それにカロンが気が付いたのは、ポテチの袋を引きずってしばらく進んだ後だった。


「ひえー!よく考えたらおいらどうやって出ればいいんだー!」


ピイピイ騒ぎ始めそうになったが、寸での所で抑えた。店員に見つかれば何をされるか分からない。
もしかしたら、レジの横にあるフライドチキンの仲間入りになってしまうかもしれないのだ。
己の中の不安が爆発しそうになるのを必死に抑えてカロンは外を見た。
頼れる親分と、その仲間達の方を。
そこには。

カロン以上に取り乱す、子どもと犬とねぐせの姿があった。


「馬鹿!ねぐせ馬鹿!どうしてくれんのよ責任取りなさいよ!」
「こういうのは連帯責任だろ!皆で仲良くカロンに謝るんだ!ごめんなさい!」
「うわーんヒヨ吉ごめんなー!」
「……おいらもうどうにでもなれって感じ」


それを見ていたら不思議とどうでも良くなってきたカロン。カロンは自分が諦めの境地に入っている事に気づかない。
外の3人は取り乱しながらも必死で考えていた。


「またおれがおとりになればいいかなあ」
「いや、あいつは今ポテチを持っている。スピードが遅くて捕まるのがオチだ」
「もうポテチ諦めたらどうなのよ」
「もったいないだろ!」


見渡してみても入り口はやはり自動ドアしかない。あるのは目の前のガラスの壁だけ。
ガラスで出来た……。


「石とか投げれば割れるかなあ!」
「やめなさい子どもがそんな事!危ないでしょ!」
「お父さんはそんな子に育てた覚えは無いぞ!」


激しく怒られて大地は仕方なく諦めた。
もし割ったとしても中のカロンまで危ない事に気が付いた大地は、他に考えてみるが思いつかない。
アレスもダイアナも唸っているが、どうやらいいアイディアは浮かんでこないようだ。


「こうなったら一か八か、もう一度おとり作戦しかねえな」
「それしかないわけだしねえ」
「よーしヒヨ吉!今助けるぞー!」


大地はガラス越しに目で合図した。カロンは理解して、何とかもう一度ポテチを引っ張り出す。
それを見届けた大地はそっと、自動ドアの前に立った。

ウイーン

店員が睨んでくる。大地は出来るだけにこやかに笑った。


「すぐそこまで来たら私がくわえて外に出すからね」


小声のダイアナに大地が小さく頷く。店員はまだ睨んでいる。
その鋭い視線に負けそうになりながら、大地は必死に立ち続けた。


「よし、もうすぐだ!」


頭の上からアレスの嬉しそうな声がする。とっさに大地は下を見た。
カロンがもう間近に迫っているじゃないか。もうすぐでダイアナに届く。
やった、ポテチゲットだ!

と、その時!

一生懸命に頑張るカロンの頭上から手が現れて、そして、


「ピイ?!」
「ヒヨ吉ー!」
「カロン!」
「いつの間に!」


いきなりカロンを空中へ持ち上げた手の持ち主は何と、店員だった。
いつの間に移動したのだろうか、黄色い小さなヒヨコはその手にむんずと掴まれて動くことが出来ない。
もちろん、ポテチは店員の足元に無残に転がっているだけだった。
大地は顔を真っ青にして叫んだ。


「ヒヨ吉が食べられるー!」
「おいら食べられるのー?!このままいっそ一飲みー?!」


とっさに叫んで、すぐにカロンはしまった、という顔をした。
そう、今のは確実にこの店員に聞かれていただろう。
もしかしたら喋る珍しいヒヨコとして売り出されてしまうかもと、ますます大地は慌てた。


「ひっヒヨ吉を返せー!」
「おいっそいつはヒヨコだけどヒヨコじゃないぞカロンだぞ!だから返せ!」
「理由になってないわよ!もう何だっていいから返しなさいよ!」


今更隠しても何にもならないのでアレスもダイアナも声を張り上げる。
店員は冷たい瞳で震えるカロンを見た。目の前に大地と、アレスとダイアナも見た。
自動ドアの間に立っているのだから、外の様子も見えているだろう。
しかし店員は、手の中のヒヨコをぽいと投げ捨てると、


「ペットは中に持ち込まないで下さい」


それだけ言って、背を向けた。
空中で何とかカロンを受け止めた大地は、ぽかんとその背中を見つめる。


それだけ?


「大地」


頭の上から聞こえる声。大地がなおも店員から目を離さずにいると、アレスは後を続けた。


「もう無駄だ、行こう」
「……え、何で?!」


思わず大地は声を張り上げるが、アレスは逆に落ち着いていた。
ダイアナもカロンも何も言わない。カロンは投げられたショックで目を回しているだけだが。


「あいつはな、何も見てないんだよ」
「見て、ない?」
「見ようともしていないし、聞こうともしていないんだ。だから何言っても無駄だって事だ」
「このコンビニは、さながらあの男の城ってわけね」


気に入らなさそうにダイアナがフンと息をつく。しかし大地は納得できなかった。
アレスの言葉の意味があまり分からなかったのもあるが、何より、許せなかったのだ。
店員の何が許せなかったのかは分からない。
しかし大地は、気づけば動いていた。


「大地!」
「!」


大地は店員の腕を思いっきり掴んだ。
びっくりした店員は振りほどこうとするが、大地はしがみつくようにしてどうしても離さない。
そしてそのまま、店員を外へと引っ張っていった。


「な、何を」
「何で見ないんだよ!」
「!」
「こんなに、こんなになってるのに、どうして見ないんだよ!」


大地は何故だか悔しかった。この町を、こんなに変わってしまった町を見てくれないのが。
まるで喋るねぐせと犬とヒヨコを、大地までもを拒否しているような店員に。
だから、一度でいいから見て欲しかったのだ。
その目で、しっかりと確かめて欲しかったのだ。

この今の町を。世界を。


かくして、店員は。



「………」



今、外へと出ていた。コンビニという隠れ家から始めて外へと出ていた。
店員は大きく目を見開いたまま、ピクリとも動かなかった。


「………」
「ちょっと、こいつ大丈夫なの?」


固唾を呑んで様子を見守る大地の隣でダイアナが怪訝そうな声を上げる。
その声に店員はビクリと身を震わせた。


「……あ」


店員の口が開かれる。しかし声は、どこか引きつっていた。


「あ……あああ……」
「お、お兄さん?」


大地がそっと手をさし伸ばすと、店員はその手を勢いよく弾いた。
びっくりして固まる大地の目の前で、ガタガタと震えながら頭を抱えてみせる。
どこから見ても異常だった。
目を見開き頭を掻き毟り激しく体を震わせながら店員は、いきなり叫び始めた。


「うわあああああ!」
「?!」
「あああああー!」


叫びながら店員は駆け出していた。彼の行く先は、1つしかない。
店員を飲み込んだコンビニは、自動ドアを音も無く閉じていった。
大地はただ、その後姿を見送る事しか出来なかった。


「弱い男ね」


どこか哀れみを込めたダイアナの言葉。その足元ではフラフラしながらカロンが立ち直ったところだった。


「あいたた。いきなり投げるなんてひどいっすよあの男ー」
「あんたが丸いからいけないのよ」
「そんな姐さーん。こいつヒナなんだから勘弁してやってくださいよー」


下のほうの会話を聞き逃しながら、大地は呆然と立っていた。
あの店員に何が起こったのかはわからない。しかしさっきのアレスの言葉は、ほんの少し分かった。


きっともう、何をしても無駄なのだろう。


「仕方ない、食い物は今回は諦めるとするかー」


アレスが呑気に言うと、ダイアナとカロンが多少不満そうに頷いた。


「こればっかりは仕方ないっすね。あのポテチも結局中だし」
「非常食があるだけマシよね。早く行きましょ」
「ちょ!姐さん冗談っすよね?おいらの事じゃないっすよね?ね?」


犬とヒヨコが歩き出す。大地はとっさに足を踏み出せなかった。
食べ物が名残惜しいのではない。ただ……店員のあの最後の様子が、頭から離れなかった。

もしかしたら……。
もしかしたら自分もいずれ、ああなってしまうのでは……。


「大地ー」


その時頭に響いた声に、大地はとっさに上を見上げた。


「あいつはな、あそこから歩き出せなかったんだ」


その目に声の主は見えなくて、ただ青い空が広がるだけだった。


「大地は歩き出せたじゃないか。だろ?」


自分の頭の上はどうしたって見えないが、大地は確信した。


アレスは今、笑っている。



「……うん!」
「よっしゃ行くぞ、餓死する前に!」
「おうっ!」


大地は歩き出した。一歩一歩、大切に踏みしめて。
歩き出すという事が、こんなにも力のいる事だったなんて。


大地は今、背中を見えない手で押されたのを感じた。

だって大地が歩き出せたのは、確実に、ここにいる未確認生物がいてくれたからこそだったから。

05/10/02