこうやって少年と会うのだ。
少年もコバも雪だるまも、綺麗なオレンジ色の夕日に照らされる。これなら明日も天気予報どおり晴れるだろう。
うっすらと積もっている雪も、明日には全部溶けてしまうかもしれない。
「……帰ろっか」
「にゃん」
コバを先頭に少年は雪だるまと並んで帰った。
少し触れてみたその体は、ひんやりと冷たいものだった。
夕飯を食べて部屋に戻った後、少年はしばらく宿題をしていた。今日は少し難しい宿題を出されたのだ。
雪だるまは本を読んでいる。何気に本を読むのが好きらしい。今は絵本を読んでいるが。
昔この雪だるまと同じように夢中になって読んでいた絵本を眺めてから、少年は宿題に取り掛かった。
やがて宿題が終わると眠くなってきたので、少年は寝る事にした。
「おやすみー」
布団にもぐりこんで雪だるまに声をかける。鎌を振って挨拶を返して、雪だるまが電気を消してくれた。
雪だるまが静かな部屋の真ん中に佇んでいるのを見ながら、少年は眠った。
朝、少年はいつもどおり目を覚ました。
うーんと伸びをして、ベッドから足を下ろして、そこが予想外に冷たかったのでビックリした。
「ひっ!……み、水?」
部屋の真ん中に水溜りが出来ていた。何故部屋の中に水溜りがあるのだろうか。
そこで少年は気が付いた。
雪だるまが、いない。
「……溶けちゃったんだ」
「にゃあ」
コバが椅子の上で少し悲しそうに無く。その頭を撫でてやってから、少年は部屋を出た。
とりあえず、あの水溜りを拭かないと。
雪だるまのいない一日が、今、始まる。
少年は今度こそ本当に目を覚ました。場所は居間のソファの上だった。テレビが誰も見ていないのにつけっぱなしのままだった。
学校から帰ってきてうっかり眠ってしまったのだろう。
こんな所で寝るから、あんな夢を見てしまったのだ。
「……夢」
そうか、あれは夢だったのか。少年はふうっと息をついた。今思えば、雪だるまと生活するだなんて凄い夢だった。
よくテレビや本で雪だるまが動いたりするが、それの影響だったのだろうか。
「雪、降ってるしなあ」
雪は今日の朝にはもう敷き積もっていた。さむさむ言いながら学校に行ったのだ。
そこで少年は、玄関の外がやけに騒がしい事に気が付いた。コバの鳴き声も聞こえる。
少年が疑問に思って玄関の扉を開けてみると、そこには、
「うわっ!」
雪だるまがいた。動いてはいないが、右に鎌が刺さっている。
少年がビックリして口をパクパクさせていると、声が聞こえた。
「おっ、起きたのか、おはよう」
雪だるまの後ろからひょっこり顔を覗かせたのは……死神だった。足元にコバもいる。
少年が貸してやった黄色のマフラーが黒い服の上でよく目立っていた。
「……死神」
「雪の日に昼寝なんてしている暇はないぞ、なあコバ」
「にゃーん」
どうやら死神がこの雪だるまを作ったらしい。やけに楽しそうに雪だるまを叩いている。
少年は何と言って良いか分からなかった。
「……玄関の前に作るなよ」
「ああ、そういえば邪魔だな。転がしてたらここに出来てた」
「まあ……いいけど」
「うん、少し冷えたからココアでも飲むか」
家の中に入った死神は美味しそうにホッとココアを飲んだ。それを眺めながら、少年はさっきの夢を思い出してみる。
思い出して、死神に言った。
「死神」
「ん?」
「死神が雪だるまじゃなくてよかったよ」
「? そうか」
訳が分からないといった顔でそれでも頷く死神に、少年は少しだけ笑った。
少なくとも死神は、ココアを飲んで溶けるような事は無い。
05/02/09
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死神が雪だるまじゃなくて良かったと思います。雪だるま喋らないんですもの。