何とか震える体を押さえつけ、遠慮なく笑い転げる仲間を叩いて落ち着かせ、5人はおっさんたちと向かい合った。
もちろん、その並ぶ頭からは意図的に視線を外しながら。
「大丈夫ですか?いきなり倒れたりして……もしかして皆さん揃って何かの病気に掛かっているのでは」
「い、いや気にしないで下さい、発作みたいなものですから」
「そちらこそ皆さん揃って頭の毛の病気か何かに掛かっているのでは」
「華蓮!」
口を滑らせる華蓮を抑え込むあらし。その隣で、左から右に薄くなっていく頭を見ながらウミが尋ねる。
「な、何で5人で旅をしているんだ?兄弟か何かなのか?」
「いいえ、皆同じ目的を持つ者、いわゆる同志なのですよ」
「なるほど、毛髪を求める同志というわけですね」
「頼むから今だけでいいからその口を閉じてて華蓮!」
口を滑らせまくる確信犯な華蓮にとうとうあらしが泣きついている。
もしその結果争いなんかが起こってしまえば、とばっちりが来るのはまともな人間つまり自分なのだ。必死にもなる。
ハゲを気にせず、というかもう飽きたのだろうシロが並ぶハゲの後ろを指差した。
「ねーねーあたしこの乗り物初めて見たけどー、どこから持ってきたのー?」
「そりゃあ戦車といったら戦争だろう。戦争跡からマシなもの修理して持ってきたんだよ」
右から2番目のおっさんが答えた。ちなみに1番最初に会った人の良さそうなおっさんは1番左側だった。
入念な打ち合わせがあったとしか思えない見事な並び方のおっさんの言葉にクロは怪訝な顔になった。
「あ?戦争跡?って、どこにあんだよ」
「確かに、近頃戦争があったとかは聞かないが……」
「もちろん昔の戦争跡だよ、50年ぐらい前だったかな。そうでもなきゃ戦車なんて運転しようと思わないさ」
真ん中のおっさんが頭を掻きながら快活に笑う。その笑顔が常人よりも輝いて見えるのはきっと気のせいだろう。
「ちなみに何で戦車なのかというと、この『冒ズ』メンバーみんな戦車が大好きだからさ」
「『ボウズ』メン……」
「駄目だウミ、頭の中で言葉を再変換しちゃ!」
「はっ!あ、危なかった、思わず取り返しのつかない事を口走ってしまう所だった……」
ハゲと一緒にいると異様に気を使った。すでに心から疲れていたあらしはそろそろこの場からおさらばしたい気持ちでいっぱいだった。
しかし妙に話が弾んでいるらしいクロとシロが戦車についてあーだこーだと楽しそうに話している。
ああ、己もハゲなんて気にならない生き物に生まれたかった。
「……それで」
その時、何とか今まで黙っていた華蓮が目を細めてとうとう口を開いてしまう。
「あなた方は一体何を探しているのですか?」
核心を突く質問だった。そういえば何故か今まで聞いていなかった。ハゲと戦車に気をとられていたのだ。
人の良さそうなおっさんが、にっこりと笑って答えてくれた。
「それはもちろん、世界中の人々がきっと心の底から欲しがっているものですよ」
「えっカツラじゃなくて?」
「あらし!気が緩んで口が滑っているぞ!」
ウミに注意されてはっと顔を青ざめさせるあらしだったが、おっさんたちは気にしてないようだった。
ただにっこりと、至福そうに笑いながら言った。
「不老不死です」
5人はびっくりしておっさん達を見た。並んだおっさん達は、揃ってにっこりと笑っている。同じように、至福そうに。
何故だろう、それがどこか恐ろしいものを感じさせた。
「ふ、不老不死?」
「ええ、老いる事も無く、死ぬ事もない。つまり髪が痛んで抜ける事も、毛根が死んでしまうこともなくなるのです」
「ああ……やっぱりそこにくんだ……」
「んでも、フローフシなんてどこにあるってんだよ」
「そうよー生まれたら必ず死ななきゃいけないのよー」
悪魔と天使であるクロとシロが口々にそう言えば、表情を崩さずにおっさんは続けた。
「やだなあほら、あるじゃないですか。有名な不老不死が」
有名な、不老不死。本当かどうか走らないが、あらしも1つだけ知っていることがある。
周りに気付かれないようにそちらへとそっと目を向けてみれば……顔色を青くしたウミが立っていた。
そう、人魚だ。
「人魚の肉を食べると、不老不死になるという話があるでしょう」
「「!!」」
クロとシロが同時にウミをバッと見た。とたんに頭を華蓮に叩かれる。(シロには優しく、クロには手加減無しで)
そして何事も無かったかのように足元で頭を押さえて震えるクロの背を蹴飛ばしながらきびきびと口を開く。
「あなた方、そんな迷信を信じ込んでこんな戦車1つで旅なんてしてるんですか?ハゲ揃いで」
「言った!華蓮が言った!」
「迷信かどうかは分からないでしょう、また食べた事がないのですから」
「そうですね、その迷信が流行って数々の人魚達が犠牲になりましたが、不老不死になったなんて話は何故か1つも聞いた事ありませんがね」
「それは食べた人魚が悪かったのです。ただの人魚で簡単に不老不死になれるわけがないでしょう」
華蓮の厳しい視線にもびくともせずに、おっさんは笑い続けていた。
「その辺の人魚では駄目なのです。ちゃんとした由緒ある人魚の血筋ではないと。例えば……」
「……お、王家、とか……?」
言ってからあらしは後悔した。声が確実に震えていた。ああいつもこうだ、言ってから後悔するんだ。
しかしどうやら陶酔気味のおっさんたちは不審に思う暇も無いらしく、そのまま恍惚とした表情で笑っている。
「そう!そうなのです!代々の王の血筋こそが私達の探している人魚の、不老不死の肉なのです!」
「ああっそれさえ口に出来れば、この頭とはおさらばできるんだ!」
「こんな頭だからって蔑まれた辛い日々もなくなるんだ!」
「朝起きて凶悪なねぐせと戦うあの苦しみと幸せを味わう事が出来るんだ!」
「息子に『お父さんの子どもに生まれたくなかった』なんていわれなくてすむんだ!」
聞いていると何だか涙が出てきそうな叫びたちだったが、あいにく5人は同情している場合じゃなかった。
彼らが捜し求めている肉とやらが、目の前に立っているのだ。タルを背負って。
無言で互いに目配せしあって、さっとその場から立ち去ろうとする。
「そうですかそれは大変ですねどうか頑張って下さい僕らも旅の途中なのでそれではこの辺で」
「……ちょっと待って下さい」
おっさんに呼び止められてぎくりとその足が止まった。静かな声が、後ろから届く。
「何でそこの人は、タルを背負ってるんですか?」
きた。正直者のウミが文字通り飛び上がった。それを押さえ込んで華蓮が言う。
「この人は大量の汗っかきなのですぐに脱水症状を起こしてしまうんです」
「そ、そうそう!だから背中のこのタルの中に入った水分で生きながらえてるんですこいつ!」
華蓮に続いてあらしも捲くし立てる。でも何かすごい嘘だ。華蓮はばれる事を覚悟しているのかそれとも素なのか。
おっさんは笑いながら片手を挙げた。
「前にね、同じようにタルっぽいもの背負った人を見かけたのですよ。水分補給のために背負ってると言ってました」
おっさんの背後の戦車がブルブルと動き始めた。そこで初めて気がついたのだが、並んでいた残りのおっさんたちがいない。
最後の人の良さそうな笑顔のおっさんも、よっこいしょと戦車に登り始めた。
「その人は、よくよく見たら人魚だったんですよ。人魚は水分がなくなると干からびてしまうみたいですね」
まあその人は王の血筋を持ってなかったので諦めたのですが。
おっさんは喋りながら戦車のてっぺん、中への入り口に落ち着いた。最初に会ったときと同じような構図だった。
対して5人は、戦車が小刻みに動き始めた辺りからじりじりと後ろに後ずさっている。
箱はすぐ後ろにある。
「その人魚と、あなた……雰囲気がすごく似てるんですよねえ」
その笑顔の奥からちらりと探るように見られる。おそらくもうほとんど確信しているのだろう。
あらしがそっと視線を寄越すと、目の合ったクロと華蓮がかすかに頷いてみせた。声にならない合図が飛ぶ。
3,2,1……今だ!
「それい!」
「きゃー!なになにー?」
「うお?!」
あらしがシロを抱えて箱に乗り込み、華蓮が問答無用でウミを突き飛ばした。
頭から箱に飛び込んだウミの上からひらりと華蓮も乗り込む。その際つぶれたような変な声が聞こえたが今は無視だ。
その間に三輪車にまたがったクロが、思いっきりペダルを踏みつけた。
「さらばだハゲ共ー!」
「逃がしませんよー!そこで逃げるとは王家の血筋の人魚の可能性が高いですからね!」
超特急で走り出した三輪車の後ろから戦車がとうとう動き出した。ひどい地響きを立てながらこちらに向かってくる。
が、やはりスピードは無いようですぐに小さくなる。
「へっへーだ!クロ様の足さばきを舐めんなよ!」
「クロすごーい!もっととばしちゃってー!」
「……何かすごく嫌な予感がするんだけど」
あらしは恐る恐る後ろの戦車を見つめた。追いかけてくる戦車の正面には、もちろん砲台がついている。
こちらに向かってきているのだから、その頭は当然のようにこちらを向いていた。
嫌な予感、最高潮。
「……きますよ」
「いやあああああ!」
同じように嫌な予感を感じていた華蓮の言葉とあらしの悲鳴は、背後から響いたドンという破裂音にかき消されてしまった。
06/07/15