「皆さん、人生の中でかけがえのないものは何ですか?」



   かけがえのない



授業が終わって、下校途中も少年は考えていた。先生が言ったかけがえのないもの、それが思いつかなかったからだ。
大体、かけがえのないものって具体的にどういうものなんだ?

友人に持っているか、と尋ねてみた。


「かけがえのないものか。……色々ありすぎて逆に思いつかないなあ」


色々ある、という事は、友人はかけがえの無いものを持っているという事だ。少年は1つも思いつかないというのに。
というわけで、少年は難しい顔をしたまま帰宅したのだった。


「ただいま……」
「にゃあ」
「おかえり。何だ、眉間にしわがよってるぞ」
「ちょっと考え事をしてて……」


死神はコバと一緒に小さい子が読むような絵本を読んでいた。
どこで買ってきたんだよ、というつっこみは、今悩む少年の口からは出なかった。


「授業で、かけがえのないものは何ですかって聞かれたんだ」
「うむ」
「にゃー」
「でも僕はそれが思いつかなくて……」


少年の話を聞いた死神は、絵本を手に持ったまま立ち上がった。
その目は、やけにうきうきしているように見える。


「それじゃあ、探しに行こう」
「え?」
「かけがえのないもの探しさ」
「……ってそのかけがえのないものは一体どこにあるんだよ」
「にゃあー」
「それは……虹の下だ」
「……はあ?」


予想外のその答えに、少年は思わず間の抜けた声を出していた。
死神はそんな少年を無視で話を続ける。


「虹の下には宝が埋まっていると、聞いたことは無いか?」
「……いや、聞いたことはあるけど……」
「その宝とやらが、もしかしたらかけがえのないものかもしれないぞ」
「………」


死神の手にある本の名は「虹の宝」。どこから仕入れてきた話なのか少年には良く分かった。
きっとその「かけがえのないもの探し」というのは、今さっき思いついたに違いない。
しかし少年は「違うに決まってるだろ!」とは言えなかった。

もしかしたら虹の下には本当に宝があって、その宝がもしかしたらかけがえのないものかもしれないじゃないか。

そう思っていたら、思わず声を出していた。


「よし、いこう」





「とは言ったものの……一体どこに虹があるんだよ」


少年は手に傘を持って、前を行く死神に言った。
空からは、朝からずっと雨が降り続いている。もちろんこのどんより曇った空のどこにも虹なんてものは見当たらなかった。


「ははは、まだまだだな。なければ探せばいいじゃないか」


死神は大層ご機嫌のまま振り返ってトンチンカンなことを言う。
ちなみに少年が差す傘の色は青。死神のはコウモリ傘。
傘ぐらい他の色にすればいいのにと少年は思っているが、本人はその傘がお気に入りのようだ。


「探しても見つからないから聞いたんじゃないか」
「それならさらに探せばいい」
「……はあ……」


雨なので周りに出歩く人影はいない。濡れたアスファルトの上に存在するのは死神と少年だけであった。
コバは濡れるのを嫌がって今回は留守番している。


「虹は空に出来るんだろう?」
「そうだよ」
「どこの空にあるだろうな」
「濡れるよ死神……」


アホみたいに空を見上げながら歩く死神に少年は言ったのだが、そんなのは気にしていないようだ。
真っ黒の服にポツポツと水が滴り落ちてきても、全く見ようともしない。
少年は何だか傘を差してまで濡れないように頑張っている自分が馬鹿らしく思えてきたので、死神と同じように上を見ながら歩き始めた。

雨が降りしきる中、2人してポカンと空を見上げながら町を歩き回った。
後で思えばそれはとてもくだらない事だったが、少なくとも少年はその時、真剣に虹を探したのである。

しかし天気はやっぱり雨。虹はどこにも見当たらなかった。


「……全然ないよ虹……」


何だかどっと疲れてきて少年はため息をついた。
結構濡れてしまったから、早く温まらないと風邪を引いてしまうかもしれない。
しかし死神は、


「よし、こっちだ」


まだ十分にやる気はあるようで、とっととまた歩き出してしまった。
それを見た少年は慌てて後についていく。
この先はもう野原で、町を出てしまう。


「ちょ、ちょっと待てよ死神!もう無理だって!」
「何だ諦めるのか?」
「だって虹は雨が降ってると出てこないんだぞ、いくら探しても無理なんだよ!」
「雨が降ってると虹は出ないのか?」
「そうだよ!」
「じゃあ、あれは一体なんだ?」
「……えっ?」


我に返って空を見上げたとたん、野原に光が差し込むのを見た。雲が途切れたのだ。
それと共に、大きな大きな光の橋が空に架かる。

少年は、とうとう虹を見つけた。


「ああ……虹だ……!」
「これが虹か、随分と綺麗だな」


思えば死神は虹を初めて見たのかもしれない。非常に感心した様子で虹を眺めている。
そこで少年はハッとなった。


「そうだ、虹の下!」
「何がだ?」
「だから……虹の下には宝があるんだろ?」
「ああ」
「それじゃあ早く探さなきゃ消えちゃうよ」
「探さなくても、もうあるじゃないか」


え?と死神を見た。死神は、いつもと同じように微笑んでいる。


「ここ」


少年は虹を見た。そしてその後死神を見て、また虹を見た。
虹は、少年と死神の上空に浮かんでいる。
つまり、虹の下にあるのは…。


「……ここ?」
「そう、ここ」
「かけがえのない……もの?」
「それは分からないな、ただ……」


言って、死神は楽しそうに笑った。


「君が今をかけがえのないもの、と思ったら、きっとそうなんだろう」


ああ、と少年は理解した。
そうだ、かけがえのないものって形があるものだけじゃないんだ。
ましてや探して見つけるものでもないのだ。
だって今、目の前にあるのにどうやって探すと言うのだろう。


「死神はどう?今」
「ん?」


少し間をおいて死神は答えた。


「……どうだろう、分からないな」


はっきりとした答えではなかったが、少年はそれでよかった。


だって少年にとっては今が、何よりもかけがえのない――――

03/12/25




 

 

 
















虹の根っこに宝はあるらしいです。いいですね。