失うぐらいだったら、先にこの手で奪っておけばよかったんだ。



   失う



少年は近頃よく不思議な光景を目撃する。その原因はもちろん、大半が死神なのだが。
例えば、死神が笑う所や寝る所や足をブラブラさせている所など。今でも、死神の不思議な光景が繰り広げられている所だ。
死神はさっきから、あっちこっちをドタバタ走り回っている。


「ああ……一体どこに行ってしまったんだ……」


取り乱した様子で何かを探しているらしい死神のその光景は、とても不思議なものだった。死神でも取り乱したりするらしい。
少年はその光景を、テーブルに肘を着きながらぼんやりと見守っている所だ。
しかしずっと見ていると少々気の毒になってきたので、少年は死神に声をかけた。


「ねえ死神」
「何だ?」
「鎌なら、部屋に立てかけてあったけど」


死神は今、いつも大事そうに持っているあの馬鹿でかい鎌を持っていない。なので、少年は死神が鎌を探しているのかと思ったのだ。
しかし、その言葉に死神は首を振った。


「知っている。何故なら、自分が立てかけたからな」
「……そう……」


どうやら鎌を探していたわけではなさそうだ。では一体何をあんなに一生懸命に探しているのだろう。
少年は、思い浮かぶもう1つのものについて口にした。


「ねえ死神」
「何だ?」
「コバなら、さっき散歩に行ったからまだ帰ってきてないよ」


死神の側には、あのいつも仲良しそうな黒猫のコバがいない。なので、少年は死神がコバを探しているのかと思ったのだ。
しかし、その言葉に死神はまたもや首を振った。


「それも知っている。この時間コバはいつも散歩に出かけているからな」
「……そう……」


どうやらコバでもなかったらしい。それでは一体何を探しているのだろう。
少年は一生懸命考えた。


「この前読んでた漫画の続き?」
「昨日読み終わった。ラストはさすがに感動の海だったな」

「今日の朝刊?」
「パパさんが仕事に持っていったのを見ている」

「テレビのリモコン?」
「それならそこ、テーブルの下に転がっているぞ」

「つめきり?」
「そこの棚の上から2番目の引き出しに入っている」

「マグカップ?」
「テーブルの上に置いてあるそのマグカップは何だ?」


どうやらどれも違ったらしい。少年は諦めた様にはあっとため息をついた。その間にも、死神は何かを探している。


「頑張るねー」
「当たり前だ。大切なものなのだからな」


しばらく懸命にガサゴソやっていた死神も、やがて絶望に打ちひしがれながらがっくりと膝をつく。


「……ない……」
「………」


呟く死神の背中を、少年は黙って見つめた。


「何てことだ……あれを失ってしまっただなんて……」
「………」
「一体これからどうやって生きていったらいいんだ……」


随分と大げさである。それだけ死神にとって大切なものだったのだろう。


「愛しい、愛しいと思い続けていたが……失って改めて、あいつの存在の大きさを知った……」
「………」
「フッ……今更それに気づくなんて……な……」


確か昨日やってたドラマでこれと同じような台詞を主人公が言っていた様な気がする。
死神は興味深々に見ていたが、どうやら気に入っているようだ。
少年はもう一度ため息をついてから立ち上がった。実は、死神が探しているものを少年は最初から予想していたのだ。


「死神」
「……ん?」


暗い顔で振り向いてきた死神に手に持っていたものを突きつけてやる。
すると、死神の表情が面白いようにパアッと明るく変わった。


「こっこれは!」
「これ探してたんだろ?」
「ああっ我が愛しいプリンーッ……!」


死神はガシッとプリンを握り締めた。それはもう嬉しそうに頬擦りするので、それを見ていた少年も何だか笑顔になる。


「そんなに食べたかったの?」
「もちろんだ。一日に1個は食べないときっと死んでしまう」
「死神のくせに」
「死神だからこそだ」


そんなものか?と少年が首をかしげている間に、死神は両手でプリンを包み込みながら見つめた。


「もう、失わないと誓うからな、プリン」
「そうだね、今度から気をつけろよ」
「ああ。……ん?待てよ?」


少年がその場から立ち去ろうとした時、死神が声を上げた。少年はゆっくりと振り返ってくる。


「どうしたの?」
「いや……何故君がこのプリンを持っていたのかと思ってな」
「……」
「………」


2人は見つめ合った。そして、おもむろに死神が挑むように構え始める。
対照的に、少年は逃げ腰になりながらガードの体勢をとった。


「で、出来心なんだってば。ほら、僕だってプリンが食べたい時あるし……」
「しかしこれは自分のプリンだ」
「そりゃそうだけど……」


死神はじりじりと前へ進む。少年はじりじりと後ろへ下がる。


「しっ死神だって僕のプリン食べただろ!」
「あれは貰ったんだ」
「同じだっ!自分のものだったら名前ぐらい書いとけよ!」
「ふっ、逆切れってやつかい?」
「何だとーっ!」
「問答無用!プリン泥棒は万死に値する!」
「ぎゃー!死の神に殺されるーっ!」



結局少年もプリンが食べたかった、というお話。

04/08/20




 

 

 




















タイトル前の言葉は、少年と取っ組み合った後の死神の誓いの言葉とか何とか。