お気に入りのスニーカーが、所々ひび割れたアスファルトを踏みしめる。
崩れた町の残骸の中を、1人の少年が一匹の犬と共にさまよっていた。
いや、正確に言えば少し違う。
1人の少年が、ねぐせと犬にそれぞれとりついた、2人の未確認生物と共に、歩いているのだ。

遠い遠い、はるか彼方の敵の元へと。

少年大地は、その瞳に決意を灯して歩く。
引き結んだ口、
握り締めたこぶし、
そして、

ぐうー。


鳴る腹の虫。


「お腹すいたあ……」


どんな状況だって腹は減る。大地は情けない声を上げながらふらふらと歩いていた。
そんな大地に活を入れるのは、シベリアンハスキーにとりついたダイアナだ。


「何言ってんのよ。出発してそんなに経ってないじゃないの」
「だって、出発する前からちょっとお腹すいてたんだもんー」
「言い訳無しよ!まったく、近頃のお子様は辛抱ないんだから」


はあとため息をついて、同意を求めるようにダイアナは大地の頭の上へと目を向ける。
そこには、

ぐうー。

腹の虫を鳴らすねぐせの姿が。


「あんたも?!」
「やっ俺大地と文字通り一心同体だからさ、俺も腹減って腹減って」
「あんたの腹どこなのよ!」
「大地の腹じゃね?」
「今おれの頭から音が鳴ってたぞー?!」


大地のねぐせにとりついた奇妙な男の仕組みはまだまだ分からない事ばかりだ。
大地が気持ち悪そうに頭を抑えている間に、ダイアナがねぐせを叱りだした。


「いくら一緒だからってあんた大人でしょうが!もっと辛抱なさい!」
「あ、おいダイアナ、そりゃ年齢差別だ。俺は前言撤回を正当に要求する」
「正当も何もあるかっ!大体」


一呼吸おいてから、ダイアナは辺りを見回し、言った。


「どこに食べ物があるっていうのよ」


その言葉には、大地もねぐせも腰からがっくりとうなだれた。


「知ってるよー知ってるけどお腹はすくんだもんー」
「俺たち、早速死ぬかもしれない……」
「まず生き物がいないんだから仕方ないじゃない」


ダイアナの言葉に、大地が一瞬悲しそうな顔になる。しかしそれはすぐに消えた。
大地がふと目を向けた瓦礫の先に、小さな黄色いものがちらついたのだ。
その色鮮やかさが今じゃ珍しくて、思わず声を上げる。


「うあ」
「お?」
「えっ?」


ねぐせもダイアナもその声に反応する。3人の目と、黄色いやつのつぶらな瞳がはたと合った。

目?


誰よりも先に動いたのは、その黄色い奴だった。


「あーっ見つけた!やっと見つけた!こんな所にいた!」


パタパタと黄色い羽を動かしながらそいつは寄ってきた。
丸い体、
ふわふわの羽、
小さなくちばし。
そのかわいらしい黄色の塊は……まさに、ヒヨコだった。


「ヒヨコまんじゅう……」
「美味そうな色してるじゃないのあれ」


大地とダイアナが同時にのどを鳴らす。
転がるようにこっちに近づくヒヨコに話しかけたのは、ねぐせだった。


「あっれ、お前どっかで見た事あるなー」
「うわ、ひどいっすよアレス親分!おいらっすよ、カロンっすよ!」
「冗談だっての。どうしてお前こんな所でヒヨコになっちゃってんだよ?」


ねぐせの知り合いらしい。大地はふと首をかしげた。
もちろん頭の上のねぐせも一緒に傾く。


「おっどうした大地、こいつが何なのか気になるか?」
「それもだけど、他にもあるんだ」
「何よ、言ってみなさい」


3人分の視線を受けて、大地がさらに首をかしげながら言った。



「アレス……?」


カロンは多分、ヒヨコの名前だろう。じゃあ、アレス親分って?



「うわーこいつ本当に忘れてやがるー!」
「あんた自己紹介したんじゃなかったわけ?!」


ねぐせとダイアナが同時に悲鳴を上げた。
そこで大地はようやく悟る。


「ああ、ねぐせの名前だった!」
「馬鹿ね、このガキンチョ馬鹿決定ね」
「おれ馬鹿じゃないってばー!」
「ついでにアレスも馬鹿ね」
「俺も?!被害者なのに!」


大地とねぐせ、アレスがショックを受けていると、ヒヨコがこちらへピイピイ寄ってきた。
話についていけなかったらしく、小さなつぶらな瞳をパチクリさせる。


「ええと、もしかしてそこの犬さんはダイアナの姐さんっすか?」
「そういうあんたこそ、いつもアレスの後ろでちょこまかしてる子分じゃないの」
「正式に俺は子分と認めた覚えはまったく無いんだがな」
「うわーうわー!姐さんともこんな所で会えるなんておいら感激だなあ!」


今度は大地が目をパチクリさせた。この3人はどうやらそれぞれ知り合いであるらしい。


「んでカロン、お前なんでこんな所にいるんだよ」
「何って、親分追いかけてきたに決まってるじゃないっすかー」
「ウゼー!いらないって言っただろ!大人しくお留守番してろ!」
「何言ってんすか!今だってそんなねぐせになっちゃってるくせに!」
「ヒヨコにゃ言われたくねえよ!」


大地がこの前誰かに教えてもらった「五十歩百歩」という言葉を思い出していると、ヒヨコは大地の足元までやってきた。
そして何かを訴えるようにピイピイ騒ぎ出す。


「なっ君!君だってびっくりしたろう!」
「う、うへえ?」
「いきなりねぐせが喋ったりしてびっくりしただろう!」
「あー、うん、びっくりした。けど今もいっぱいびっくりしてる」
「ほら!ヒヨコの方がねぐせよりマシっすよ!」
「お前って昔から人の話を聞かない傾向にあるよな」


親分の方もマイペースだとは思うが、さすが子分。立派に我が道を突っ走っている。
ピイピイわめくカロンを見下ろして、ダイアナがアレスへと顔を向けた。


「話ずれてるけど、結局どうするわけ?」
「いやどうするって、こいつここまで来ちゃったし」


期待の瞳で見つめてくるヒヨコを、大地は頭の上と足元の会話を聞き流しながら見つめていた。
ヒヨコを見るのは初めてではない。しかし……何という愛らしい黄色の生き物なのだろうか。
大地は思わずヒヨコを手の平へと乗せた。


「どうした大地?」


手の上でピイピイさえずるヒヨコにうっとりする大地。
不審に思ったアレスが尋ねれば、大地は目を輝かせて頭上に話しかけた。


「ねぐせー!」
「おっ何だ?」
「このヒヨコ、飼ってもいいかなー?」
「飼うー?!」


衝撃に声を上げたのはヒヨコのみで、アレスとダイアナは仕方なさそうに考え込んだ。


「でもなー、お前ちゃんと1人で世話できるのか?」
「する!絶対する!なーいいでしょー!」
「ダイアナ母ちゃんがいいって言ったらいいぞ」
「ポチ子ー!」
「仕方ないわねえ。エサはあんたがちゃんとやるのよ」
「何であんたらいきなり偽親子になってるんすか?!」


小さい体で精一杯突っ込むヒヨコ。だがここには相手にしてくれるものはいない。
大地は喜びにヒヨコを振り回し始めた。


「やったー!よかったなーヒヨ吉!」
「もうすでに名前まで決められてるしー!」
「いやそいつが名前決めるのは何に対してもだぞ」
「まだマシじゃないその名前」



もはや生き物は住めない町の残骸に、楽しそうな笑い声が響く。
こうしてヒヨコのヒヨ吉、カロンを入れて、仲間の数は4人となった。


たとえ正体の分からぬ仲間達でも、大地には関係なかった。

ただ、共にいてくれるだけで、それだけで十分だったから。






「いやーでも空飛びたくて鳥にとりついたのにヒナだったなんてついてなかったっすよー」
「え?」
「早く大きくなって欲しいっすねーこいつ」
「「………」」


とりあえず、ヒヨコが大きくなっても空が飛べない事実は、しばらくの間秘密だ。

05/09/06