大地は物陰からそっと覗き込んだ。
その足元からひょいと首を突き出して、ダイアナも同じように覗き見る。
その頭に乗っているカロンもねぐせのアレスも自然と同じ視線で先を見た。


「静かね」
「やっぱり誰もいないっすね」
「よし行け大地、作戦開始だ」
「おうっ!」


大地は勢い良く駆け出した。
目指すは……目の前の、コンビニエンスストアだ。




   コンビニ合戦




町のいたるところが半壊、あるいは全壊している中、大地は無傷のコンビニを発見した。
何も入っていないリュックを背負う彼らが狙うものは、もちろん1つしかない。
そう、食料だ。


「ねぐせ隊長!コンビニの前へつきました!」
「よくやった大地隊員!まずは中の様子を伺うのだ!」
「不肖このカロン隊員、1番手を務めさせて頂きます!」
「あんたら楽しそうねえ」


冷ややかな目でダイアナが後ろから見つめる中、大地の頭の上に登ったカロンがアレスと並んでガラス張りのコンビニの壁を覗き込んだ。
大地も慎重にガラスへと近づいてみる。
何事もなく雑誌が並んでいる中、人影はやはり見えなかった。


「別に異常は無さそうっすね」
「異常なのはコンビニの中じゃなくって外の世界の方でしょう」
「おっダイアナ、今のはなかなかナイスな言葉だったぞ」
「別に面白さを狙ったりしてないわよ!」
「これ、入ってもいいかなあ」


周りのうるさい声なんか大地は聞いていなかった。今、密かにドキドキしていたのだ。
壊れてしまった町の中の、壊れていない建物。
もしかしたら、生きている人間がいるかもしれない。
はやる気持ちを抑えきれないまま大地が移動すると、


ウイーン


「「うお!」」


大地とアレスが同時に声を上げた。まさか自動ドアが動くとは思っていなかったのだ。
ダイアナもそれを見てわずかに目を見開いてみせる。


「驚いた、こんな状態でも電気が通ってるわけ?」
「でも姐さん、電線切れてるっすよ」


カロンが口ばしで指し示す方向には、たしかに千切れた電線が垂れ下がっている。
しかしその前に、ここら一帯の電信柱が全て折れているのだから、それ以前の問題だ。
大地は開け放たれた入り口の前に立ってみた。


「うおー涼しいぞー!」
「この中クーラーでギンギンに冷えてるみたいだな」
「まじっすか!すげー!」
「とことん怪しいじゃないの、ここ」


ダイアナがそう言って低くうなってみせるが、大地は暑かった。
良く考えたら今は夏だ。あのうるさい虫の声はしないが、アスファルトの焼けるじりじりとした音ははっきりと聞こえてくる。
それを聞いているだけで、頭が燃えそうに暑いのだ。


「クーラー……暑い……クーラー……」
「あっ、大地がクーラーの魔力にとりつかれてるぞ!」
「まったくこれだから現代っ子は!」


フラフラと店内に入っていく大地の後を追って仕方なくダイアナも中へと踏み込んだ。
ちなみにアレスとカロンは大地の頭の上にいたのですでに中だ。


「うあー涼しいー」


体の中の熱を吐き出すように大地は深呼吸をする。
そこは外と比べると別世界だった。
いつもの、日常とは変わらぬ普通のコンビニがそこにはあった。


「いやー癒されるっすねー」
「でも外の異常さを見ると、こうやって普通に建っている事こそ異常よね」
「おっダイアナ、またもや」
「だから狙ってないっつってんでしょ!」


4人がしばし入り口の方で涼んでいると、店内に動きがあった。何と、奥の方から人が出てきたのだ。
エプロンをつけているところを見ると、このコンビニの店員のお兄さんみたいだが。
何の前触れもなくひょっこりと出てきたので、大地は驚きに固まってしまった。


「ひ……ひと!」
「お、本当だ、人だな」
「あら、生きてるのね」
「珍しいっすね」


大して妙に冷静な宇宙人組。その冷静さに助けられて、大地はハッと正気に戻った。
店員はただ無表情でレジの前に突っ立っている。まるで、外で何が起きたのか全然知らないような顔だ。
大地は驚かさないようにそっと店員に近づく。


「あ、あの」


しかしそうやって声をかけた瞬間、大地は店員に睨まれていた。
今まで虚空で静止していた視線は、鋭いものとなって大地を貫く。
にらまれる理由がまったく分からない大地は、うろたえて足を止めてしまった。


「お客様」


店員は大地を睨んだまま、厳しい声を放った。


「店内に動物を持ち込まないで下さい」
「……へぇ?」
「ペットの持ち込みは禁止となっております、どうぞご遠慮下さい」


気づけば大地たちは、店員によって外へと追い出されていた。


「……な、何よあの男!もしかして私?!私のこと言ってたわけ?!」
「あっ姐さん落ち着いて!」
「ダイアナ、今の自分の姿を改めて鏡で見てみろよ」
「分かってるわよ犬よ!それでもむかつくあの店員ー!」


ダイアナは前足を地面にたたきつけながら悔しそうに吠えた。
再び炎天下の中に放り出された大地は、流れ出てくる汗をぬぐいダイアナに向き直った。


「ポチ子!」
「何よ」
「お願いっ!ここでちょっと待ってて!」
「……はあ?!あんたまさか私を置いてもう一度この中に入るつもり?!」
「だ、だって、そうしないと店員さんに怒られるんだもん」


ダイアナの剣幕に大地が押されて半歩下がる。
しかしダイアナはシベリアンハスキーの鋭い瞳でさらに大地に迫った。


「私は嫌よ、あの店員に負けたような気になるじゃない!」
「あーあーこうなったらダイアナしつこいからなー」
「姐さん負けず嫌いっすねー」


頭の上からはすでに諦めかけた声が二つ降ってくる。しかしこのままではきっと店員は大地の話を聞いてくれないだろう。
彼はきっとすごくまじめな人なのだ。例え世界が滅びたって、ルールは守らなければ気がすまない性格なのだろう。
相手の縄張りに入るのだから、こっちもルールに従わなければ、と大地は幼い頭でそう考えた。

それには、どうしてもダイアナに我慢してもらわなければならない。


「ポチ子っ!」
「!」
「おすわり!」


大地はダイアナの目を見て、命令した。
するとどうだろう。びくっと反応したダイアナは、きちんとその場におすわりしてみせたのだ。
アレスとカロンがびっくりしている中、1番驚いているのはダイアナ本人で、戸惑いながらも姿勢を崩す事はない。
大地はさらに声を上げた。


「そのまま待て!」
「ワン!」


返事をするように吠えてみせてからダイアナは正気を取り戻す。
しかし、犬の体は、どんなに動こうとしてもピクリともしなかった。


「ちょ、何よこれ!あんた一体何したのよ!」
「すげえ大地!あのダイアナが命令に従ってるぞ!」
「どんな魔法使ったんだよ大地君!」


最大限に驚いた様子で大地に尋ねてくる宇宙人3人。
それに大地は事も無げに答えて見せた。


「ポチ子は毎日よくしつけられてたんだ!だから良い子のポチ子は言う事聞いてくれるんだよー」
「なるほど、その犬の習性か」
「すごっ大地君、もしかしてブリーダーの才能あるんじゃない?」
「しつけたのはおれじゃないよー、だってポチ子はお隣さんの犬だもん」
「ふざけるんじゃないわよー!早く命令ときなさいこのガキンチョ!」


ダイアナが憤慨した様子で吠える。しかし体は動かない。
大地は申し訳無さそうに眉を下げて、ダイアナに手を振ってみせた。


「ごめんなー、でもすぐ帰ってくるから大人しく待ってるんだぞポチ子」
「あ、ちょっと、待ちなさいよコラ!」
「姐さん少しの辛抱っすよ!」
「ちゃんとドッグフードも買ってきてやるからよ」
「キーッ!後で覚えてなさいよあんた達ー!」


悔しそうに吠えまくるダイアナを置いて、再び大地はコンビニの扉へと向き直った。
見つからないようにリュックに退避したカロンと、頭の上のアレスに声をかける。


「よーし、2人とも、行こう!」
「あの店員なかなかやるからな、負けんなよ大地!」
「おいら隠れてるから気にしないでいいっすよ!」


ごくりとつばを飲み込むと、自動で開いたドアへと大地は一歩踏み出していった。

05/09/11