「ほら、こうやるとこの鉛筆、曲がってみえるんだそ」



   えんぴつ



「………」


鉛筆をブラブラ振ってみせる少年を、友人はどことなく冷たい目で見つめていた。


「……あのな」
「うん」
「それ、たぶん皆知ってる事だから」
「……やっぱりなあ」


少年はガッカリした面持ちで鉛筆を見つめている。
そんな少年を見ながら、友人ははあっと盛大なため息をついた。


「大体……何で今頃そんなもん見せるんだよ」
「だって、僕実は知らなかったんだ」
「……マジで?」
「マジで」


大真面目に頷く少年と呆れた目をしている友人は、机越しにその顔を見つめ合った。


「初めて知ったとき、すごいなあって思ったろ?」
「まあな」
「そして、他の誰かに見せたいって思ったろ?」
「その気持ちは分かるがな」
「……でも誰もが知ってるんじゃあ、教える事が出来ないな」


落胆しながらの少年の言葉に、友人はハッとある者を思い出した。


「そうだ!あいつに教えろよ」
「ん?」
「死神」
「……ええー?」


確かに死神は知らなそうだ。が……。


「何かさあ、『これは目の錯覚が見せる現象で云々』とか難しい事言いそうじゃないか」
「……うーむ……」


それは十分にありえる事なので、友人も押し黙ってしまった。


「それじゃあもう諦めろよ」
「うー……」
「じゃあ、この前拾ったっていう猫にでも見せればいいだろう?」
「……今日帰ったら死神に見せてみるよ」
「そうしろそうしろ」


かくして、3時間目の休み時間は終わりを告げたのだった。




「死神」
「何だ?」


死神は、黒猫を膝の上に乗せながら新聞を読んでいた。
死神の服に体色が同化して、コバの金色の目だけが浮き出て見える。


「ちょっと見せたいものがあるんだ」
「どれどれ?」


新聞をその場に置いて、死神が少年に顔を向けてきた。コバもどことなく興味を示しているように見えるのは気のせいだろうか。
少年は、ポケットから例の鉛筆を取り出して2人(2匹)の前へかざして見せた。


「取り出したのは、何の変哲もない鉛筆です」
「ほほう」
「にゃあ」


鉛筆を横に持ち、テレビで見た手品師を気取りながら少年はゆっくりと鉛筆を振った。


「ほら、ぐにゃぐにゃ曲がって見えまーす」
「……!」
「………」


一瞬、誰かの息を飲む音が聞こえた気がした。

次の瞬間、少年の予想は見事に裏切られたのだ。


「おお……!本当だ、こんなに固い鉛筆がこんなに曲がって見える……!」
「にゃあー」
「………」


本当に驚くとは思ってなかった少年は、しばらくあっけに取られてしまった。


「何でだ?何でこんなにぐにゃぐにゃに見えるんだ?」
「え……。め、目の錯覚がどうかなるんじゃない……?」
「ほほうなるほど、ちょっと貸してくれ」


目をきらきらさせている死神に、少年はぎこちない手つきで鉛筆を渡した。
死神は鉛筆を手に取ると、少年と同じように鉛筆を振ってみる。


「おおおー、曲がってる曲がってる」
「にゃあ」
「……うん曲がってるね」
「うーむ、こんな何も変哲も無い鉛筆でこんなに驚かされるとは思わなかったな」
「ああ、僕もだよ」


死神は鉛筆を見つめながらうんうんと頷いてみせた。


「日々の驚きというものはこんな風に日常の中に隠れているものなのだな」
「……言葉は難しいくせに結構中身は単純だよな死神……」
「何だ今頃気付いたのか?」
「………」
「にゃあーん」


少年は、死神について何だか一歩近づいたような気がした。


「死神も人の子って事だな」
「いやーそれはちょっと違うと思う……」

04/1/6




 

 

 



















ぐにゃぐにゃさせるのにはコツがあります。