凄まじい破裂音がすぐ隣で聞こえたと思ったら、しばらく他の音が一切聞こえなくなってしまった。
聞こえるのはキーンという耳鳴りのみで、しかしそれもすぐに消えた。
次の瞬間、急に周りの音が戻ってきたので、あらしは耳を押さえて目を白黒させた。


「きゃーすごかったわねー今の花火ー!」
「ちっ違うよ今のは花火とかそんな華やかなものじゃなかったよ!」
「問答無用で大砲を撃ってくるとは、やっかいなハゲですね」


はしゃぐシロをあらしが宥めている間に華蓮が舌を打つ。すぐ隣に着弾したのは、大砲の弾だったのだ。
さっきの衝撃でまだクラクラしているウミが声を絞り出した。


「ど、どうしよう……俺、食べられてしまう……!」
「いやまだ大丈夫だよ、はっきりとウミが王族だって知られたわけじゃないし」


頭を抱えるウミの肩をあらしが慌てて叩いてやる。疑われているのは一目瞭然であったが。
それを眺めていた華蓮は、面白いおもちゃを見つけたように実に楽しそうににやにやと笑っていた。


「知られてなかったとしても事実なんですから、食べられるのは時間の問題でしょうね」
「おおお俺はまだ食われたくない……!」
「無闇に驚かせるなよ華蓮!」
「すみません、つい面白くて」
「最早言い訳もしない?!」


言い合っている間に、再び酷く大きな音が背後から聞こえる。
しかし今度はかなり軌道を逸れたようで、ずっと向こうで爆発音が聞こえた。森に住む鳥達が迷惑そうな声を上げて飛び立っていく。
三輪車を必死にこぐクロが正面を見据えたまま怒鳴り散らした。


「えーいいつまで逃げればいいんだっつーの!こうなったら俺があのイカス戦車ぶっ壊して」
「そのしょぼいヤリでどうやって硬い戦車壊す気だよ!」
「ぐんぐにるはしょぼくねえ!」
「くだらない事ほざいている暇があったら早くこいで逃げて下さい」


クロが喋るたびにふらふらと三輪車が揺れる。おかげで高速で通り過ぎる木の幹にぶつかりそうになるが、照準も定まらないだろう。
後ろからスピーカーで拡張しているような声が届いてきた。あのおっさんの声だ。


『待ってくださーい。逃げるなんて余計怪しいですよー』
「たとえ王族じゃなくても味見しようとしていたくせに……」
「味見だけで不老不死になるのかしらー?」


ふとシロが首をかしげたのを見て、一同はっと気がついた。味見といえば、シロが毎回ウミを甘噛みしているではないか。
もし味見だけで不老不死が手に入るのなら、シロはもうとっくに不老不死になっていてもおかしくない。
それ以前に、本当に王族の人魚を食べると不老不死になるのか、という問題が残っているのだが。
あらしは恐る恐るシロに問いかけた。


「シロ……どんな感じ?何か、不老不死っぽい?」
「不老不死って自分で分かるのか……?」
「うーんとねー、別にぽくないわよー、この前ちょっと背が伸びてたしー」


それを聞いて全員が安堵のため息をついた。背が伸びるという事は、成長しているという事だ。
不老不死になっていたとしたら不老なのだから成長が止まるだろう。
華蓮が背後の戦車を睨みつけながら、ふんと鼻から息を出してみせた。


「どうやら、不老不死の噂はガセのようですね」
「どうしようか……実例もといシロを見せて噂は嘘だって教えればおっさん達も諦めるかな」
「いいや!あいつらは実際食べてみるまで気が治まらねえだろう、よっ!」


クロが思いっきりハンドルを切った。目の前に大きな岩が立ちふさがっていたのだ。
勢いよく曲がった三輪車に引きずられる箱も一緒に大きなカーブを描く。皆振り落とされないようにしがみついた。
後からくる戦車が岩に引っかかってくれないかと期待したが、どうやら無事に曲がりきる事ができたようだ。


「このまま逃げ切れればいいんだが……」
「ぐずぐずしていたらまた大砲を撃たれますよ。やられる前にやりますか?」
「やめてやめてなるべくやめて」


やるかやらないか議論している間にも戦車はこちらに迫ってきている。シロが叫んだ。


「またあの長いやつがこっち向いたわー!」
「う、うそっ!」
「クロさん避けてください!」
「無茶言うなー!」


慌てふためく箱の中、決死の形相でウミが立ち上がり、背中に背負ったタルの蓋を開けた。
外にこぼれるかと思った水がウミの手の中に流れ込んでいく。
ウミが腕を振り上げるのと、戦車が大砲を発射したのはほとんど同時だった。


ドォン!!
「させるかっ!」


一瞬だった。空中に広がった水と大砲の弾は正面からぶつかり、弾の方がわずかに軌道を逸らしたのだ。
硬くもあり柔らかくもある水が弾力を持って弾をはじいたのだ。
結果、大砲の弾は頭上を飛び越え、空の遥か彼方へと飛んでいったのだった。
ぽかんとしている中、ウミが汗だくのままその場に座り込む。戦車からは驚愕の声が上がった。


『弾がはじかれただと?!』
『くそっ人魚が水を操れる事を忘れていた!』
『あのタルめ!』


複数のスピーカーの声をBGMに、緊張でこわばっていた体をため息で解かし、ウミが額の汗を拭った。


「せ、成功してよかった……」
「ウミーありがとー!すごかったわー!」


感激の様子でシロがウミに飛びついた。がくりと力を抜いたあらしも情けない声で礼を言う。


「本当助かったよ、ありがとうウミ……そういやウミって水が操れるんだったね」
「ああ。持久力は無いけどな」


背中に背負っていたタルを抱えながらウミが頷く。生命の源である水が減ってしまった事を気にしているようだ。
まだ気丈に戦車をにらみつけたままの華蓮がその様子を横目でちらりと見やる。


「使えるならもっと早く使って下さいよ、余計な事に神経すり減らしてしまったじゃないですか」
「い、言っとくけどな、一か八かだったんだぞ?!水を硬くしすぎても柔らかくしすぎても駄目なんだからな!」
「はいはい」


その加減が難しいんだと力説するウミの言葉をすでに華蓮は聞いてはいなかった。
戦車に向かっていた瞳を、あらしの方へ向けてくる。


「あらしさん、この森はあとどれぐらいで抜けそうですか」
「えーそうだな……結構逃げてきたから、もうすぐだよ」


愛用のカバンから地図を取り出したあらしが現在地を予測しながら指で追う。その後苦い顔になった。


「不味いな、ここ抜けると野原だ。身を隠せるようなものがなくなっちゃうぞ」
「おいおいそうなったら大砲狙いまくりじゃねーか、どうすんだよ!」


三輪車の勢いを止める事のないままクロが焦った声を出す。ウミの水にも限界があるのだ。
全員で顔を見合わせている間にあらしは地図を食い入るように見つめる。何か手は無いか。何か……。


「あった!」
「え?」
「何がー?」


あらしは皆に見えるように地図を広げた。そしてぶつけ本番の作戦を説明して、戦車を睨みつける。


「これで一か八かの、勝負だ!」





戦車は前方の三輪車、と引っ張られている箱をひたすら追いかけた。
今度こそ不老不死を手に入れることが出来るかもしれないのだ。絶対に逃がす事はできない。
連中は進路を若干変えてからひたすら真っ直ぐ逃げている。大砲でも狙いやすいというものだ。


「おい、弾詰め終わったぜ」
「もう一発お見舞いしてやるか」


狭い戦車の中で5人の頭光るおっさんたちが笑いあう。砲台がキリキリと箱を狙った。
これが命中すれば箱を止めることができるだけじゃなく、木っ端微塵に出来るだろう。
その後で人魚を改めて回収すればいい。
にやにやと笑うおっさんたち。その手が大砲の発射ボタンに伸びる。そのときだった。


「「!!」」


目の前を走っていた箱が視界から消えた。前方の茂みに入り込んだのだ。このまま逃げるつもりか。


「逃がすか!」


戦車は勢いを緩める事のないまま茂みの中に突入した。決して逃がさぬように、すぐに追いつけるように。
しかし茂みを抜けた先に見えたのは、どこまでも続く綺麗な青い空であった。


「……あれ?」


呟いたのは誰だったか。戦車はその一瞬後、谷底へとまっさかさまに落ちていった。





地図には、この先に崖がある事を記していた。その前が濃い茂みに覆われている事も。だから注意せよと書かれている。
一か八かだった。茂みに突っ込み、その淵ギリギリで止まり脇にどけ、戦車だけを崖へと落とそうとしたのだ。
もしかしたら勢いを殺せずに一緒に谷底へ落ちてしまっていたかもしれない。
戦車の方が崖の存在に気付いて、作戦に乗ってこなかったかもしれない。
しかし結果は見事、作戦通りだった。ガンゴンと激しい音を立てながら戦車は落ちていった。

戦車を見送った5人は、パチンと手を叩き合った。


「「やったー!」」


ハゲ集団『冒ズ』よ永遠に。




06/08/13