気がついたら、いつもより少し目線が高いところにあった。
これは気のせいではない。いきなり10cmも上にあがれば誰だって気付くだろう。
大地は首をかしげた。背があっという間に伸びてしまったのだろうか。

しかしそこで大地はおかしい事に気づいた。
傾げるべき首が、どうやら無いように思えたのだ。
そんなはずは……と下を見てみれば、そこには誰かの頭があった。
あまり整っていない、ねぐせでもたってそうな頭。そうか、頭の上にいるから目線が高くなったのか。

あれ?でもこの頭は誰だ?どうして頭の上にいるの?


「よっ大地、気分はどうだ、何か変な感じとかないか?」


下から声がした。その声がいつも上から響いてくる声だったので、大地は嫌な予感がした。
まさかまさか。いやそんなまさか。


「ほれ、今こんな感じだ」


都合よくそこに落ちていた鏡が大地の目の前に現れる。そこに映っていたのは、自分の、ねぐせであった。


「ねっねぐせえぇー?!」
「そ!お前今ねぐせ、俺今大地!」
「なっ何で?!これ、どうして……ええー?!」
「うははは、まあ落ち着け大地」


鏡越しに自分の顔から声をかけられる。そうだ、どこからどう見ても大地だ。
あまり自分をまじまじと眺めた事は無いが、にぱっと笑うその顔は大地以外の何者でもない。
でも今大地はねぐせだ。あれ、という事は、この大地は、


「……ああー!ねぐせかー!」
「さっきからそう言ってるだろ。ま、ちょっと体貸しといてくれよ」
「え?」


大地……の体を借りた元ねぐせのアレスは鏡を無造作に投げ捨て前を見た。
いくらか冷静になった大地もつられて前を見る。
そこには、人体模型が立っていた。
同じ宇宙人仲間。しかし商売敵のサ・ターンだ。こちらを伺うように油断無く睨みつけている。
アレスは楽しそうに笑った。


「こいつをさっさと追い返すまでの間だけだからさ」


アレスのピリピリとした緊張感が大地にも伝わってくる。大地はねぐせのまま震えた。
あの危険なわっかをビュンビュン飛ばしてくる怖い人体模型と、アレスは今から戦うのだ。
リコーダーで。
そこで大地は気がついた。


「ねぐせ、そのリコーダー……」
「あ、これ?大丈夫大丈夫、これだって頑張れば立派な武器にもなるだろ」
「違うよ!そのリコーダー、かえでちゃんのだよ!」
「何っ!」


アレスは手に持ったリコーダーを持ち上げた。
確かに名前が書いてある。「楓」の文字も確かめる事ができた。
一瞬ためらったアレスだったが、すぐに諦めるようにふうとため息をついた。


「適当に手に取ったからな……まあその楓ちゃんには悪いが、使わせてもらおう」
「えーやだよやめてよー!おれがヘンタイ扱いされるんだぞー!」
「だってお前をヘンタイ扱いするクラスメートももういないだろ」


とはアレスは言わなかった。かわりに「我慢しろ」と一言だけ言った。


「えーい無駄話はやめろぉ!そんなにオレに先制取られたいのか!」


サ・ターンが痺れを切らしたように地団太を踏んだ。
今まで待っていてくれたようだ。案外根はいい奴なのかもしれない。


「よっ悪いな、まあ先制なんて取らせないけどな」
「今まで呑気に喋っておいてそれはないぜぃ」


2人がにらみ合う。大地は口をつぐんだ。
ここで大地ができる事は、多分無い。だからせめて大人しくしておこうと思ったのだ。

でも、おかしいな。
とても危険な状況なのに、何だかねぐせが……楽しそうに見えるんだ。


「いくぜぃ」


サ・ターンが腕を突き出す。2つのわっかがブウンと唸った。
ああ、来る!


「そおれ!」
「うお!」
「ひえええー!」


大地の視線がぐんとゆがんだ。まだねぐせの目線に慣れていないのだ。
アレスは飛んできた2つのわっかを後ろに跳ぶ事で避けた。
ここは階段の踊り場なので下手に跳んだら危ないのだが、アレスは難なく着地した。
ポンポンとまるで月の上にいるかのように身軽に、下の階まで降りてみせたのだ。後ろ向きで。
大地には到底マネは出来そうに無い。


「ねぐせすごいなー!」
「そうだろうすごいだろう!って気を抜かせるなよ!」


慌てたようにすぐにその場の地面を蹴るアレス。そこはすぐにドカンと崩れていった。飛び道具ってとても便利だ。
まったく油断できない事に、改めて大地は気合を入れなおした。


「威勢のいい事言っといて逃げるだけじゃねぇか!」


ケタケタと意地悪く笑いながらサ・ターンも階段を下りてきた。こちらもなかなかの身のこなしだ。
宇宙人って皆身軽なのかな。大地がふとそんな事を考えている間に、アレスはリコーダーを構えてみせた。


「逃げてるんじゃない、広い場所に移動したんだ」


キンと鋭くサ・ターンを睨みつけるアレスはかっこいいが、手に持っているそれのせいで何かが半減しているような気がする。
同じ事をサ・ターンも思っていたらしく、面白そうに笑いながら腕を振るった。


「ふん!言っとけぇ!」
「見切ったあ!」


風が迫る。アレスは動かなかった。高らかに吠えてみせてから、ヒュンとリコーダーを振った。
そのあまりにも早いスピードに、リコーダーがピュウと音を立てたほどだ。
大地は真正面から叩きつけられてくるわっかにぎゅっと目を閉じる。
しかし、それは当たらなかった。


「せい!」


かけ声1つ。思わず大地が目を開けると、目に見えないわっかの風が四散する所が見えた。
まず自分の目を疑った。あんなに校舎を破壊していたわっかが、勝手に消える訳が無い。
わっかは壊されたのだ。一本のリコーダーによって。
ただの楓ちゃんのリコーダーによって。


「なぁ?!オレの環がただのリコーダーに消されただとぉ?!」
「リコーダーを舐めるなよ!」


誇らしげにリコーダーを掲げるアレス。どうやら破られるとは思っていなかったらしいサ・ターンはひどく動揺していた。
震える腕を何とか押さえて、再びわっかを放つ。


「数が多ければどぉだぁ!」
「甘い!」


一刀両断。わっかは3個飛んで来た。
アレスは下へと上へとリコーダーを一瞬のうちに振り、2個のわっかを空中に消滅させた。
もう1個はリコーダーを振り回している間に場所移動して難なく避けてみせる。
全てを消さなくてもいいのだ、当たらなければいいのだから。
とりあえず大地は、振られる度にピーピー音を鳴らすリコーダーを気にしない事にした。


「これでもうそのわっかは効かないぞ!」
「す、すごいぞねぐせー!リコーダーなのに!」
「リコーダーだからこそ!」


胸を張るアレスに大地は拍手を送った。心の中で。ねぐせには手が無いから不便だ。
サ・ターンはというと、ぶるぶる震えていた。
恐ろしさに、ではなく、怒りのために。


「お、おのれ、オレの自慢の環をことごとく潰しやがって!」
「その程度で自慢だったら素直に帰った方がいいぞ」
「やかましぃ!オレのポリシーはこの美しい環を美しく舞わせる事だったんだ!」


悔しそうに足をバタバタさせてから、サ・ターンは再び両手を構えた。
まだ諦めてないのかとアレスがため息をつこうとしたが、違った。サ・ターンは別の手を打ってきたのだ。

両手首のわっかがキーンと高速に回り出す。
膨張するようにわっかは大きくなったが、そこから放たれる事は無かった。
大きなわっかは危ないほど回転しながらサ・ターンの元にあった。


「……何企んでる」
「企んでねぇよこれがオレのもう1つの戦い方なんだよぉ!」


そう言うや否や、サ・ターンは突っ込んできた。その手にわっかを湛えたまま、自分ごと。
アレスは慌ててリコーダーを前に突き出した。


「そんなちゃちぃもんじゃオレの環は受けれねぇよ!」
「うごわっ!」
「ひゃあああー!」


大地は悲鳴を上げた。アレスはうめき声を上げた。
サ・ターンが手を、わっかを振り下ろしてきて、それをリコーダーで受け止めようとしたのだが、無理があった。
アレスもとっさの事だったし、何より手のわっかは飛んできたものより遥かに凶暴なものだったのだ。

結果、リコーダーはそりゃもう綺麗にスッパリと真っ二つになってしまったのだった。


「かえでちゃんのリコーダーがー!」
「そんな事気にしてる場合かーっ!」


形勢逆転だった。アレスの手には武器が無い。
サ・ターンはまた最初のいやらしい笑みを浮かべている。


「おやぁどうしたのかなぁ今までの余裕はぁ?」
「くっそーリコーダーがもっと丈夫だったら……!」
「いやリコーダーじゃなくてもっと別なもの武器にすりゃいいじゃんかよぉ」


サ・ターンが的確につっこむがアレスは聞いてはいなかった。
この体は借り物だ、無茶な事は出来ない。しかしリコーダー無しにこいつに勝つとなると……。
そこでアレスは気が付いた。


「そうか!リコーダーを調達すればいいのか!」
「だから何でリコーダーにこだわるんだてめぇはよぉ!」
「もう嫌だよー」


さっきから続く緊張に大地はすっかり参ってしまっているようだ。
果たして、リコーダーであのわっかに勝つ事は出来るのだろうか。


「だーからリコーダーである必要性はあるのかよ畜生ー!」


05/11/24