僕の命というのは、どうやら他の人から借りて成り立ってしまったらしい。
それなら、借りたものは、返さなければいけないと思う。


僕に命をくれた少年の「心臓」を、預かった。

まだ生まれてもいないその塊に、「命」を吹き込むために。



   心臓は空を飛んだ



全ての元凶である「死神」は、ある少年を連れて5人の目の前に現れた。
あらしと少年を引っ張って、2人だけに死神は真実を告げる。
つまり。


あらしの「今」の心臓は、少年の「昔」の心臓だという事。


知らなかったとはいえ、あらしは少年の心臓を奪ってしまった、という形になっているらしい。
少年には今、心臓が無いのだから。心臓が無ければ、人は生きていけない。
しかもどうやら、少年はこのままだと「人形」になってしまうというのだ。

この状態で何もせずには、いられないだろう?


死神は、仲間たちと代わりになる少年の心臓を作っていたと言う。しかし、何かが足りなくて完成していない。
しかも少年にも死神にも、今他にやる事があるとか。
そこであらしは、心臓を自ら預かった。


「僕が、これを完全な心臓にしてみせる」


2人はあらしに心臓を託してくれた。少年は笑いながら名前を教えてくれた。
自分の心臓を奪ったあらしを信じて、笑ってくれた。
あらしはそれに答えなければならない。心臓を、完成させる事によって。


が。


「どうやって空っぽの心臓を完全なものにすりゃいいんだよー!」


すでにお手上げ状態だった。





「うーっ完成させたいけど具体的な方法が全っ然分かんないよ」


その手にグロテスクな物体を乗せてウロウロと彷徨うあらし。
見た目はすごく心臓なのに、一体何が足りないというのか。心臓には一体、何が入っているのだろうか。
あらしが途方にくれた、その時。


「おいこらー!いつまでコソコソしてんだよ!」
「あれー?あらし1人ー?」
「いぎゃー!」


背後から現れた仲間たちの声にあらしは奇声を上げた。4人を待たせている事をすっかり忘れていた。
この手の中のものを見せてもいいものだろうかとあらしが一瞬躊躇したその隙に、シロとクロがそれを発見した。



「っぎゃー!何だよそれ、キモー!」
「すごーい!これって心臓ー?初めて見たわー!」
「こら、女の子がそんなグロテスクなものを持つんじゃありません!」


クロは叫ぶしシロは心臓奪うしそれを華蓮が止めるしウミは失神寸前だしでその場は混乱に包まれた。
あらしは声を張り上げて止めに掛かる。


「ちょっと待って皆落ち着けー!それまだ完全な心臓じゃないの!生じゃないの!」
「はあ?」
「どういう意味ですか?」
「死神と愉快な仲間たちの手作り未完成心臓なんだよ」
「「なんか余計キモイー!」」


とりあえずあらしはその場に皆を座らせて、事の次第を説明した。
話していいものかどうか悩んだが、自分1人では、どうしても分からなかった。
それに、この仲間たちに話してはいけないものなんて、無いように思えるから。


「と、いう訳で、この心臓を本物の心臓にしようと思うんだけど」


あらしが説明し終えると、黙って聞いていた4人を代表して華蓮が一言。


「元凶である人の心臓を使えばいいんじゃないですか?」
「責任とって?!いやいや、もう死神もあの人も行っちゃったし」
「何なら私が抉り取ってあげましょうか」
「聞いて!僕の話聞いて華蓮!死神が好きじゃないのは知ってるから!」


まったく冗談を言っていない華蓮をあらしが止める。
その間にシロはしげしげと手の中の心臓を観察していた。クロとウミはそれを遠巻きに見ている。


「動いてないわー心臓なのにー」
「未完成とか言ってたからな……本物かと思って倒れる所だった……」
「シロ、よく持てんなあそんなの。いくら偽者でも気持ちわりいほどそっくりじゃねーか」


男の方が度胸が無いらしい。シロはにっこり笑って、言った。


「心臓ってどんな味がするのかしらー」
「「待て待てー!」」


パーンとあらしが急いで心臓を奪い取る。シロはぷくーと頬を膨らませた。


「冗談よー!本当に食べるわけ無いでしょー!」
「いや可能性がとてつもなくあったから慌てたんだよ!」
「あたしそんなに何でも食べないわよー」
「「食べるだろ?!」」


手を伸ばしてくるシロからあらしは必死に心臓を守る。このままじゃ命が芽吹く前に食物となってしまう。
そんな食うか食われるかの接戦を尻目に、華蓮が真剣に考え始めた。


「しかし、それだけ心臓らしいのに、一体何が足りないんですか?」
「さあ……空っぽだ、とは言ってたけど」
「心臓と言えば、血液を体に回すポンプの役割があるって聞いた事が……」


言いながら、ウミは嫌な想像をしてしまったのか顔色を青くした。
皆も、ウミが言わんとしている事を理解して頷きあった。


「「血液か!」」
「えっ待ってそんなグロテスクなの?何か違くない?」


さすがにあらしが思い直す。自分が責任持って預かったのだから、責任持って心臓を守る義務があるのだ。
突っ走ってもしこの心臓を駄目にしてしまったりしたら、その時は己のものを返すしかなくなってしまう。


「血、だったら、体の方にあるんだからいらないと思うんだけどな。ね、ね?」
「確かに……」
「じゃあー、この中に何を入れれば動くのかしらー」


諦めの悪いシロがまだ手を伸ばしてくるので、あらしは考えながら懸命に避ける。
巧みに手を移動させながら、あらしは死神の言葉を思い出していた。


「去り際に、こんな事言ってたよ」
「どんな?」
「物理的な空っぽではなく、もっと大切なものが抜けてるみたいだ、って」


余計分からない。皆で頭を抱えた。


「放つ言葉全てが意味不明ですね……」
「物理的じゃないってじゃあ一体何をどうやって入れればいいんだよ黒いアホー」
「っだー!やめだやめだ!オレ考えんの苦手なんだ!」


とうとうクロがさじを投げた。しかしただ投げただけではないらしい。
立ち上がったクロは、振り返って何かを企んだ顔でニイッと笑った。


「オレたちだけじゃ分かんねーんなら、他の奴に聞こうぜ!」
「「他の奴?」」
「知り合い……つっても、ここから一番近い所にいる奴に、だ!」


人に尋ねるというのはいいアイディアだと思う。が、ここから一番近い所にいる奴とか言われても。
ここは平野のど真ん中で、知り合いはおろか手近な村さえない。


「……とりあえず、進んでみようか……」
「そうねー、お腹空いてきたものねー」
「何かあるかもしれないからな……」
「こんな所でじっとしているよりは、いくらかましでしょう」
「おいおいー、諦めたような顔してんじゃねーよ!オレがせっかくナイスな提案してやったっつーのに!」


三輪車に引かれて、旅人達と心臓を乗せたボロ箱はゆっくりと進み始めた。

05/04/20