それを聞いた瞬間、本当に頭が真っ白になった。



   死ぬこと



その日、死神はいつも通り部屋でゴロゴロしたり散歩に行ったりして……いなかった。
何かを感じ取っているのか、ずっと物思いにふけって部屋の窓から空を眺めている。
コバも何故か今日は外出せず、死神の隣で丸くなっていて。
そんな中少年が帰ってきたのは、いつもより少し早めの時間だった。


「おかえり」
「……死神」


いつもと様子が違う少年に、死神は挨拶について注意しなかった。ただ、静かな表情でじっと立ったままの少年を見つめる。


「何だ?」
「死ぬことって、一体何なんだろう」


唐突の質問に、死神は少しばかり考え込んだ。


「自分の意見だが」
「………」
「ここから、いなくなる事だと思う」
「……ここからいなくなるの?」
「ああ」
「じゃあ一体いなくなってからどこにいくの?」


少年は部屋の入り口に突っ立ったままだ。カバンを降ろそうともしない。


「難しい質問だな」
「………」
「死んだら星になるとか、天国や地獄に行くとか、そのまま消えてしまうとか色々噂は聞くが」
「………」
「少なくとも、どこかへ行ってしまうのは確かだ」
「……何で……行っちゃうんだよ……」


それは、非常にか細い声だった。そして次の瞬間、少年は死神に飛びついていた。


「なあ死神!お前死神なんだろ!」
「ああ、死神だ」
「だったら!人を殺したり生き返らせたり出来るだろ!やってみろよ!生き返らせろよ!」


ガクガクと揺さぶりながら叫ぶ少年を、死神はなおも静かに見つめ続ける。


「確かに自分は死神だ。しかし、「死神」ではない」
「っ!訳わかんないよ!」
「人の命をどうにか出来るほどの力は持っていないというわけさ」
「でも!」
「もし、そんな力を持っていたとしたら」


そこで死神は、ガシッと少年の手をつかんだ。その目は、ひたすら真剣だった。


「自分は今ここで君を殺すことも出来るんだぞ」
「!!」
「人の命は、君が思うほど軽いものじゃ無いんだ。分かるな?」


少年は、正気に戻ったように死神の顔を見つめていたが、やがてその場にへたり込んでしまった。
その横に、同じように死神も座る。


「………」
「………」


部屋の中に沈黙が流れる。やがて、少年がポツポツ話し始めた。


「……学校を帰ろうとしたら、連絡があったんだ」
「うん」
「……おばあちゃんが……倒れて病院に運ばれたって……」


死神は、「よろしく」と伝えてきたあのおばあちゃんの事だと分かった。


「今……とても危険な状態なんだって……」
「うん」
「それで、もし、もしおばあちゃんがこのまま……死んでしまったらって、思ったら……頭が真っ白になって……」
「うん」
「もう、どうしようもなくなって……」


そのまま少年は帰ってきたのだろう。何をすればいいのか、何も分からないまま。
悲しみもまだあふれてこない、中途半端な状態だったのだ。


「それで、死が何なのか尋ねてきたんだな」
「……うん」
「そうか、気持ちは分かるぞ。失う事は恐ろしい事だからな」


死神は、まるで独り言のようにポツンと言った。


「もし……自分も今ここで君が死んでしまったら」
「?」
「泣いてしまうかもしれないな」


少年はふと、そういえば死神の涙というものは見たことが無いな、と思った。


「どうだ、自分が泣くんだぞ?」
「……何だか想像も付かないよ」
「だろう?それほど、命というのは重いものなんだ。失ったら、悲しいのは当たり前さ」


死神が死んだら?少年は考えた。死ぬんじゃなくても、もしここからどこかへいなくなってしまったら、どうなる?少年はどうする?

死ぬ事とは、いなくなる事。

やはり分からない。誰かがいなくなってしまったら、どうすればいいのか、少年には分からない。
そこで、でもな、と死神が続けてきた。


「それでも、自分はここにいるだろう。生きているから」
「生きてるから……」
「そう、生きているから。君も、自分も、ここにこうして生きているから」


死神は微笑んできた。その顔は、今日初めて見る笑顔だった。


「こうして出会えたんだ」
「……!」
「迷う事は無い。死ぬことは悲しい事だ。しかし、君は生きなければならない。生きているから」


死ぬ事とは、いなくなる事。でも僕は生きている、から生きる。ここにいる。
それでいいのだろうか。本当に、それだけでいいのだろうか。


「いいんだよ。ただ、悲しいのは悲しい。そういう時は泣けばいいのさ」
「泣けば……」
「ああ。……まあ、」


とそこで、死神はチラッと空を見た。窓の外は、快晴だった。


「今回は、いらぬ心配じゃないかな?」
「えっ?」


瞬間、家中にけたたましい音が鳴り響いた。電話だ。
少年は慌てた様子で部屋を出て行き、そしてしばらくしたらまた慌てて部屋に入ってきた。しかし、その顔は生き生きとしていた。


「死神!おばあちゃん大丈夫だって!死なないって!」
「そうか、それはよかったな」
「うん!」


よかったー……と思わずへたり込む少年に、死神が笑う。
ずっと様子を見ていたコバが、まるで安心したとでもいうように再び丸くなった。


生きる事とは、ここにいる事なのだ。

04/2/19




 

 

 



















生と死は奥が深いです。