奪われた心臓



いきなり吹き荒れる突風。
その中に聞こえた、どこかで聞いた事のあるような声。
しかし思い出せない。結構前に聞いたような気はするのだが。


「何だっけこれ何だっけ」
「あーどっかで聞いた事あんだけどよー!」
「聞いた事あったかしらー?」
「駄目だ、どうしても思い浮かんでこない……!」
「ザコキャラだったんでしょうけど」


5人は正面から吹く風と戦いながら必死に思い出そうとする。
しかし、もうちょっとの所で頭から出てきてくれない。もどかしい。
うんうん唸っていると、痺れを切らしたのか風の中から声が怒鳴ってきた。


『いつまで考え込んでんだコラァ!そんなに忘れたっていうのかコラァ!』
「「うん」」
『言ったなコラァ!それなら嫌でも思い出させてやるぜコラァ!』


声が止んだ途端に、一段と強い風が吹いて皆でひっくり返りそうになる。
風が弱まった隙に目を開けると、そこには……巨大な、巨大な、

生首が。


「「ぎゃあああー!」」
『驚いたか驚いたかコラァ!』


嬉しそうな声は巨大な生首から聞こえてくる。
その顔に、5人は見覚えがあった。どこにでもいそうなおっさんのでっかい顔。
ポカンと口を開ける5人を代表してシロが叫んだ。


「あー!えいゆうの像のおじさんの顔だわー!」
『思い出したかコラァ!この世界一の天才科学者エンティ・ドマー様をコラァ!』


そうだ、こいつはかつての英雄の町で出会った自称天才科学者である。
竜を研究していたという事で、そのとき一緒にいた竜人リュウを襲ってきたのだ。
あれ以来まったく見かけなかったので、すっかり忘れていた。クロがはーっと息を吐き出す。


「なーんだエディちゃんかよ、驚かすなっての」
『エディちゃんとは呼ぶなって言ってんだろうがコラァ!』
「まだその顔型ロボに乗ってるんですか……」


華蓮が呆れたような顔で大きな生首を、いや、生首の形をしたロボを見上げた。
このエンティ・ドマーは巨大なロボを作っていたみたいだが、当時顔しか完成しなかった、と言っていたが。
すると、顔は勝手に説明してくれた。


『意外に使い心地も住み心地もいいからこの顔ロボ愛用してるんだコラァ!』
「住んでるんだそれに……」
『全ては研究のためだコラァ!』


そこであらしはハタと思い出した。我に返ったといったほうがいいだろう。
何故、今目の前にこの自称科学者が現れたのか。
そういえば一番最初に聞こえた声は、何と言っていた?

その考えは少し遅かったようだ。
気が付けば、巨大な顔の両側から、つまり耳から手のようなものが伸びてきていた。


『その研究のために……それは頂くぜコラァ!』


それは、一瞬の出来事だった。
衝撃が走った後あらしは地面に尻餅をつき、その手に持っていた大切なものは、なくなっていた。

「なっ何するんだ!」
『やっほー!心臓手に入れたぜコラァー!』
「最初から心臓狙いだったのか?!」


何と、未完成の心臓は耳から生えた手に奪われてしまったのだ。
いきなりの出来事に全員があっけに取られる。何とかその中でウミが声を上げた。


「その心臓を一体何に使うつもりだ?!」
『何って決まってるぜコラァ!手作りの珍しい心臓をこの手で調べるんだコラァ!』
「調べるって……!」
『どんな仕組みなのか科学者として気になってんだコラァ!』


なるほど、自称するだけあって科学者らしい所もあるらしい。
そこでシロが小首をかしげながら質問する。


「どうやって調べるのー?」
『そりゃ、外からだけじゃ分からないから開けてみるんだコラァ!』
「……あ、開けるぅ?!」


素っ頓狂な声を上げて慌ててあらしが立ち上がる。エンティ・ドマーは愉快そうに笑い出した。


『どんな風になってるのか楽しみだぜコラァ!』
「いっいやいや!ていうかどうしてあんたがその心臓の事知ってるんだよ!」


確かに分からない。噂なんかが流れるにしたってこいつの出現はいくらなんでも早すぎる。
ほとんどのものが知らないこの心臓の存在を、何故この科学者が知っているのか。


「まさか、盗聴器とか……!」
「常に監視していたのか?!」
「人の心が読める道具とか使ってんのかも……!」


勝手に盛り上がっていると、やっぱり顔は普通に教えてくれた。


『さっき空を鎌に乗って飛んでた黒い奴の話をたまたま聞いたんだコラァ!』
「死神後で殺す!」


沸いてきた殺意に身を震わせていれば、顔は動き始めた。宙に浮き始めたのだ。
このままだと、心臓を持っていかれてしまう。


「まっ待ってよ!それ、本当に大切なものなんだから、返してよ!」
『やだねーだコラァ!』
「うわ!」


顔の浮かび上がる衝撃に再び強い風が吹き荒れる。何も出来ずに、5人はそこで飛ばされないように踏ん張っているしかなかった。
あっという間に顔は空の上へと飛んでいってしまった。
顔を青くしてあらしがオロオロし始める。


「どっどうしようどうしよう!心臓が開きになって心入れなくちゃで調べられて動かなくて仕組みが」
「あらしさん少し落ち着きなさい!」
「うっ!」


華蓮の鳩尾パンチによってあらしはひとまず地面の上で大人しくなった。
顔が小さくなっていく方向を見上げて、ウミがあせった声を出す。


「まずいぞ、このままじゃ見えなくなってしまう……」
「箱に乗って追いかけましょーよー!」
「この箱じゃ顔には追いつけねえな、あのスピードじゃあ」


ボロ箱を指差すシロにクロがため息混じりに言う。
じんじん痛む腹を押さえながら、あらしが何とか身を起こしてきた。


「うっ嘘!そしたら……どうすればいいのさ!」
「どーすればいいのー?」
「どうしましょうか……」


全員で悩んだ。あらしは目の前が真っ黒になるような感覚に襲われる。
どうしよう。本当にどうしよう。
すごく大切なものなのに。人一人分の命が掛かっているのに。責任持って預かったのに。あっけなく奪われてしまったなんて。
あの少年に何て言えばいいのだろう。

その時だった。クロがパーンと自分の手を打ったのは。


「っしゃー!もうこれしかねえ!」
「「?!」」


何か案があるらしい。皆で問いかけるように見つめると、クロはにやりと笑って見せた。


「一か八かだけどよ、オレに作戦があるんだ!」
「「なになに?」」
「まあオレに任せとけってんだ!」


ドンと胸を叩いて見せた頭上には、粒のようになってしまった顔のシルエットが小さく、小さく浮かんでいた。

05/05/03