それは、とても簡単な事。



   握手



死神は、公園の入り口にて立ち尽くしていた。その手にはプリンが大量に入った袋がぶら下がっている。
袋を持っていない方の肩に上手い具合に鎌を乗せながら、頭をかいてみせた。


「……一体、どうしたんだい?」


目の前には、ものすごい勢いで拳を木の幹に打ち付けている少女がいた。


「あ、死神!ライバルは黙っててちょうだい!」
「黙っててと言われてもな」
「私は今己を戒めている所なんだから!」


確かに少女は何かを悔いるように幹を殴っている。
しかしその音が思った以上に辺りに響いているので、近所迷惑なのだ。家に帰ってもどうせこの音が聞こえるだろう。
これではゆっくりとプリンが食べられないので、死神はスーパーの帰りにこの公園を訪れたのである。


「それは反省の意味かな」
「そうよ!反省してるの!」
「何を?」
「だから!黙っててちょうだい!」


死神はため息をつくと、近くのベンチに腰を下ろした。少女は構わず手を動かしている。
痛くないのだろうかとか思いながら、死神は袋から1個のプリンを取り出した。


「いつまでその反省会は続くんだい?」
「まだよ!まだ足りないわ!」
「そうか」


ベリベリと蓋をはがすと、死神はどこからとも無くスプーンを取り出した。そしてゆっくりと食べ始める。
たまには外で食べるプリンもいい。ドスドスという音をBGMに、死神はプリンを食べ続けた。


「今日は絶好のプリン日和だな」


呑気にそんな事を言っていると、ふと音がやんだ。顔を上げれば、少女はこちらに近付いてドスンと死神の隣に座った。
そして、袋を無断で拾い上げる。


「何よ、プリンしか入ってないじゃない!プリン好きだけど」


そうぼやきながらも少女がプリンを1つ手に取ったので、死神は無言でどこからか取り出したもう1つスプーンを渡してやる。
すると少女は勢い良く蓋を開けると、スプーンでプリンを口の中へ流し込んだ。
ほう、と思わず感心する死神。


「なかなかいい食いっぷりだ」
「っはー!あー……ちょっとすっきりした」


少女が息をついた後、しばらく沈黙が続いた。死神が何も言わずにのんびりとプリンを食べていたからだ。
しかし、すぐに少女が声を上げる。


「あーもーっ!何で繋げないのー!」


あーっと顔を手で覆う少女に、死神が尋ねた。


「繋ぐとは、手の事かい?」
「そうよ!ま、まあ普通に握手とかでいいんだけど!こう、触れ合いがね、ほら、ね」


しばらくブツブツ何か言っていた少女も、やがてはあっと肩を落とす。


「……ただそれだけなのに」
「ふむ」
「それだけなのにこの手は!意気地なし!たむし!」


つまり、握手も出来ないほど照れくさくて恥ずかしいのだろう。
死神は、自分の手を罵る少女を一度見やると、ベンチから立ち上がった。


「ちょっと待っててくれ」
「へ?」
「プリンの見張りを頼む」


一方的にそう言うと、死神はすぐに公園を出て行ってしまった。
しばらくポカンとしていた少女だったが、仕方なくプリンの見張りをする。わざわざ盗む奴はいないだろうが。

死神はすぐに戻ってきた。しかし、1人ではなかった。


「え?何?いきなり何だよ、死神!」
「まあまあ、とにかく来てくれ」


死神が連れてきたのは何と少年だった。家に戻ってわざわざ連れてきたらしい。
少女はぎょっとしてベンチから立ち上がった。


「ちょ、あんた!どうして連れてきちゃったのよ!」
「ん?握手したいんだろう?」
「そ、そそそれはそうだけど」
「……あ、あの時泣いてた子だ。っていうか、どうしてここに?」


少年が首をかしげている間に、少女は死神に詰め寄っていた。


「あのね!あんた親切心で連れてきたのかもしれないけど、ライバルに情けをかけられるのはゴメンよ!」
「これは情けかい?」
「私にとってはね!私は、自分の力で頑張るの!」


腕を振り上げて怒鳴る少女に、死神はやれやれと肩をすくめた。


「そんなに気張らなくてもいいじゃないか」
「え?」
「ただ、今チャンスが巡ってきたことだけを考えればいいだろう。せっかくの機会だ、とな」
「うー……チャンス……確かにチャンスだけど」


少女が口をつぐんだ隙を見計らって、死神は少年へと振り返った。


「この子が君と握手をしたいそうだ」
「……え、僕と?何で?」
「とりあえず、切羽詰っているようだから握手してやってくれ」
「別にいいけど……」


はい、と少年は手を差し出してきた。少女は一瞬あっけに取られて、そして次の瞬間、その手を握っていた。


「はい、握手」
「ん、これで任務完了」
「任務?」


少女は自分の手を見つめた。さっきまで、つい今さっきまで短い間だったけれど、手を握った。
少女が震えだしたのを見て、少年と死神は顔を見合わせた。


「……も……」
「「も?」」
「もうこの手洗わないわっキャー!」


そのまま叫びながら公園を走り去っていった少女を、少年はあっけに取られて見送った。
その間に死神がプリンの入った袋を持ってくる。


「……何だったの?」
「まあ、反省をしたかいはあったようだな」
「はぁ?」


呆れながらも、手渡されたプリンをパクつきながら少年は首をひねった。

何で、握手なんてあんな簡単な事で、あんなに叫んでいたんだろう。


ただ死神だけが、満足そうに微笑んでいた。

04/12/04




 

 

 



















沈んでいたと思えばすぐに立ち直る、それが少女の良い所です。多分。