スタートラインに立つ前に、はい準備運動をしましょう。



   スタートライン



「あの方は私のことを……スキ、キライ……」


少女が声を出すたびに、プチンプチンと花びらが散っていく。
そのまま地面に落ちるものもあれば、風に乗ってどこかへと飛んでいく花びらもある。


「スキ、キライ、スキ……あっ」


花びらの残りあと1枚。
少女は目をそらしつつポイッと花を放り投げた。


「こんなの当てになんないわ。はあーっあの方は一体どこにいるんだろうー」


そう、少女は今、公園で運命的な出会いを果たした(と少女は思ってる)少年を探しているところなのだ。
何せあれから1度も会っていないのである。学校の帰りにこっそり公園を覗いているだけではダメだと、少女は意気込んだのだ。


「せめて家がわかればなぁ……はあ……」
「にゃあん」
「……ん?」


少女が振り向くと、そこには1匹の黒猫がいた。金色の目が綺麗な、どこかで見たことのある猫だ。
そこで少女はハッと思い出した。


「あ!あんた、あの方と一緒にいた黒猫じゃないの?!」
「にゃーん」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」


いきなり走り出した黒猫を少女は思わず追いかけていた。黒猫は、それほど行かないうちにある人物の前で止まった。
その人物は……。

黒ずくめの服を着た鎌を担いでいるいかにも怪しげな男で。
思わず少女は叫んでいた。


「へっ変質者!」
「人をいきなり変質者扱いとはなかなか失礼な奴だな」
「にゃあ」


怪しい男は無意味にムンと胸をはって見せながら言った。


「自分は死神だ。変質者などではない」
「もっと変じゃないそれ」
「ますます失礼だな」


怪しい男もとい死神と話をしている内に、少女は「ん?」と思った。
この死神を以前どこかで見たような気がする。


「……あっそういえばあんたはあの方と一緒にいた……!」


そうだ、あの少年の隣に何となくいたような気がする。大体こんな変な姿をしている奴なんて他にいないだろうから、きっとそうだ。
すると死神の方も、何かを思い出したようだ。


「……おおそういえば君はいつかの近所迷惑失恋娘か」
「そっちこそ失礼ね!何で失恋したって知ってるのよ!」
「大声で君が叫んでたからな」
「ふん、もうその事はいいの。私、新しい恋に目覚めたんだから」
「ほう」


でも、と、少女は深いため息をついた


「あの方の事を私は少しも知らないの……。名前も家も何もかも。偶然の出会いとはいえ、あれから1度も会えてないし……!」
「しかし、あれからまだ数日しかたってない気がするのだが」
「ああもう遅いかもしれない!他の女にたぶらかされてるとか……!許婚いるとか……!くそー何で会えないのよー!」


あーっ!と頭を抱える少女に、死神は心底不思議そうに首をかしげる。


「何故そんなに焦ってるんだい?」
「だ、だって!」
「君はまだその者の事を何一つ知ってはいないんだろう?」
「………」
「ならばその恋とやらは全く始まってもいないんじゃないか?」
「……え?」


少女が驚いて死神を見上げると、その顔はさっきと全く変わっていなかった。


「まだスタートラインにも立っていないというのに、何を焦ってるんだ」
「あ……!」
「今はゆっくり走り出す準備をすれば良いじゃないか」


だろう?と問いかけてくる死神に、少女はゆっくりと頷いた。
そうだ、私は何を焦っていたんだろう。知らなかったら、知るまで探せばいいじゃないか。
だって、私の恋はまだ始まってもいないんだから。


「ところで君のその恋の相手というのは、この前の少年か?」
「え、そこまで分かるの?!そう、そうなのよ!もう運命の出会いってやつよあれは!」
「そうか、そうか」


死神がとてつもなく楽しそうに笑ったのを、少女は残念ながら見てはいなかった。


「よーし、これからも頑張るぞー!」
「あー1つ助言してやろうか」
「えっ?」
「そのあの方の家はここだ」
「は?」


死神が指差した家は、ごく普通の二階建ての家。ちなみに少女が泣いていた公園の結構近くの場所だったり。


「な、何であんたが知ってるの?!」
「いやあちょっと居候させてもらってる身でな」
「……何ですって?!」


少女はあまりの精神的ダメージに思わずクラリときた。
居候イコール、あの方と一緒に住んでいる。という事は…。


「ライバルね!」
「……んっ?」
「私とあの方の間を邪魔するライバルなのね!一つ屋根の下なんてっ!同棲なんてずるい!でも私だって負けないんだから!」
「居候だけでそこまで出世してしまったかー」
「いつか絶対あなたに勝ってみせるわ!それまで覚えときなさいよ死神っ!」


一方的にライバル宣言してきた少女は、そのまま走って去っていってしまった。
死神はしばらくポカンとその場に突っ立っていたが、


「……やれやれ、困った事になったな」
「にゃー……」


楽しそうに笑う死神の顔を、コバが呆れたように見上げていた。

一方、ダッシュで走り去った少女は、


「…あ、やっと見つけた!もうずっと探してたんだから!」
「あ、マキちゃん!」


少女をひたすら探していたマキちゃんと遭遇していた。
ブツブツ文句を言うマキちゃんは無視して、少女は大声を出した。


「ねえマキちゃん!」
「な、何?」
「私!死神なんかに負けないんだからね!」
「は?!死神って……あーもう待ってってばー!」


またもや走り出した少女をマキちゃんは必死に追いかけるのだった。



私は今スタートラインに立った。さあ、走り出そう!

03/12/29




 

 

 



















死神、何となくそこにいた男からライバルに昇格。