レジの前に立つ店員は、中に入ってきた大地を認めるとギロリと睨んできた。
しかし、ペットが一緒じゃないことを確かめると、そのまま何も言わなかった。
ふいと視線をはずして正面を見つめるだけだ。とりあえず大地はほっとした。
「よかったー……」
「とりあえず第一関門は突破したな」
「親分、あんまり大声出すとまた追い出されるっすよ」
「分かってるっての」
ねぐせのアレスとリュックの中のカロンが小声で会話する。
大地は額の汗を拭うと、涼しい店内を移動してレジの前へとたどり着く。店員はまだこちらを見ない。
握りこぶしを作ってよしと気合を入れると、大地は店員の方へと身を乗り出した。
「あ、あの!」
しかし大地は、店員に再び睨まれる事となる。
「あ……あの、えっと」
「お客様」
「は、はい!」
「買うものはお決まりでしょうか」
店員はあくまでも無表情だ。大地はオロオロと視線をさまよわせた。
「や、あの……ま、まだ、です」
「決まりましたら、品物をこちらにお持ち下さい」
「は、はい……」
大地はずりずりと後ずさりをして、そしてだっと店内の反対側へと駆けていった。
店員から見えない位置まで急いで移動すると、くはーっと息を吐き出す。
「何してるんだよ大地、これじゃ話聞けないだろ!」
「だっだって!あの人何だかすごく怖いんだもん!」
「よくあれで店員なんてやってられるっすねー」
しかるアレスに半泣きの大地に変な感心しているカロン。
しばらく気持ちを落ち着けていた大地は、気を取り直して店内を見回した。
「じゃあさじゃあさ!買うもの持っていけばきっと話聞いてくれると思うんだ!」
「んだな、持ってこいって言ってた訳だしな」
「ついでに食料も調達しちゃいましょうや!」
大地は自分がお腹をすかせていたことを思い出した。思い出せば、目の前にある食物が全て美味そうに見える。
そうだ、ここに入ったのも食料調達のためだったではないか。
大地は目を輝かせて棚から美味しそうな食べ物を次々と手に取る。もちろん飲み物を取ることも忘れない。
「あ、どうしよう、ドッグフードが無いぞー」
「うわっこいつ本気で買うつもりだったぞ!」
「姐さんはきっと買っていった方が怒ると思うっすよ」
ドッグフードは諦めて大地はレジへと急いだ。腹もすいてはいたが、何よりあの店員と早く話がしたかった。
どうして生きていられたのか。
どうして今でもここで店員をやっているのか。
他に生き残った人は知らないか。
聞きたいことはたくさんある。
大地は期待に胸を膨らませて品物を台へと置いた。
「いらっしゃいませー」
今更そんなことを言いながら店員がピッピッとバーコードを読み取っていく。
ここに来て、ようやく大地は店員に歓迎されることが出来たようだ。
胸に手を当ててほっとしたのもつかの間、店員はレジを打ちながら言った。
「全部で1567円になります」
「「あ」」
大地と、そして思わずアレスも同時に声を上げた。
リュックの中できょとんとするカロンは知らないが、アレスは知っていた。
大地が今、まったくの文無しだという事を。
「あ、あの、実はおれのうち崩れちゃって、財布も何も見つからなかったんだ」
おどおどと大地が店員を見上げる。
あの家から見つけられたのは背中に今しょっているこのリュックだけだったのだ。
こんな大地の言葉に、店員は、
「つまりお客様、お支払い出来ないのですか」
「え、えーっと……い、1円も……」
「そうですか、それでは」
店員は大地を見た。大地も店員を見た。大地の顔には、諦めたような笑みが浮かんでいる。
店員はやっぱり……睨んでいた。
「どうかお引取りくださいませ」
こうして大地は、再びコンビニから追い出されたのである。
「おっかえり」
外から様子を伺っていたダイアナがおすわりの姿勢のまま不機嫌そうに言う。
大地はしょんぼりしながら、とりあえずダイアナの命令を解いてやった。
「ポチ子、よし」
「まったく何様よあいつ!あれでも店員?!全国のコンビニ店員が激怒するわよ!」
「あの調子じゃ、話を聞くのは無理そうだなー」
アレスの呟きにますます大地は落ち込んだ。せっかくこのぐちゃぐちゃになった町の中で出会えた普通の人間だったのに。
いや、こんな世界になってもまだコンビニの中で店員やっているのだから、ある意味普通ではないが。
「よし、もうこの際あいつの話を聞くのはパスしよう」
大地がうなだれているせいで一緒に傾きながらアレスが言う。
「ただ、これからの事を考えると食料だけは手に入れておきたいな」
「そうよねえ、この先こんな店がまだあるとは思えないわね」
「でもお金無いんすよね」
「ん、そこでだ、お前の出番だカロン」
「へ?」
いきなり名指しされてきょとんと飛び跳ねるカロン。
大地とアレスとダイアナが無言で見つめると、注目されたカロンは何かに思い当たったらしく再び飛び跳ねた。
「も、もしかしておいらを食う気っすか?!嫌っすよまだ死にたくないっす!」
「ばーか違うって。それは最後の手段だ」
「候補に挙がってはいるんすかー?!」
「ヒヨ吉は小さいからお腹いっぱいにはなりそうにないもんなー」
「しかも純粋な目をした子どもに残酷な事言われたー!」
色んなショックを受けるカロンに、まるで内緒話をするかのような楽しげな様子でアレスは声を潜めた。
「だから、どうせだからその小ささを活かしてやるんだよ」
「「え……?」」
またもや自動ドアが開いて、店員はそちらをにらみつけた。
そこには案の定、さっきの一文無し小僧が立っていたが、こちらに入ろうとはしない。
ただ愛想笑いを浮かべてそこに立っているだけだ。
もう何としても中に入れないぞという気合のこもった瞳で店員は大地を睨む。
そこに一点集中していた店員は、だから気づけなかった。
少年の足元を、小さくて黄色いものがすばやく通り過ぎて、こちらに滑り込んだ事に。
「入ったわよ」
小声でダイアナが合図を送る。おとりの役目を果たした大地は慌ててドアの前からどいた。
ガラスのドアはぴしゃりと閉まり、中の店員がいぶかしげにしているのが見える。
大地はアレスとダイアナと共に店内をそっとのぞきこんだ。
「ヒヨ吉どこいったんだー?」
「ああ、あれだ。ほら、歯磨き粉の前にある黄色いの」
「もう何してんのよ、さっさと獲物見つけてきなさいよあいつ!」
3人がハラハラしながら見守っているのは、もちろんヒヨコのカロンである。
見事進入する事に成功したカロンは、小さな体を移動させながら美味しそうなものを探した。
もちろん店員に見つからないようにこっそりと、だ。
「確かにおいら、今はヒヨコになってるわけだから、小さくて見つかりにくいけど……」
物陰に隠れてタイミングを見計らいながらカロンはこっそりとぼやいた。
「親分、分かってるのかなー、小さい分力無いから大きいもの運べないって……」
ちょうど同じ頃、カロンの愚痴と同じような言葉をダイアナが呟いていた。
「今更だけど、ヒヨコじゃあんまり大きなもの持てないわよね」
「ああ、小さいからな」
「しかも手なんて無いけど、どうやって食べ物ゲットする気?」
「「………」」
「うおー本当だヒヨ吉手無いぞー!」
びっくりして叫んだのは何も考えてなかった大地で、やっぱり深く考えていなかったアレスは思わず絶句していた。
「こらダイアナ!つっこむ時はもうちょっと早く正確につっこんでくれよ!」
「あーもう馬鹿!皆馬鹿!これは完全に私の責任なんかじゃないでしょ!」
「なーなー宇宙人は念力とか出来ないの?」
「それが出来てたらねぐせになんてなってねーよ」
取り乱す外野をよそに、カロンは彼なりに頑張ろうとしていた。
1つのポテチの袋に目をつけて、くちばしで引っ張り出したのだ。
棚から袋が落ちる時軽く音が鳴ったが、幸いにも店員は気づかなかったようだ。
「あー!ヒヨ吉が頑張ってる!」
「おっやるじゃねえか!」
「少しは頑張りなさいよ下っ端!」
再び声援が飛び交う。ガラスの向こうでは、店員に見つからないようにそっと袋を引きずるカロンの姿があった。
地道にではあるが、これを繰り返せば食料もたくさん手に入るだろう。
「あ」
その時、ダイアナが口を開けた。
「あいつ、どこから出るのよ」
「「あ」」
今度こそ、大地とアレスは呆けた声を重ねたのだった。
05/09/18