勇者だって空を飛ばせる
広大な野原を抜けた先、そこは荒れた荒野だった。
枯れた木々が短い枝をかろうじてつけたまま立ち並ぶ中を、何かが土煙を上げて走り抜ける。
それは、今にも空中分解してしまいそうな、ボロ箱と三輪車だった。
「ちっくしょー!あのエディ公人攫いなんて外道な事やりやがって!」
悪態をつきながら猛スピードで三輪車をこぐのはクロだ。
続いて箱の上でバランスをとりながら座る華蓮も、チッと舌打ちをする。
「あまりに突然の事で拳銃を抜くのも忘れていましたよ……不覚を取りましたね」
そう、さきほどピエールサーカス団から拾った心臓を返してもらった直後に、自称科学者エンティ・ドマーが奪いに掛かったのだ。
持ってた人間ごと。
空の彼方へと飛び去っていった顔型ロボを追いかけて今、箱は走っている。
ちなみにサーカス団とは別れてきた。あんなに大勢がゾロゾロとついてきても困るからだ。
「でもー大丈夫かしらー。解剖とかされてないかしらー」
箱の中を転がりながらシロが心配そうな瞳を空へと向ける。
何せ相手は科学者なので、何をするか分からない。心配である。
「でもさあ」
ガクガクと揺れる箱の隅に必死にしがみつきながら、ポツと呟く。
「あいつ、明らかにさらう相手間違えてるよね」
そんなあらしの言葉に、3人は同時に頷いた。
あの顔の両側、つまり耳から生えた腕に捕まったのは、何故かウミだったのだ。
何をどう間違えたのか知らないが、もちろん心臓はあらしが持っている。
「一番さらいやすかったのかしらねー」
「それにしたってウミはないだろう、だってタル背負ったりしてるのに」
「隙がありまくりなんですよあの人。自業自得です」
「今頃刺身になってるかもなーウミのやつ」
何となく4人に緊迫感は無い。目的である心臓がこっちにあるので精神的に余裕があるのは確かだ。
だが一番は、やっぱりさらわれたのがウミだからだろう。だってウミだし。
しかし顔が一体どこに行ってしまったのか分からない状態だ。安心は出来ない。
「こっちに飛んでったはずなんだけどなーちくしょー」
「心臓狙ってあいつがここに来るのを待ちますか?」
「いや、その間にウミが解剖とかされたりするかもしれないよ」
「別に大丈夫ですよ解剖されたって、ウミさんですし」
「さすがにウミが可哀想になってきた……」
ただ顔が飛んでいった方向へガンガン進んでいると、妙な地響きが聞こえてきた。
この箱が爆走する音ではない。明らかにもっと大きくて、重い音だ。
例えば、そう、巨大な生物の足音のような。
「な、何だろうこの音」
「おいおい、地面揺れてんじゃねーの?」
「限りなく嫌な予感がしてきましたよ……」
「あー!あれあれー!」
シロが指差した方向からこちらに迫ってくるもの。それは、普通の熊を10倍凶暴化させたような生き物だった。
華蓮が叫ぶ。
「あれは人食いベアー!その名の通り目の前に現れた人間は全て食い尽くすというとてつもない危険な熊です!」
「説明ありがとう華蓮」
「えー!食べる事ならあたし負けないわよー!」
「お願いだから熊とは張り合わないでシロ!」
人食いベアーは確実にこっちを狙っていた。こんな枯れた地で生きているのだから、久しぶりのご馳走なのだろう。
両方必死に追って追われていく。
「きゃー追いつかれそうー!クロ頑張ってー!」
「むぎゃー!無茶言うなー!」
「こういう時に囮に使える非常食がいないんですから」
「……ウミ、捕まっててよかったね……」
「ガオオー!」
ベアーはもうそこまで迫っている。腕を振り上げれば箱に届いてしまうような距離。
思わず目を瞑る、その時、
「見ぃーつけたー!」
どこからか聞こえた女の声。どこか嬉々としたその声色に、ズシンッという鈍い音が重なる。直後に、何かがドーンと倒れる音。
しばらくそのまま爆走した箱は慌てて急ブレーキでその場に留まった。
止まった理由は1つ、ベアーが、動かなくなったから。
「な、何?何が起こったの?」
「くまさんがーやっつけられてるー!」
「まさか……たった一発で、ですか?」
音は1つだった。つまり、ベアーは一撃で倒されたのだ。おそらく、さっきの声の主によって。
すると、必死で三輪車を止めたクロが叫んだ。
「お前!魔王んとこいたんじゃなかったのかよ!」
「「!」」
無駄に目のいいクロは誰だか見えていたようだ。
その言葉にまさかと残りの3人も一斉に目を向けると……いた。立っていた。
誇らしげに剣を掲げ、天からの光を浴びながら勝利のポーズを決める、女勇者が。
「魔王様の好物である人食いベアーはこの勇者ミーナが頂いたわっ!」
「……ああ!船の中で会った女勇者の!」
「また懐かしい人ですね」
「あら!誰かと思えば悪魔君とその仲間達じゃない!」
女勇者ミーナはベアーをズルズルと引き摺りながら近寄ってきた。ちなみにベアーは確実にミーナよりも大きい。
引っ張ってきた耳をポイと放り投げたミーナは嬉しそうに話しかけてきた。
「私ちょうど魔王様の食事の用意してたの!奇遇ねー!」
「魔王の奴そんなもん食ったらショックで死ぬぞきっと」
「その前にここから地獄までどのぐらいの距離があると」
「もうやめましょう。突っ込んでいたらキリが無いですよ、こういう輩には」
急な展開に4人が疲れていると、ミーナはそんなの気にした様子もなくマイペースに言う。
「でもこんな人気の無い所で会うとは思って無かったわ!分からないものねー」
「「あーそうっすねー」」
「さっきも変な研究所とか見かけたし、案外ここにも人住んでるのかもしれないわね」
「「あーそうっすねー」」
「……ん?いや、ちょっと待って」
研究所?その妙に科学者チックな単語に思わず静止をかける。
しかしミーナは聞いていなかったのか、さらにとんでもない事を言い出した。
「空飛ぶ顔も向こうに飛んでいったし、密かに集落とかあるのかも!」
「「顔ー!」」
「えっ?ちょ、ちょっと何でそこにヒートアップするの?!」
空飛ぶ顔に何ら違和感を感じなかったようなミーナも気になるが、今はとにかく顔だ。
はやる心を抑えてミーナに説明する。
「実は色々あってウミがその顔に捕まっちゃったんだ」
「え?あー、今いないタルの人ね」
「そうそのヘタレです。顔がどっちにいったか覚えてないですか?」
「えーっと、確かあっちかなー」
ミーナの指差した方角は、今まで進んできた方向そのままだった。顔は真っ直ぐ家へと帰ったらしい。
それからミーナはあっと付け足した。
「そういえば、研究所があった方向だわ、あっちって」
「科学者ってーのは研究所持ってるもんなんだな!」
「生意気な。さっそくぶち壊しにいきましょう」
「ウミ助けに行くんだからね?研究所破壊作戦とかじゃないんだからね?」
箱が動き出そうとした所に、ミーナが声をかけてきた。何故だかとても笑顔で。
「あっ!よかったら送っていってあげましょっか!」
「「え?」」
「どーやってー?」
首をかしげて訪ねてくるシロにミーナはにっこりと微笑む。
常に徒歩状態のミーナが4人を送り届けるような乗り物を持っているわけが無い。
つまり、送っていくというのは不可能ではないのだろうか。
と、思っていた。
「心配しないでよ!私とあなた達の仲じゃない!」
「いや、そういう事じゃなくて」
「それじゃ、よーく捕まっててねー」
「「へ?」」
ミーナが箱のふちをむんずと掴んだ。反射的に身構える4人。その決断は正しかった。
ぐーんと身を捻ったミーナは、その反動と自分の腕力だけで箱を、投げ飛ばしたのだ。
「どっせーい!」
「「ぎゃあああああー!」」
「いってらっしゃーい!」
ミーナの言葉はきっと届いてなかっただろう。
その非常に荒っぽい送迎に、4人はあっという間に目的地へと向かう事が出来たのだった。
そりゃあもう、一直線に。
05/06/11