メアリーも見ていた誘拐事件



基本的に街以外は整備なんてされていないこの地は、道さえひかれていない事も多い。
この野原も例外ではない。
ただでさえ歪んでガタゴトうるさいボロ箱は、草を踏みつけデコボコな地面をガクガク揺れならが必死に前へと進んでいた。


「わーっ!ひっくり返るー!」
「さすがにひっくり返りはしないでしょう。……多分」
「おいおいおめえらしっかりと踏ん張っとけよなー!」


揺られる4人に声援を送るのは、1人三輪車をこいで無事なクロだった。
そう、5人はこの野原の方へ飛んでいったという心臓を探しにやってきているのだ。
一緒にいた運び屋リュウは、


「あっおれおつかいの途中だったんだ!アリアに怒られちまうー!」


とか叫びながら空へと逃げていった。竜でもやっぱり奥さんは怖いらしい。仕方ないので、箱での移動だ。
もちろんギルドマスターからは逃げてきたので、またしばらくはギルドに立ち寄れないだろう。


「でもこの中から心臓を探すなんて……どこいっちゃったんだろう」


落ちそうになりながらもあらしは野原に目を凝らす。
呆れるほど何も無い草原には、今の所何も見つける事が出来ずにいた。
手の平に乗っかる心臓がこんな広大な場所に落ちてしまったのだ、簡単には見つからないだろう。


「……あー?何か光ったわー」


その時、シロが何かを発見したらしい。全員がそちらを見た。


「光るもの?心臓って光るか?」
「発光する心臓って嫌だなあ……。でも何だろう」
「これはきっと食べ物よそうよきっとそうに違いないわー!」
「シロさーん?!」


シロは何だか色々と呟きながら箱を飛び降りて突っ走っていってしまった。
つまり、お腹がすいていたのか。前に何度かあったようなこの出来事に、一番に動いたのはやっぱり華蓮だった。


「待ちなさいシロさん!金目のものだったら許しませんよ!」
「華蓮ー!とりあえず子ども相手に拳銃持つのはやめてー!」
「シロなら銃弾も食べそうで怖いな……」


今回はシロが早かった。光るものが見えた付近にまでたどり着くと、嬉々として手を伸ばす。
しかし、同じように反対側から伸びてきた腕にぶつかってしまった。
ビックリしてシロが顔を上げると、そこには。


「あー!肉だんごさんとゴボウさんだわー!」
「おー!お前はー!誰だったっけなー!」
「おお、以前会った旅人の子であるか?」


丸い人間と細長い人間が立っていた。3人は知り合いである。しかし互いに正確な名前が出てこないようだ。
そこへ、シロを追いかけてきた4人もようやく追いついた。


「まだ食べてませんね……おや、あなた方は確かサーカス団の」
「丸いのと細長いのじゃねーか!久しぶりだなー!」
「えっと名前は……マルーイとナガーイ?」
「惜しいぞー!デーブだー!」
「惜しいであるか?ノッポーである」


そうそう、デーブとノッポーだ。2人はあるサーカス団の団員で、それぞれ道化師と手品師である。コンビではない。
こんな所で会うなんて奇遇どころではないが……。
まずシロが足元の光るものを指差した。


「あなたたちもこれ狙ってたのー?」
「そうだそうだー!これは我らが落としたものなんだー!」
「拾われる前でよかったのである。これも団長のものなのである」


細長い体を折り曲げてノッポーが地面から光るものを拾い上げる。
それは、小さなイヤリングだった。団長がイヤリングをつけていたのか。


「え、って事は、サーカス団全員も近くにいるの?」
「もちろんだー!次の街へと移動中だー!」
「ところで、そっちはどうしてこんな所にいるのであるか?」
「そ、それが」


5人は事情を説明した。あわよくば、探すのを手伝ってもらおうかと思ったのだ。
しかし、デーブとノッポーは思いがけない事を言い出した。


「心臓だとー?!おいノッポー!それはアレのことかもなー!」
「そうであるな。心臓なんてそんなに落ちてるものじゃないのである」
「えっ!しっ知ってるの?!」


驚いて飛びついてきたあらしにノッポーはユラユラ揺れて、デーブは転がりそうになった。
弾みながらデーブが答える。


「さっきこの辺りで心臓みたいなものを拾ったんだー!」
「うっ嘘!」
「でもここには無いのである。珍しかったから団長に渡してしまったのである」
「あの団長に?!」


こいつらの団長といえば、妙にカリスマ性溢れた鞭を振るうジェントルマンである。ちなみに猛獣使いだ。
しかし、拾われていたのはラッキーだ。


「ではそのイヤリングは差し上げますから、心臓返してください」
「どっちも拾ったのは我らの方であるのに……」
「でもまあいいぞー!団長に許可を貰いに行けばいいんだからなー!」


という訳で、デーブとノッポーの案内で懐かしきサーカス団の元へと向かったのだった。





今回はあの大きな黄色いテントを見る事は出来なかった。畳んでから移動しているらしい。
遠目にたくさんの馬車が群れているのを眺めていると、そちらから何かが近付いてきた。


「おー!団長だー!」
「待っていてくれていたのであるな」


箱の隣を走るタフなデーブとノッポーが声を上げる。それと同時に、ドドドド……という地響きが聞こえてきた。
団長は普通の人間である。それなのにこの地響きは一体何なのだ。理由はすぐに分かった。
団長は1人ではなく、何かに乗っているのだ。とても巨大な、何かに。


「ハイヨォーッ!」
「「踏み潰されるー!」」
「団長のお気に入りの象、メアリーである」


パオーン!と高らかに鳴いてみせた象のメアリーは、ボロ箱の直前で停止した。
デーブとノッポー以外の5人は固まっている。メアリーの上には、ダンディーピエール団長が悠然と構えていた。


「ほお、いつぞやの旅人達じゃないか。久しぶりだな」
「「ど、どーも」」
「団長ー!実はさっきの心臓みたいなもの、こいつらのものみたいなんだー!」
「このイヤリングと交換する事になったのである」


デーブとノッポーがそう言えば、団長はひらりとメアリーから飛び降りた。
そして華麗にスタッと着地をすると、懐へと手を伸ばす。


「私の落し物をまた君たちが拾ってくれたのか」
「そうです」
「いや微妙に違うんだけどな……」


偉そうに頷く華蓮の横で呟くウミの言葉は団長には聞こえていない。
団長が懐から出した手の上には、とても見覚えのある心臓らしき物体が乗っていた。


「なるほど、これは君達のものだったか」
「あーっ!心臓ー!」
「こっちもよく落としてしまうが、そっちはまた珍しいものを落としたものだな」


変な風に感心しているが、落ちていた心臓を平気で懐に入れていた団長もすごい。
すぐさま心臓に飛びつくあらしに、団長は素直に渡してくれた。これでひとまず一安心である。


「うわーよかった!どこも傷ついてないみたいだし!」
「あれで無傷なんて、とんでもなく丈夫な心臓ですねそれ」
「まっいいじゃねーか!こいつが無事だったんだからよ!」
「もう見つからないと思っていたからな……」
「ありがとーサーカスさんたちー!」


わいわいはしゃぐ5人をピエールサーカス団の3人と1匹は微笑ましく見守ってくれていた。
しかし、心臓はまだ動いてくれないままだ。
結局はまたふりだしに戻ってしまった完全な心臓作り。和んだ所でさて再び考えようかとした、その時だった。
休む暇もなく、野原にいきなり突風が吹き荒れたのだ。


「「うわー?!」」
「またかよー?!」
「再び同じ展開とかありえないでしょう!」
『ありえなくて悪かったなコラァ!』


草の葉を散らしながら舞い降りてきたのは、エンティ・ドマーの顔であった。
ただ、やはり落ちたときの衝撃であちこちが壊れかけている。


「それ、燃料切れじゃなかったのか?」
『そんなの、さっきの町からパクッてくりゃ簡単だぜコラァ!』
「外道だ、こいつ外道だ!」
『やかましいコラァ!とにかく、その心臓はどうしても頂くぜコラァ!』
「しつこいわねー!」


両耳から生えた2本の腕が迫り来る。その腕から1つの小さな心臓を守るために、その場の全員が立ちふさがった。
腕がどんなに伸びてきても、心臓だけを掻っ攫う事なんて出来そうにも無い。
心臓だけを狙った場合、であるが。


『……こうなったら仕方が無いぜコラァ』


怪しく呟いてから、顔は急に突進してきた。思わず全員が身構える。
その中から、ぐいっと伸びた腕が何かをつかみ出した。


『まるごと頂いてくぜコラァ!』
「う、うぎゃあああ!」


一瞬見えた仲間達の唖然とした顔は、すぐに遥か下の方へと追いやられてしまった。

05/05/28