つまらない人生というのは、中身がないからさ。



   空虚



「お前はまるで空虚だねえ」


里帰りした夏、おばあちゃんに言われた。


「空虚……」
「心が空っぽっていう意味だよ」


おばあちゃんの顔は別に怒っているわけでもなく悲しんでいるわけでもなく。
いつも通りのニコニコ顔だった。
ただ、その声の端に僅かな哀れみを乗せて。


「心が空っぽって……」
「そのまんまの意味さ。お前、この頃楽しい事ってないだろう」


それは問いかけではなく、まるで断言しているようであった。


「そっそんな事ないよ」
「学校は楽しいかい?」
「……友達、いるし」
「最近、笑ったかい?」
「……テレビとか見て」
「最近、大声を上げたりしたかい?」
「……あんまりないよ、そんなの」
「何かすべてが面倒くさくなってないかい?」
「………」
「今楽しいって思えることが、あるかい?」


少年は俯いたまま何も言えなくなった。
そんな少年に、おばあちゃんは優しく話しかける。


「それはね、毎日にメリハリがないからだよ」
「え?」
「普段とは違う何かを1つでもいいから手に入れてごらん。お前の毎日はガラリと変わるよ」
「そんな事言われても……」


不満そうに言う少年の頭を、おばあちゃんは優しく撫でた。


「毎日の楽しさっていうのはたくさんゴロゴロしてるんだよ。でも、ただ黙ってじっと立ってるだけでは何も手にする事が出来ないのさ」
「………」
「お前もじき分かるよ。そういうのはね、不意にポンと現れるからね」


にこっと笑うおばあちゃんの顔を見ていると、何だか体の中が温かくなる。
少年はこのおばあちゃんが、嫌いではなかった。





「いろはにほへと、ちりぬるを」
「………」


少年は、ぶつぶつと呟く死神を呆れた眼で見ていた。


「これはどういう意味だ?呪文か?」
「にゃーん」
「不思議だ……何かの言葉だとは思うが意味が読み取れないぞ」


どうやら少年の教科書を読んだらしい。


「うーん……一体何なんだ……」
「それ、昔の『あいうえお』みたいなものらしいよ」
「何?」


少年に言われて、死神はもう一度教科書を見直した。


「……おお本当だ、すべての文字1つずつあるんだな」
「そうだよ。しかも昔の言葉でちゃんと文になってるんだってさ」
「読めるのかこれは。ううむ……どんな文なんだ……」
「また考え出したよ……」
「にゃあ」


コバとやれやれ、とため息をついていると、下から何かの音が聞こえてきた。


「……あ、電話だ」


電話の主は、おばあちゃんだった。



「どうしたの、急に」
『お前が気になって仕方なかったんだよ』
「え、何で」
『空っぽだったからね』
「……あ……」
『でも、今は大丈夫なんだろう?』
「え?」
『声が違うよ。一体何を手に入れたんだい』


手に入れた……?少年が思い当たるのは一匹しかいなかった。言おうか言わないか迷ったが、結局言ってしまう事にした。
何となく、この祖母なら馬鹿にしないだろうと思ったからだ。


「ちょっと……死神を一匹ほど」
『死神を?……ふふっ、そりゃあ大層なものを手に入れたもんだ』


おばあちゃんは笑ったが、別に馬鹿にした笑いではない。よりによって死神を手に入れてしまった事に対して笑っているように思えた。


『そこにいるのかい?死神は』
「うんいるよ」


未だにうんうん悩みながら、それでも夕飯時なので少年の部屋から出てきた死神を見ながら答える。


『死神によろしく伝えといてくれないかい』
「?うん」
『ああ、おばあちゃん安心したよ。またこっちにおいで』
「うん分かった」
『またね』


少年は受話器を置いて、死神に向き直った。


「死神、おばあちゃんがよろしくだってさ」


会った事も話した事も無い相手からよろしく言われて、さすがの死神も不思議顔だったが、


「ああ分かった、任せてくれ」


と、返事だけはしっかりと返してきた。


少年の心を満たしたものとは何だったのだろうか。
それは本人にも分からない所だったが、ただ1つ。

空虚はもう、そこにはない。

04/1/14




 

 

 



















少年は複雑なお年頃です。