死神は公園の入り口でまたもや立ち尽くすこととなった。
殴る
今日の死神はプリンを持っていなかった。変わりに、お使いを頼まれた品々が入ったスーパーの袋をぶら下げている。
プリンが入っていないのは前日安売りしていた時に買い込んでいたからだ。
死神は半分呆れるように公園の中へと呼びかける。
「……一体どうやってそんな状態まで発展したんだい?」
死神の目の前では、2人の男がちょうどお互いの顔を殴り合っている所だった。
これが噂のクロスカウンターというやつか。
「まっ負けるものかぁぁぁ!」
片方は背後に炎でも見えそうに気合いの入った体育会系男だ。
足元には部分的に何故か赤く染まっている白犬ココロが心配そうに体育会系男を見上げている。
「こっちこそ負けるかぁぁぁ!」
もう片方は口に2本の牙が見え隠れしている吸血鬼キュウちゃんだ。日に弱いから何とか木の影の中をキープしている。
ギリギリと睨み合う怪しい2人に、とりあえず死神はもう一度声をかけた。
「接点も何もなさそうな君達が何でクロスカウンターまで繰り出しているんだい?」
「はっ、死神!」
こちらにいち早く気が付いたのはキュウちゃんだった。
するとキュウちゃんは木の根元にあった何かを掴み、つかつかと近付きそれをズイッと差し出してきた。
「これを見ろ!」
「ん?」
「あっ日の光だ、しまった、あつあつっ!」
すぐに日陰に避難していったキュウちゃんに手渡されたもの、それは、
「トマトジュース」
そう、トマトジュースの缶だった。この吸血鬼は何故か人の血ではなくトマトジュースを飲むのである。
中を見てみると……ほとんど入っていなかった。
「これがどうしたんだい?」
「俺がせっかく飲もうとしていた所に、あいつが飛び込んできたんだ!」
あいつとはもちろん体育会系男の事である。キュウちゃんは悔しそうに拳を握り締めた。
「そのせいでほとんどこぼれてしまった!トマトジュースが台無しだ!」
「おれはただココロと競争していただけだ!なあココロ!」
「キャンキャン!」
体育会系男もココロと共に怒っている様子だ。ひょいとココロを持ち上げて、死神の目の前に突きつけてくる。
「見てくれ、そのトマトジュースがおれの可愛いココロにかかってしまったんだ!」
「クウーン」
「なるほど、だから赤くなっていたのか」
白い面積が減ってしまったココロを見て納得する死神。すると、キュウちゃんと体育会系男は再び睨み合い始めた。
「せっかく拾った小銭で買えた貴重な1本だったんだぞ!」
「真っ白で可愛いココロからあの色が取れなかったらどうする気だ!」
「トマトジュース色って素敵じゃないか!むしろ落とすなその色!」
「おれは雪のように白く美しいココロがいいんだー!」
死神は正直この2人をほっといてさっさと帰ってしまいたかった。しかしこんな公共の場でまだ殴り合っていたらとても迷惑だろう。
仕方なく、ため息をつきながらもめる2人に話しかけた。
「殴り合いは止めて、ほかの事で勝負したらどうだろう」
「他の勝負?」
「他の勝負か……」
しばらく考え込んだ2人は、おもむろにそこら辺に落ちている小石を拾い集め始めた。中には少し大き目の石もある。
結構溜まった所で、公園の端と端にある木の裏に隠れ、手に持つ石を……投げつけ出した。
「おりゃー!当たれー!」
「うおー!なんのー!」
「………」
自分も多少は変わった所があると自負している死神であったが、こいつらはかなり変わった者だとしみじみ思った。
危険度は前にもまして上がっていた。通行人にいきなりぶち当たったりしては大変どころの騒ぎではなくなる。
「とりあえず投石は危険だと思うんだが」
死神がそう言った直後だった。両端の2人が同時に石を投げたのは。
2つの石は綺麗に弧を描いて飛んでいき、そして、
まるで狙ったように、同時に死神にぶち当たった。
ゴツッ
「「あ」」
ピッタリと声が揃った。2つの石がコロコロと地面に転がる。
死神は微動だにせずにそこに立っていた。
「「………」」
公園に沈黙が流れる。嫌な空気は動かない。汗が知らずに浮かんできた。何のための汗かはわからないが。
やがてガサリとスーパーの袋の音が固まった空間の時を動かした。
「「!」」
キュウちゃんと体育会系男が見つめる中、死神はスタスタと歩き出した。
ベンチの前まで来ると、スーパーの袋を丁寧にそこに置く。大きな鎌もそこに大切そうに立てかけた。
「よし」
パンパンと手を払った死神は、2人の方へと肩越しに微笑みかけた。
しかし、その目は……
「やはり喧嘩には殴り合いが一番だな。なあ?」
まったく笑っていなかったという。
「あ、おかえり」
「ただいま」
「……うわ!ど、どうしたの死神、その格好!」
居間でテレビを見ながら留守番をしていた少年は、帰ってきた死神を見てぎょっとした。
たしか死神はおつかいにいって、そしてそれだけだったはずだ。
「ん?何だ?」
「何だじゃないよ!すごい泥だらけじゃん!転んだの?」
けろりとした顔の死神に少年は近づいた。
手に持っている袋や鎌はなんとも無いのだが、死神本体がひどく汚れていた。まるで乱闘してきたみたいだ。
死神は自分の姿に今更気が付いたかのようにああと声をあげた。
「少しやりすぎたか」
「何を?何をやったの!」
「いやいや大丈夫。特に外傷は無い。そうだな、こぶができたぐらいかな」
確かに死神の言うとおり、頭(にあるらしい)こぶ以外に怪我などは無いようだ。一体何をしてきたというのか。
少年は首をかしげた。
「また何か変なことしてきたんじゃないだろうな……」
「変といえば変かもしれないな」
「変なことしてたの?!」
「ご近所の迷惑にはなっていないさ多分。ああ、しかし」
スーパーの袋をテーブルの上に置くと、死神は少年の方へ振り返って、言った。
「非常にすっきりしたよ」
かつて無いほど晴れやかな笑顔の死神に少年は顔が引きつる。
「す、すっきりって、本気で何したんだよ!」
「これがストレス発散というやつだな、ふふふ」
「えっ死神にもストレスとかデリケートなものあったんだ?!」
結局少年は死神から何も聞きだすことは出来なかったのだが。
後日。
公園で体育会系男とキュウちゃんが包帯姿で仲良くトマトジュースを飲んでいたとかいないとか。
勝負の行方は当人達のみぞ知る。
04/12/24
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鎌を使わなかったのは死神のせめてもの手加減だったそうで。
とりあえず、死神と吸血鬼に対等に渡り合える体育会系男を褒めてやって下さい。人間代表!