顔ときどき竜、ところにより心臓



綺麗に晴れ渡った空を、奇妙な物体が滑空していた。それは、巨大などこかのおっさんの顔だった。
おっさんの顔の耳から生えた腕が、何かを持っているようだ。顔は得意げに笑いながら空を飛ぶ。


『いやまったくさすがオレ様だぜコラァ!あっさり心臓盗めちゃったぜコラァ!』


自称科学者エンティ・ドマーは上機嫌だ。何故なら、「未完成の心臓」という、この上ない研究材料を手に入れたからである。
腐っても科学者だ、こういうものには興味があるらしい。
ちなみに前に行っていた竜の研究は、難しいので休止中だ。


『そういやあっちの噂の方もあったなコラァ、まっそれは心臓の後にするかコラァ!』


自分の作戦が完全に成功したと安心していたエンティ・ドマーは呑気に独り言を呟く。
しかし、すぐに気が付いた。背後から、何かが猛スピードでこちらに近づいてきている事に。


『な、何だコラァ?』


ここは空の上だ。近づくものといったら、鳥ぐらいのもの……ではなかった。
この顔型ロボと同じぐらい大きなものが、すぐそこに迫ってきている。
顔はその飛行物体に見覚えがあった。ありまくりだった。何故なら、

かつて、激しく戦った事があるからだ。


「おい待てー!また会ったな顔野郎ー!」
『なな何でてめえがいるんだ竜めコラァー!』


顔が戸惑っている間に、目の前には燃えるような真紅の体を持つ竜がボロ箱を手に持って現れていた。
顔の行く手を遮った赤竜リュウは、ビシッと拳を振り上げる。


「脇キャラ内じゃ強力な移動手段として最多出演のリュウ様だよろしくぅぅぅ!」
「やけっぱちですねリュウさん」
「やっぱりリュウは早いわねー!」


もちろんボロ箱には5人が乗っている。
何故こんな所にリュウがいきなりいるのかというと。


「それはこのオレクロ様が高い所から勇敢にも説明するぞ死ねるぞこの野郎ぉぉぉ!」
「クロもやけっぱちだな……」
「無理はするなよクロー」
「理由は簡単だー!オレが大声出して呼んだだけだ終わりー!」


叫んだ後すぐにクロは縮こまってしまう。
そう、友情パワーなのか何なのか、クロがリュウを大声で呼んだら、本当にリュウがやってきたのである。
便利な……いや、実に素晴らしい親友だ。
リュウは空飛ぶ顔を思いっきり睨みつけた。


「この前はよくもやってくれやがったなぁおい、竜石なんて使いやがって」
『やっやばいぜコラァ!もうあの石は持ってないぞコラァ!』
「お前投げてたじゃねーかあれ!今日こそ燃やし尽くしてやらあ!」


リュウはすうっと息を吸い込んだ。どうやら本気で燃やしにいくらしい。
それに慌てたのは顔だけではなかった。


「ちょ!ちょちょちょっと待って待って!ストップファイアー!」
「!ごほほっ!炎溜めてんのに止めんなチビ!」
「チビ言うな!駄目だよ燃やしちゃ!」


今にも顔を丸焼きにしそうになるリュウをあらしは必死に止めた。
リュウが炎を吐き出しちゃったりしたら、もれなく顔が持ってる心臓も灰になってしまうのだ。
それだけは阻止しなければ。


「ちっ、仕方ねえな、じゃあレアで我慢してやらあ」
「焼き加減関係無い!あの顔はともかく心臓はデリケートなんだから一発で燃えちゃうよ!」
『オレ様だって繊細だぞコラァ!』
「話ずれてますよ」


空中であーだこーだともめる竜と顔。誰かが見たら目を疑ってしまうだろう。
すると、顔が興奮のせいかガクガクと揺れ始めた。
どこか尋常ではないその揺れ方に、さすがにリュウと5人も動きを止める。


「な、何だ?」
「故障でもしたのか?」
『……あっ!こりゃやばいぜコラァ!』


プスン、という間の抜けた音と共に、エンティ・ドマーは言った。


『燃料切れだコラァ』
「「ちょっと待てー!」」
『ぎゃあああコラァー!』


まっさかさまに下へと落ちていく顔を5人はあっけにとられながら見送った。
地上からズシンという音が聞こえた後、ようやくハッと気が付く。


「どっどうしようー!顔と共に心臓も一緒に落ちちゃったしー!」
「ぺっしゃんこだったらどーしましょー!」
「おいリュウ!今すぐ下に降りてくれ!早く!」
「わ、分かってるっつーの!」


赤竜は、まるで落ちるように真っ直ぐ下へと降りていった。





とある1つの町は今、騒然としていた。急に空から正体不明の物体が落ちてきたのだ。
それは巨大な、おっさんの顔。皆が顔に潰された建物を遠巻きに見ている。

そこへ新たにまた何かが空からドシンと降りてきた。
その赤い大きな体は、すぐに人の姿へと変わる。


「おーおー、派手にやっちまったなーこりゃ」
「あいつ大丈夫かな……」
「あんなおっさんどうでもいい!心臓どこ?!どこ?!」


おどろく町民を尻目に、5人とリュウは顔に押しつぶされた家の瓦礫をあさり始めた。
その中でふと華蓮が気付く。


「この押しつぶされた建物……どうやらギルドだったようですね」
「えっ嘘」
「俺たちのせいじゃないけど、何だか悪い気はしてくるな……」


そんな事をブツブツ呟きながらウミが瓦礫の中に手を突っ込むと、何かをつかむ事が出来た。
不思議に思って引っ張り出してみると。


「こ、この人は……!」
「「!!」」
「……死ぬかと思ったのネ……」


どこかで見たことあるギルドマスターが出てきた。どうやら埋まっていたようである。
シロがあらしの腕を引っ張って尋ねた。


「ねーねー、あの人ってカマレマクリー?」


正確にはガマレカムリである。あらしの知り合いのギルドマスターにそいつはそっくりだったが、あらしは首を振った。


「いや、あれはガマレじゃないなあ。似てるけど」
「あたしには違いが全然分からないわー」
「……あ、ああー!お前達はーなのネー!」


こっちは知らなかったが、あっちは驚いたように指差してきた。
え?と思っていると、ギルドマスターは身に覚えのある事を叫んだ。


「ボクの本棚を真っ二つにしてなおかつ本を盗んで逃げた旅人なのネー!」
「……あ」
「あー!あの時のギルドマスターか!」


それは昔々……のように思える前の事だった。このギルドマスターの所有する書庫を掃除してくれと頼まれた事があった。
その際、掃除どころかさらに荒らして本棚を真っ二つにし挙句の果てに本を持ち逃げしてしまったのだ。
しばらくギルドに寄り付けない日々を過ごしたが、やっぱり覚えられていたようだ。


「今度はギルドごと破壊するなんてひどいのネ!訴えるのネー!」


どうやらこの惨事をギルドマスターは完全に5人のせいだと思っているらしい。
このままだと色々やばいので、クロが前に出た。


「ちょっと待った!これはオレたちじゃねーぞ!やったのはこの……って、そういやおっさんどこだ?」
「エディちゃんいないわねー」
「埋まってるんじゃないですか?その辺に」


エンティ・ドマーが見当たらない。顔の中にでも埋まっているのだろう。


「いやおっさんもおっさんも別にどうでも良いよ、心臓探さなきゃ!」
「2個目のおっさんはもしかしてボクなのネ?!」
「つぶれてないといいんだがな、心臓……」
「げえっそういう事言うなよな!想像しちまうだろうが!」
「無視なのネ?!」


色々とショックを受けているギルドマスターには構わずに再び瓦礫をあさり始める。
それにはムカついたのか、ギルドマスターは憤慨しながら飛び上がった。


「分かったのネ!もう起こったのネ!好きにすればいいのネ!」
「さっきからしてますけど」
「うっさいのネ!……ところで、君たちが探しているのって、これぐらいの大きさのものかネ?」
「え?!知ってるの?!」


いきなり重要な事を言い出したギルドマスターに皆の目が集まる。
ギルドマスターは注目されてフフンと胸を張った。


「あの落ちてきた顔が持ってたやつなのネ?知ってるけど教えないのネー」
「えーケチー!教えてくれたっていいじゃないのー!」
「無視したから駄目なのネ!ここに顔が落ちる前にポーンとあっちの方角に飛んでいった事なんて教えないのネ!」


一瞬降りる沈黙。
次には、全員がギルドマスターがとっさに指差した方角へと顔を向けていた。


「あっちに?!」
「なるほど、ここには落ちてないのか」
「しっしまったのネー!とっさに言っちゃったのネー!」
「ふっ、見た目通り馬鹿ですね」


指差された方向には……大きな大きな野原が広がっているはずだ。
そこに心臓が、あるはずなのだ。





今ちょうど話題になっている野原。その一角に、人影が現れる。


「……何だかすごく珍しいものがここに落ちているのである」
「どうしたー!一体何が落ちているんだー!」
「これなのである」
「おーっ珍しいなー!せっかくだから団長にも見せてみるかー!」


風に揺られる細い影と今にも弾み出しそうな丸い影は、そこに落ちていたまるで心臓のような物体を持ち去っていった。

05/05/13