「姐さーん、大丈夫っすか?」
「人の心配してる場合なの?あんた」
「おいらは大丈夫っすよさっき踏み潰されただけっすから!……あいたたた」


階段の踊り場に立つ犬とヒヨコ。
ダイアナは平然と立っているが、カロンは何故かその黄色い体にくっきりと足跡をつけていた。
さっきのごたごたで踏まれたらしい。


「それより親分大丈夫っすかね……」
「簡単にやられるとは思えないけど、あの姿じゃ心配ね」
「そ、そうっすよ大地君も危ないっすよ!たっ助けなきゃ!」
「あんたに何が出来るのよ!」


駆け出そうとした体を、ダイアナの前足で押さえつけられる。
同時にアレス(と大地)とサ・ターンが降りていった下階から凄まじい音が響いてくる。
もうもうと立ち込める砂煙を眺めながら、カロンは悔しそうに言った。


「ヒヨコって……辛いっす」
「今頃気付いたのねあんた……」


呆れた目でカロンを見下ろしたダイアナは、その瞳を階段下へと向ける。
さっきの音がまた聞こえる。しかし今度は少し遠くから聞こえてきた。どんどん移動しているらしい。
ダイアナはカロンに聞こえないような小さいため息をついた。


「まったく……何も切り捨てられない馬鹿なんだから……」
「……姐さん?」
「何でもないわよ。ほら早く立つ!私たちは今出来る事をするのよ!」
「は、はい!……って、おいらたちに出来る事って何すか?!」


戸惑うカロンをくわえてダイアナは階段を駆け上がる。
その瞳に、真っ直ぐな光を湛えて。










「ねぐせー!これからどうするんだー?」
「奇遇だな大地!ちょうど俺もそれが聞きたかった所だ!」


2人が話す隣を、風の様で風ではない透明な刃物が通り抜ける。
片方の手ではこの風の刃を作り出し、片方の手に凶悪な武器を纏い、サ・ターンは2人を追いかけていた。
体を借りてるアレスとねぐせ大地は唯一の武器リコーダーをなくして今は逃げ惑う事しかできない。


「リコーダーさえあればなー!どこかの教室にないのか?!」
「ここ、低学年の教室だから多分リコーダーは無いと思う」
「ちっくしょーリコーダー!」
「だーかーらぁ!何でお前リコーダー一筋なんだよぉ!もっと別なものあるだろうがぁ!」


後ろからサ・ターンが何度もつっこむがアレスは取り合わない。
教室の前方から飛び込んでは後ろのドアから逃げ出し、廊下を逆走したり階段を駆け降りたり登ったり……。
とにかく必死に逃げまくる。
少しでも動きを止めれば、サ・ターンのわっかの餌食となるのだ。
しかし、


「ちっ、やっぱりこのままじゃ不味いな……」


アレスは息を切らせて舌打ちした。いくら中のアレスが大丈夫でも、その姿はまだ10歳の人間大地なのだ。
全力疾走でこんなに走っていれば、いずれ力尽きてしまうだろう。
今も息が切れ、足がガクガクしてきたほどなのだ。


「さっさと負けを認めろよぉ!」
「うぎゃっ!」


足元にわっかの攻撃を受けて飛び跳ねるアレス。
さっきからハラハラしっぱなしの大地は上から涙声で叫ぶ。


「ねっねぐせー!リコーダーの他にも何か無いのかー?!」
「いやー必殺技が1つあるんだが、多分1回しか使えないし……リコーダー無いし」
「やっぱりリコーダー必要なの?!」


そこで2人は階段に差し掛かる。
上がったり降りたりして今自分がどこにいるか分からないが、どうやらここは2階のようだ。
階段が上にも下にも続いている。


「おっそうだ、3階にはリコーダーがあるじゃないか」
「そうだぞねぐせー!急げ急げー!」


ひらめいたアレスは大地の声援を受けて、上へと繋がる階段へと近づく。
しかし、そんな事サ・ターンにもお見通しだった。


「ばーかーめぇ!こうしてやるぅ!」
「な?!」


サ・ターンは手を振り上げた。そこから放たれた風は、もちろん天井を直撃する。
強烈な力の塊をぶつけられた天井はたまったものではない。
2階の天井、つまり3階の廊下の床は、見事にガラガラと崩れ落ちていった。


「しまった!リコーダーへの道が!」
「しまったぁー!真上崩したらここに落ちてくるんだったぜぃぎゃああぁー!」
「馬鹿がいるぞー」


リコーダーは取れなくなったが、サ・ターンも瓦礫に埋まっていった。これで少しは時間稼ぎになるだろう。
休憩のためにそこに腰を下ろしたアレスは、どっと息を吐いた。


「あーっ……これからどうするかねー」
「……そういえばポチ子とヒヨ吉、どこにいったのかな」
「あいつらは大丈夫だろ。どこかに避難してるさ」


そう言った後、アレスは少し目を伏せて、大地に話しかけた。


「大地……ごめんな」
「え?何が?」
「本当は、最初から最後までお前の体借りるつもりは無かったんだ。力が溜まるまでの時間稼ぎのつもりでねぐせにとりついて」
「力……?」
「それなのに結局借りちゃって、しかもこんな危ない状況だ……ああ、情けないな、俺」


アレスは力なくうなだれる。
アレスが首を垂らしたままなので一緒に傾きながら、大地は思いっきり首を横に振った。


「ねぐせ、ねぐせ!そんなんじゃないぞ!おれの方がねぐせにごめんねなんだ!」
「大地……?」
「おれ、ねぐせいなかったら今どんな風になってたか……分かんないんだもん!」


大地は1番最初に目を覚ましたときの事を思い出す。
あの時、頭の上の声が無ければ……崩れた町を見て、大地はどうなっていただろう。
コンビニの店員が頭をよぎる。そうだ、現実から逃げている、あの人のようになっていたかもしれない。
あれは大地の、もう1つの姿だったのだ。


「おれの大切なもの、元に戻すためについてきたんだから、もっと役に立ちたいんだ!」
「………」
「だから、2人で頑張ろう!おれもねぐせだけど一応頑張るから、ねぐせもがんばろ!な!」
「大地……」


大地からアレスの顔は見えない。しかし、分かる。
アレスの中に、何か暖かな力のようなものが沸いてきた事に。
アレスは顔をパッと上げると、頭の上のねぐせを撫でるように優しく触れた。


「大地は強いな」
「お、おれリコーダーは振り回せないぞ!」
「そうだな、それは俺がやるよ」


アレスは立ち上がった。瓦礫がガタリと音を立てる。
サ・ターンが中から出てこようとしているのだ。


「リコーダーは無いが……いくぞ、大地!」
「おう!」


ぎゅっと2人が身構えた、その時だった。


「ちょっとあんたたちねえ、2人だけの世界に飛んでるんじゃないわよ」
「親分ー大地君ー!大丈夫っすかー!」
「「あっ!」」










「うおおおー!脱出したぞぉー!」


瓦礫を勢いよく撥ね退けてサ・ターンは復活した。
出てきたそこには、誰もいなかった。埋まったショックで消えていたわっかを生み出しながら笑うサ・ターン。


「何だ、あいつ逃げたのかぁ?まさかここから逃げ出してるわけはないよなぁ」


嫌な笑いを浮かべながら一歩一歩足を進める。
目の前にはさっきまでアレスがいた階段。そこに立って、サ・ターンはわざと大きな声を出した。


「さーてどっちに行こうかなぁー!上かな下かなどっちにいるのかなぁー!」


自分の優勢を確信しているからこその行いだ。
どちらにしようかなと上か下か選んでいたサ・ターンの耳に、ある音が届く。


ピュウ

「!!……今の音は」


その音にサ・ターンは聞き覚えがあった。あの男がわっかを消してしまう時に、うるさくなっていた音。
そう、リコーダーの音色だった。
サ・ターンは動揺を隠し切れずに階段の下を見た。音は下の方から聞こえてきたのだ。


「あの野郎……どうやってリコーダーを手に入れたんだぁ?」


サ・ターンは勢いよく階段を下りた。
リコーダーさえあればとあんなに言っていたのだ、それを手に入れたのだから今度はまた戦うつもりだろう。
先手を取るようにサ・ターンはものすごい勢いで下へと降りた。
1階の床に影が見える。あれが標的だ。


「死ねぇー!」


手に浮かぶ刃を閃かせ、サ・ターンは影の主の元へと突撃した。
その首をはね落とそうとするがごとく手を振るったのだが、手ごたえを感じる事はなかった。
驚いて顔を上げたサ・ターンは、次の瞬間納得した。そこにいたのは、予想以上に小さい者だったのだ。

一本のリコーダーを吹いていたのは、犬だった。


「な……!」


絶句するサ・ターン。にやりと笑うシベリアンハスキー。その影から顔を覗かせるヒヨコ。
罠だと気付いた時には、全てが遅かった。
階段の上から、殺気の塊がサ・ターンの上に降ってくる。


「くーらえーっ!」


叫ぶアレスの手には、ダイアナとカロンが取ってきたリコーダーが。
アレスがリコーダーを握り締める手にありったけの力を込めると、その笛は真紅の炎に包まれていた。


「はっ反則だろぉー!」


精一杯叫ぶサ・ターンの人体模型のど頭にその直後、炎を纏ったリコーダーが振り下ろされていた。

05/12/19