大地とねぐせと犬とヒヨコと
少年の名は「星野大地」。
今年で小学五年生になったばかりの10歳児だ。
家族は4人家族で、父と母と姉が1人。いた。
そのほとんどが崩れ、主をなくした星野家から大地は這い出てきた。
家族は中に誰もいなかった。
それが大地にとって、ほんの少し救いとなった。
「よっし!準備はいいか大地!」
この元気な声は大地のものではない。大地の頭の上から響いた。
大地は背中にしょったリュックをチラッと見て、頭の上の……ねぐせに返事をする。
「全然!」
「全然かっ!」
「だってリュック見つけるだけで大変だったんだぞっ!」
大地が文句を言うこのねぐせは、自称宇宙人だ。大地のねぐせにとりついて、この星に落ちてきた悪者を捕まえる気らしい。
大地はそれに付き合って、今からその悪者のところへ乗り込む所なのだ。
「でも多分すごく遠いぞ。全然で大丈夫か?」
「だから、探してもめちゃくちゃで何も無かったんだってば!」
大地は10歳だ。瓦礫の中からリュックを見つけただけでもすごい事で。
それに気がついたのか、ねぐせは考え込むようにうなり始めた。
「……うーん……ま、途中に何かあるか。よし、行くぞ大地!」
「おうっ!」
腕を振り上げた大地は、一度だけ振り返った。
自分の家。
一瞬にして壊された日常と平穏。
消えた大切な人たち。
鼻水をズズッとすすって、大地は1つ頭を下げた。
「いってきます!」
また、帰ってくるよ。
勢い良く頭を上げた大地は、そのままの勢いで駆け出そうとして。
「ちょっと、どこにいってきますなのよ」
呼び止められた。見知らぬ女の声だった。ビクリと固まった大地は、そろりと振り返る。
そこには……犬が一匹いた。
「……うあー、ポチだ!」
目つきの鋭いその犬は、星野家のお隣さんの飼い犬だった。シベリアンハスキーのメスは、尻尾も振らずにこっちを見ている。
しかし、自分の知っている生き物に出会えた事に感激した大地は気がつかない。
「ポチー!元気?!生きてる?!大丈夫?!」
「何よその名前!女の子にはもうちょっと可愛い名前つけなさいよ!」
「ポ……ポチ子!ポチ子が喋ったっ!」
「子つけりゃいいってもんじゃないのよっ!」
シャッと牙を見せ付けて威嚇する犬に大地が戸惑う。
その時、ねぐせが助け舟を出した。
「大地!こいつポチ子じゃないぞ」
「え?は……え?」
「俺と同じ!つまり、ポチ子にとりついてる、年増女!」
「しっ失礼ね!まだ22よ!」
ねぐせに吠えてから、犬はシタッと前足を伸ばして澄ましてみせた。
「私は「ダイアナ」。訳あってこの犬の体を借りてるれっきとした」
「年増だ」
「しっつこい!同じ歳のくせに!さらに髪の毛についてるくせに!」
「訂正しろ、ねぐせだ!」
「訂正するほどの事でもないでしょ!」
下から上から聞こえる声に大地は目を白黒させた。
聞きたい事はすごく沢山あったけれど、口をついて出てきたのは、やっぱり一番気になる事。
「2人は、恋人?」
「「誰が!」」
異口同音に反論されてしまった。あれっと首をかしげる大地。
「違うの?」
「違うわよ!あんたどこ見て言ってるの?!」
「こいつはハンター仲間だよ。分かるか?ハンター。狩り仲間」
「ただの腐れ縁よ」
ねぐせにも犬にもそうやって諭されるが、やっぱり大地は納得が出来ない。
だって2人のそれは、姉とその彼氏のやり取りとそっくりだったのだ。
しょっちゅう口げんかをしていたので、恋人というものはてっきりそういうものだと思っていた。
考え込む大地をよそに、2人のハンターは勝手に話を進めていた。
「もしかして、お前もあの彗星狙いなのか?」
「ああ、あの赤い奴でしょ。そう、それもあるわね」
「それも?」
「いいじゃない何でも!どうせあんたもそうなんでしょ?!」
ワンと一回吠えて見せた犬は、今度は大地を見上げてきた。
そう、ねぐせだけでなく、大地も。
「という事だから、私もあんたたちについていくわよ」
「うえー?」
「目的が同じなんだもの、仕方ないじゃない」
「ああそっか。よし、ポチ子も行こう!」
「……あんた、人の話を聞かないお子様のようね」
不満そうにポチ子、ダイアナは鼻を鳴らして見せたが、それ以上は何も言わなかった。
言ったのはねぐせだった。
「こら大地、何1人で決めちゃってるんだよ、俺の意見もちゃんと聞け!」
「えっ、ねぐせは駄目なのかー?」
「や、いいけど」
「いいならいいじゃない!」
勢いに乗ってさらに吠えようとしたダイアナだったが、ふと、何かに気がついて言葉を止めた。
「……あんたそういえば、さっきからねぐせ言われてるけど」
「おう?」
「名乗ってないわけ?名前」
その言葉に大地はきょとんとした顔になる。ねぐせは、何故か笑い出した。
「言った言った!ばっちり名乗った!でもこの馬鹿覚えねえのっ!」
「名前覚えないのは元からだったわけ?!」
「ねぐせじゃ駄目なのか?」
大地は名前をすぐに忘れるお馬鹿さんではない。
ただ、自分の呼びたいように呼んでしまうお馬鹿さんなのだ。
「どっちにしたってお馬鹿さんじゃないの!」
「いーじゃねーの俺ねぐせで。お前ポチ子で」
「嫌よーっ!せめて人名にして欲しかったわ!」
「よーし、早く行こうよねぐせ、ポチ子!」
「本っ当に人の話を聞かない子なんだからこの……!」
歯をむき出しにして怒っている様子だったダイアナは、そこでふと、柔らかい表情になった。
見た所ただの犬なのに、その奥から笑顔が見えるようだった。
その優しい瞳を大地に向ける。
「あんた、名前は?」
「へ?」
「まだ聞いてなかったわ、そういえば。私も人の事言えないわね」
そうやって笑うダイアナに、大地は姉の表情を思い出した。
いつも馬鹿馬鹿言って怖いお姉さんだったが、時々、とても優しい表情になる。
その時の姉が、大地は大好きだった。
内から込みあがってくる何かをぎゅっとこらえて、大地も笑顔を作った。
「……大地!おれ、星野大地っていうんだ!」
それを聞いたダイアナは、満足そうに1つ頷いた。
「そう、じゃあこれからよろしく、ガキンチョ」
「うわーっポチ子が名前教えたのに呼んでくれないぞー!」
「おーいガキンチョ相手に張り合うなよな」
「ねぐせは黙ってなさい!」
ボロボロに崩れた町の中で、犬とねぐせと他愛も無い会話をしている。
その事が妙に不思議で、おかしくて、大地は何だか笑えてきた。
こんな状況で笑えるなんて、もしかしたら自分はもう狂っているのかもしれない。
それでも、よかった。
そんな事、この崩壊した世界では、何の意味も持たないのだ。
「ほら行くわよ!ぼさっとしてないで早く来なさい!」
「わわっ待ってよポチ子ー!」
「せっかちな女はモテないぞー」
「やかまし!あとポチ子はやめなさいって言ってるでしょうが!」
歩き出した少年とねぐせと犬のシルエットが、まぶしいぐらい輝く朝日に、溶け込んでいった。
05/09/04