今回だけは、死神に少しだけ感謝した。



   明けの明星



「あーやっぱり俺、理科って苦手だなー」
「そう?」
「今日の星の授業なんて全然分かんなかったし」
「僕は星好きだし、そんなに難しくは無かったけど」


放課後のくつ箱、くつを履き替えながら少年は友人と話していた。というか、友人の愚痴に少年が付き合っているような様子だ。
内容は、今日授業であった理科について。


「大体星のこと覚えたって将来何の役に立つんだよ!何も無いだろ!」
「まあ、そりゃそうだけどさ」


少年は星の授業を結構楽しんでいたのだが、友人にとってはそうではなかったらしい。


「今日言ってたあれ、テストに出るんだろ?えーっと、何て言ったっけ……」
「あれ?」
「ほら朝に出る……火星だか金星だか……金星だっけか?」
「ああ、『明けの明星』?」
「それだ!あれだって何で他の呼び名とかつけるんだよ!普通に金星とか呼べばいいじゃないか!」
「んー」


友人が拳を振り上げるのを眺めながら少年は校門を出た。歩きながらも、友人の勢いは止まらない。


「なあ、お前もそう思うだろ!」
「でもさあ、結局何言ってもテストに出るんだし」
「……そうなんだよなあ」


ガックリと肩を落とす友人を見て、少年は少し気の毒になった。
自分が楽しいものを、この友人が楽しくないのが何だか悲しい事に思えたのだ。


「……何か、すぐに覚えるような方法ないかな」
「そうだな……楽に覚えられたらどんなにいいだろうなあ」
「覚えるのなら、実際に見てみればいいじゃないか」


最後の声は、2人の背後から聞こえてきた。しかし2人とも一瞬にしてその正体に気付く。
気付いたとたん嫌な顔になった友人に苦笑いしながら、少年は振り返った。


「散歩?死神」
「うむ。そうしたら見慣れた背中が見えたからな」
「……実際見てみればって、どういう事だ?」


友人の問いに、いつもどおり鎌を持った黒ずくめの死神はどこか楽しそうに答える。


「その星は朝に出るんだろう?」
「うん。日の出前に見えるんだ」
「じゃあ日の出前に直接見に行けばいい」


聞いたとたん、友人は呆れた顔になった。


「日の出ってお前何時だと思ってるんだよ!見れるわけ無いだろ!」
「あ、でも僕見た事あるよ」
「そうだよな絶対無理ってええ?!マジでか!」


隣に立つ少年の言葉に友人は驚いて振り向いた。少年は普通の顔で頷いてみせる。


「時々散歩とかするから、日の出はよく見るよ。でも明けの明星はまだ無いなあ」
「散歩って……朝っぱらにお前……」
「人間不可能な事は無い。……それとも」


死神は意味ありげに友人を眺めて、にやりと笑ってみせた。


「早起きできないとか子どものように駄々をこねるのか?」
「な……!早起きぐらい出来るに決まってるだろ!」
「それじゃあ明日日の出前にうちに来る事が出来るか?」
「ああ出来るさ!今に見てろ!」


思わず啖呵を切ってしまった友人。その後ろでは、少年がやれやれとため息をついていた。





翌日。友人は眠気をこらえた不機嫌そうな目で、日の昇らない道路の上に立っていた。
目の前には、朝っぱらからプリンを食べている死神の姿。


「……お前よくこんな時間にプリンなんて食べれるな……」
「プリンはいつ食べても美味いからな」
「ふあ……ごめんごめん」


とこへ少年が玄関から外へ出てきた。よし、と、死神がプリン片手に動き出す。


「メンバーは揃った。さあいざ行かん明けの明星を探す旅へ!」
「昨日冒険小説読んでたんだ死神の奴」
「……ふーん……」


元気な死神の後を、友人と少年はボチボチついていく。空がだんだんと明るくなっていくのを見て、日の出が近い事が分かった。
そこで友人は、まだ肝心な事を質問していなかった事に気付いた。


「……そういえば、これからどこに行くんだ?」
「町外れの野原だよ」
「……野原ぁ?!」
「あそこが一番見晴らしも良いし、好きだからな」


そう言っている間に、死神の足は野原へと向かう。友人も時たま野原へ行く事があるが、別に特別素敵な場所ってほどでもない。
しかし少年が何も言わないので、とりあえずそのままついていった。


「……もうすぐ日が昇っちゃうんじゃない?」
「確か……明けの明星って日が昇ったら見れないとか何とか言ってなかったか?」
「そうだな。少し急ごう」
「ちょ、ちょっと待てよ!」


慌てるように走り出した3人。日の出は目前で、野原は目の前だ。
ドタバタと1つの角を曲がった、その時、

視界が開けた。


「!!」
「うわあ」
「おお、日の出か」


白い光が野原を、町を照らしていく。野の向こうにある山から姿を現す生まれたての太陽に、友人は心を奪われていた。
さっきまで眠かったのが、どこかへと吹き飛んだようだ。


「……あーあ、明けの明星、見れなかったね」
「んだな……」
「しかし、これはこれで良い思い出になるんじゃないか?」
「まあ…な」


のんびりとした死神の声。確かに明けの明星が見れなかった事は残念だが、友人は今、満足していた。
あの太陽に隠れた金の星を、心の中でしっかりと確認したからだ。


「これで覚えただろう。明けの明星」
「……ああ」
「授業もテストももう大丈夫だね」
「そう、だな」


朝方の空に輝く太陽が全身の姿を見せる頃まで、3人はそこに立っていた。
その後友人は、家を抜け出したのがバレてしっかり怒られたのは言うまでも無く。


ちなみに、友人のテストの結果はそんなに良くはなかったとか。

ただ、「明けの明星」だけは自信に溢れた文字でちゃんと書かれていたらしい。

04/09/22




 

 

 



















結局明けの明星は見れませんでした。まあ、最初は見る事が出来たんですが。
そんな、最初明星が日の出と共に見えるもんだと勘違いしてたとかそんな、まさか。