2つのブランコは、共に揺れていた。
揺れる
学校の帰りに、何となく少年は寄り道をした。本当に何となくだ。家の方向とは逆の方へと、何となく歩いていった。
道も、大通りを選ばずに何となく小道を選んだ。そこは人が少なく、どことなく雰囲気が違った。
まるで異世界へと続いているような、小さな道。
その先に、小さな公園が存在していた。
「……公園?」
思わず呟く少年。そこにあったのは、どちらかといえば「空き地」と呼ぶにふさわしい何も無い広場だった。
それでも公園と思わせるのは、ポツポツと建つ遊具のお陰だ。それが無ければ、本当に何も無い寂れた空き地だった。
少年は、何となく空き地の中へ足を踏み入れた。見えるのはわずかなものだ。
草がぼうぼう生えている地面に、錆び付いて上手く滑れないだろう小さな滑り台に、一部が折れてしまっている低いジャングルジム。
それに……。
キイ
錆び付いた鎖の鳴る音。少年の目の前に、風に吹かれてかすかに揺れる2つのブランコがあった。
これは壊れていない。錆び付いてはいるが。
そこで少年は、何となくブランコに乗ってみる事にした。
キィコ キィコ
軽く揺らしただけで甲高い音が鳴る。しかし周りには寂れたビルと小さな道しかないので、うるさく思う人間はいないだろう。
少年が遠慮なく腰を下ろすと、ギイと鎖の軋む音がした。
そのままトン、と地面を蹴ると、フワッと一瞬だけ少年が宙に浮いた。しかしすぐに後ろに引っ張られる。
ぐいっと元の位置に戻った少年の体は、そのまま引っ張られるがままに背後へと飛ぶ。
すると少年の背は前に押されて、また空へと飛び出していく。それの繰り返しだ。
キィーコ キィーコ ブランコが音を立てる。
キィーコ キィーコ 少年も音に合わせて前へ後ろへ揺れる。
何となく隣を見た。かすかに揺れるもう1つのブランコがある。
ぐいぐいと揺れながらそれを眺めているうちに、少年は色んな人を思い浮かべていた。
友人は今日用事があるとかで先に急いで帰っていった。きっと弟や妹の子守か何かなのだろう。
今もずっと格闘しているに違いない。
公園といえば、以前別の公園で大泣きしている少女と会った。失恋したらしいけど。
少女は今もまた泣いているのだろうか。それとも笑っているのだろうか。
犬の鳴き声が聞こえた。そういえば前に白い犬と体育会系の男の話を聞いたことがある。
また迷子になって、今日も探し回っているかもしれない。
天使のおじさんは、まだ天国の方にいるのだろうか。
吸血鬼キュウちゃんは、トマトジュースでも飲んでいるのだろうか。
他にも色んな人が、こことは別なところで生きている。
死神は……何をしているだろうか。
少年は揺れている。誰もいないこの小さな公園で、錆び付いたブランコをキイキイ鳴らしながら、ただ何となく揺れている。
空はオレンジ色に染まっていた。燃えるように明るい。
しかしこの公園はビルの陰にすっぽりと包まれているせいで、全てが暗い。
黒いビルの壁と壁に囲まれた四角いオレンジの空が、まるで切り取られた一枚の写真のように美しい。
そう、写真のような美しさ。現実味を感じさせない、無機質な時間。
こうしていると、まるでこの世に自分1人しか存在していないような、そんな錯覚に陥る。
この世の全てはこの公園で、あの空は薄っぺらく先の無い1枚の写真。
風もやんでいる。時が止まっているみたいだ。何も動かない。
動いているのは、揺れるブランコと少年だけ。
少年は、いつのまにかブランコを止めていた。
音もやんだ。本当に何もかもが止まってしまう。
少年はゆっくりと瞬きをしていた。そうでもしていないと、自分まで動かなくなってしまうかもしれない。
しかしブランコを漕ぎ出すことは出来ない。足が動かなかった。
どうしよう、と少年は何となく思った。どうしよう、どうしよう。
まるで公園ごと四角い箱に閉じ込められた方に、ここから動く事が出来ない。
日が沈む。オレンジ色が心なしか暗くなっていくようだ。
ああ、閉じ込められてしまう。蓋が閉じてしまう。どうしよう。
ただ心だけが焦る。少年がパチパチと瞬きをした、次の瞬間、
ヒュウと、風が吹き込んできた。
風は閉じられた空間を吹き飛ばそうとするかのように、公園中に広がった。
思わずぎゅうと目を瞑る少年。その耳に、キイという音が入ってくる。
隣だ。隣のブランコから、揺れる音がはっきりと聞こえた。
キィーコ キィーコ ブランコが音を立てる。
風の音ではない。誰かがブランコを揺らす音だ。
「うーん、ブランコもいいもんだな」
その声に少年はハッと目を開いた。そこに飛び込んできたのは、町の一角にある小さな公園。どこにでもありそうなただの公園だった。
風も吹いている。音も聞こえる。しかも少年は、1人ではなかった。隣で、ブランコをこいでいる。
「どこに行ったのかと思ってたら、ここにいたのか」
「……死神」
死神は楽しそうにブランコを揺らしている。口ぶりからして、少年を探しにきてくれたようだ。
そこで少年は、なるほどと納得した。
この風は、死神が連れてきたのだ。
「僕を探しにきてくれたの?」
「もうすぐ夕飯だからな」
「じゃあ何でブランコに乗ってるのさ」
「そこにブランコがあったら、乗らなければならないだろう?」
よっと死神は勢いをつけてブランコから飛び降りた。取り残されたブランコがガクガクと揺れる。
死神は、振り返って少年に微笑みかけた。
「ほら、帰ろう」
「……うん」
少年はこぎ出した。体に反動をつけて、オレンジ色の空へと高く高く。そして少年は、あの四角い空を突き破るように飛び出した。
着地に少し失敗して地面にごろりと転がってしまったが、すぐに起き上がる。死神が何も言わずに手を貸してくれた。
少年は今、嫌な写真を思いっきり破いたような、とても爽快な気分だった。
「ああ、お腹すいた!ご飯はなんだろう」
「デザートはプリンだ」
「知ってるよ。だっていつもじゃん」
死神と一緒に少年は公園を後にした。そこにはまた、静寂が戻ってくる。
ただ2つのブランコが、かすかな軋む音をたてながら揺れるだけだった。
04/11/14