それは、ある日突然起こった。
ある所でいえば、夏休みが始まったばかりの、ある日。
世界は、崩壊した。
プロローグ −終わりの始まり−
いきなり真っ赤な光が世界を覆って、そして崩壊させてしまった原因。それは1つ。
空からキラリと1つ、光が落ちてきたためだ。
光は最初まるで星のように空で瞬いていた。それはもしかしたら、落ちるタイミングを見定めていたのかもしれない。
妙に赤く光って見えるその星は本当に突然、世界の真ん中にストンと落ちてきた。
それだけだった。
落ちた瞬間、強い光で世界を埋め尽くすと、それだけで人々を跡形もなく消し、世界を崩壊させてしまったのだ。
一体どんな力を持った光だったのか、今となっては何も分からない。
ほとんどの人が、いなくなってしまったから。
ただ、その光の核と読んでもいい星の塊は、今もまだ、落ちてきた場所に留まっているという。
まるで、新しい自分の居場所を見つけたかのように。
崩壊の仕方は、場所によって違っていた。
街が全て廃墟となってしまった所もあれば、建物はそのままに人や動物だけが忽然と消えてしまった所もあった。
街それ自体が消えてそこに平野しか残らなかった場所や、最早原形をとどめないほど、まるっきり違う場所になってしまった所など。
あげればキリがないほどだった。
落ちてきた光が原因によって引き起こされた事を全て「崩壊」と呼んでしまえば。
世界は確実に、「崩壊」した。
この世界の「崩壊」全てを把握しているものなど、もちろん誰一人としていないだろう。
そんな崩壊した世界に、わずかながらにも、生きていた人間がいた。
町外れの、工事途中で見放された建物に遊びに来ていた小学生の男の子も、その中の1人だった。
男の子が赤い光の後目を覚ますと、世界はすでに終わりを迎えていた。
半分崩れたビル……いや、コンクリートの塊の中座り込んで、少年はポカンと空を見上げる。
夜明けを迎える前の空は、真っ黒だった。
空と同じように真っ黒な瞳で、ただぼんやりと形を崩した自分の街を見下ろす少年は、1人ではなかった。
ここにある人影は少年ただ1人であるが、もう1人、確かにそこに存在していた。
少年の、頭の上に。
頭の上には、一本のねぐせが立っていた。
お前さあ、一緒に悪者退治しないか?
そうやってねぐせは少年に親しげに話しかける。
悪者って言うのは、この星をこんな風にした奴のことだよ。見たか?あの隕石。隕石っていうか、赤い光な。あれあれ。いや、俺こう見えてもその悪者と同じで、この星の生物じゃあないんだよな。あ、でも悪者じゃないぞ俺は。そうだな。強いて言えば、正義の味方、かな!ま、俺フリーのハンターなだけなんだけど。フリーなのは、どこかに属すんのが面倒だからな。で、何で俺がお前のねぐせになってるか気になるだろ?実はさあ、生身のままじゃこの星に入ってこれなかったんだよねー。何でか詳しく説明するとまたこれが長くなるもんだから省略するけどな。だから、こうやってお前の一部借りてるっつーわけ!大丈夫だって、別にお前に直接影響はないって、多分。ねぐせに取りついてやっただけありがたく思えよ?や、でもここも結構居心地がいいな。人の頭の上からものを見るのが珍しい体験っつーか。おっと、話がずれたな。まあそういうわけで、俺はその落ちてきた悪者捕まえに来た訳よ。この通り俺今、お前のねぐせだからさ、出来ればお前も一緒に来てほしいんだけど。生きてる奴もう少なくてさーなかなか見つからないんだよな。死体にゃ取りつけないし。な、どうだ?来るか?来ないか?
ずいぶんと長く喋ったねぐせに、少年はぽつりと言った。
その悪者捕まえれば、元に戻るの?
お父さんもお母さんも、友達も、街も、みんな、みんな元に戻るの?
その、小さな小さな希望を込めた問いに、ねぐせはあっさりと 分からない と答えた。
しかしその次に、にやりと笑って続ける。
でもま、可能性はあるよ
その可能性が限りなく0に近いことを、幼いながらも少年には分かっていた。
だが少年には、それで十分だった。
家も家族も友達も全て、何もかも一気に失ってしまった少年が頷くのには、十分だった。
いく。
空がわずかに明るくなってきた。
今まで見えなかった街の成れの果てが、輪郭を持って少年の目に映り始める。
風がビュウと吹き付ける中、少年はボロボロ泣きながら、それでも言った。
いく。
いくか。
いく。
よし、いこう。
少年は失った。とてもたくさんのものを失った。
それと同時に、たった一つではあるが、手に入れたものがあった。
たとえ世界が滅びても、そこで手に入るものはあったらしい。
今、世界が崩壊して、初めての朝日が昇った。
その光がとても白くて、とても目に染みて、少年はもう1つ、雫を落とした。
05/09/04