ハープの音色と共に



平野の先には、どこまでも続く大海原が広がっていた。
そうなったら、これしかないだろう。





「なあ、ちょっといいか?」


まっすぐに己の故郷と呼んでもいい海を見つめながら、ウミが口を開く。


「確かに人魚は簡単に見つからないから、探さなければいけないんだが」


無言でそれを聞く4人も、真っ直ぐに前を見つめている。静かに揺れる水面を眺めて、ウミはとうとう、言った。


「さすがにこれに引っかかったら、俺は泣くかもしれない」


5人の手元には、自分たちで作った釣竿から糸が海まで伸びていた。
海、といったら人魚だろう。という事で、こうやって人魚釣りをしているのだ。
ウミはもうちょっと早く突っ込むべきだっただろう。


「んだなー、餌がねえんじゃ引っかからねえよな」
「もっと根本的な所だ!」


頷くクロにウミはさらにつっこむ。次は華蓮が頷いた。


「もっと沖の方がいいですかね」
「だから違うだろ!」
「深い所にいるかもしれないからー、潜った方が早いかしらー」
「なあ、お前達実は分かってるんだろう?ただ遊んでるだけなんだろう?」


シロまでそんな事言うので、とうとうウミがへこみ始めた。スタミナが無い。
ちなみにあらしは海に近付きたくないらしく皆より引っ込んだ所に座っている。
もちろんその手には、大切に「心臓」を持っていた。


「よく考えれば、この時間すごく勿体無いよなあ……」


今更ながら事実に気が付いた。これも遅すぎだろう。
ただこの「心臓」の事について尋ねたいだけなのだから、別にわざわざ人魚じゃなくてもいいのだ。


「この辺りに漁村とかないのかな」
「無いからこうやって釣りしているんじゃないですか」


華蓮はそう言うが、木の枝の竿に先には餌は愚か針も付いていない糸での釣り。明らかに釣る気が無い。
あらしはがっくりとため息をついた。


「あーっ、早く本物の心臓にしたいのにー」


そう、なるべく早くこの心臓を完成させて、あの少年へ届けてやりたい。
自分の体の中に脈打つ心臓が無いなんて、想像もつかない事だ。だから早く返してやりたいのだ。
だというのに、ここには釣りについてもめる仲間たちと青い海と揺れる釣竿しかない。


「……いや、待てよ」


揺れる、釣竿?
あらしの手元の枝は、激しく引っ張られていた。


「かかったー!」
「「嘘?!」」


かかるとは思っていなかったのは全員だったようだ。5人は信じられない顔でぐいぐい引っ張られる枝を見つめる。
次の瞬間、全員が正気に戻った。


「なっ何がかかったんだ?!ただの糸なのに!」
「おいあらし!何してんだよ!早く引き上げろっての!」
「い、いやこれ凄い力なんだよ!今にも引きずり込まれそうなんだからな!」
「大物よー!どんなお魚なのかしらー!」
「仕方ないですね、皆で引っ張り上げましょう」


糸が切れたり枝が折れたりする前に急いで引っ張り上げなければならない。
5人は足を踏ん張って枝を持った。


「いくぞー!引っ張れー!」
「「どっせーい!」」


5人分の力に、さすがの大物も敵わなかったようだ。
糸に引っ張られて水面から勢いよく大きなものが飛び出してくる。それは、


ポロロン


どこかで聞いた事のあるハープの音色と共に、地面に落ちた。


「こ、これは……」


言葉を失う5人の目の前で、糸に絡まった人物はムックリと身を起こした。
ハープの音色と共に。


「後世に残るような歌を考えながら浅瀬を泳いでいたらまさか糸に絡まってしまうとはね!しかし、これも海から出よ、大地に降り立てよという神の啓示なのかもしれない……そう、これは、私の運命なのさ!」
「どうしようすごく役に立たないのが釣れちゃった!」
「カスですね」


せっかく釣れたのに皆から冷たい目で見られているのは、むかつく笑顔にうっとおしい長台詞。
人魚の吟遊詩人にしてウミの義兄、ポールであった。


「ウミ、泣きそう?」
「ああ、今にも」
「おや!しかもそこにいたのは我が義弟ウミとその仲間たちだったのか、ますます運命を感じるじゃないか!」


ポロロンと流れるハープの音に目を覆うウミ。気持ちは分かる。
今にもポールを海へと蹴り落とそうとする華蓮を抑えて、あらしが一応言った。


「あっあのさ、ちょっと尋ねたい事があるんだけど」
「何だい?私に答えられる事なら何でも答えてあげよう!」
「ねーねー、どうしてここにいるのー?」


質問をシロに奪われてしまった。でも確かに気になる。するとポールはハープを掻き鳴らして答えた。


「いい質問だね!本来は国の方にいるはずの私が、何故ここにいるのか!」
「何で何でー?」
「それはっ!」


ボロロン!激しく音を奏でると共に、ポールは言った。


「ちょっと遠くを泳いだら、そこはもう神秘的なほどに見知らぬ土地で帰り方が分からなくなってしまったのさ!」
「「迷子かよ!」」
「聞いたのがアホだった!さっさと説明して意見聞いて追い返そうぜ!」
「そ、そうだね」


クロに促されてあらしが手短に心臓の事について話した。
出来上がっていない心臓を預かって、完成させなければならない事。しかし何が必要なのか分からない事。
するとポールは、頷きながらポロロンとハープを鳴らす。


「何という奇跡!命を貰ったお返しに命を作るなんて!これは歌わずにはいられない友情という名の愛の物語!」
「今すぐ口を閉じるか人生を閉じるか、選びなさい」
「すいません」
「謝らせた!」


やっぱり華蓮は強い。何もしなくても強い。ポールは多少大人しくなって、控えめに口を開いた。


「役に立つかは分からないが、こういう言葉を聞いた事があるよ!」
「期待して無いけど何?」
「心臓というものはその名の通り、「心」をつかさどっている、とね!」
「……「心」?」


あらしは手の中の空っぽな心臓を見た。何かが足りない、心臓。物理的ではない、しかしとても大切なもの。
ポールはさらに言った。


「心といえば……そう、それは「愛」さ!愛は世界を救う!世界こそ愛!愛こそ世界!」
「うるせえ!いきなりヒートアップすんな!」
「さすが義兄さん、吟遊詩人は「愛」という言葉には敏感なんだな……」


うるさいがポールの言葉はどこか核心をついているように感じた。
愛、かどうかは分からないが、心臓を動かす動力には、確かに「心」が必要なのかもしれない。
しかし、


「えっ!でででも「心」なんて!どうやって入れればいいの?!」
「仕方が無い、私の愛の歌をたっぷりと聞かせればあるいは!」
「帰りなさい」
「あっひどいね!」


ポールは蹴られる事によって勢いよく青い海の中に消えていった。
薄情の様に見えるが、あれがいたんじゃまともに考えられないのだ。速やかにお帰りになってもらおう。
5人はさっそく心臓を囲んだ。


「義兄さんの言う通り、本当に足りないのは「心」なのか?」
「違うっつーの!「愛」だ、「愛」!」
「「心」にしておきましょうよここは」
「可哀想ー、この心臓愛されてないのねー」
「そうなるの?!この心臓愛したらいいの?!」


どうやって心臓を愛すればいいというんだ。
やっぱり何かを間違っているように思ったあらしは、もう一度考え直してみた。


「心」とは、何なのか。


しかしその時、その場にいきなり突風が吹き荒れた。


「うわあっ!」
「なっ何だ?!」
「飛ばされるー!」


何もかも吹き飛ばそうとするかのようなその風に目も開けられないでいると、声が聞こえた。
どこかで聞いたような、しかし随分昔に聞いたような、声。


「その珍しい手作り心臓、オレ様が頂くぜコラァ!」

05/04/24