出会い 「オオカミ女は月に鳴く」前編
僕はあらし。こう見えても普通の人間だ。平凡で特別なところは何もない。疑いようの無い凡人だ。
僕はついこの前までは気ままな一人旅をしていた。それがいつの間にか3人旅になって、そして4人旅になっている。いや、人と呼んでもいいものだろうか……。
悪魔と天使に続いて旅の仲間になったのは、自称人魚だった。
人魚の名はウミ。性別は男。はぐれた仲間を探して海から出てきたらしい。
とある行商人のおっちゃんに騙されて「世にも珍しい干からびる人間」として繋がれていたのを色々あって僕が助けてしまったのだ。
そう、このウミ、水分を取らないと干からびてしまうらしい。
何でも、人魚は人間の姿になるとこまめに水分を摂取しなければならないらしく。本当なのか僕は今でも疑ってるんだけど……。
とりあえず今僕はウミが干からびてしまわないように、その背中にタルを縛り付けてやっている所だ。
タルは、行商人のおっちゃんから逃げる時にクロが思わず持ってきてしまった物だ。
「…何故タルを背負わなければならないんだ?」
ウミはすごく不服そうな顔をしている。まあ、当然の反応だよな。
タルを背負っているその姿は……いや、言わないでおこう。
「ぎゃははは!すんげー愉快な姿だなおいー!」
「あはははー!」
ちっ!せっかく僕が我慢してたのにクロとシロが笑っちゃ台無しじゃないか。
「笑うな!好きでタル背負ってるんじゃない!」
「「ははははは!」」
「黙れ」
「「はい」」
「刃物」を出すと、クロとシロはとたんに大人しくなる。何故だろう?
……まあいいか。このタルの事説明しなきゃいけないし。
「いいか、このタルにはヒビが入ってるんだ。これを体の方に向けながら背負うと……ほら、中に入った水が少しづつ染み出して来るんだよ。これで干からびないだろ?」
「「おおー」」
説明すると、ウミだけじゃなくクロもシロも感心した様子だった。ちょっと得意気になる。
「それじゃあ行こうか。町出ちゃったし、今日は野宿だな……」
「あたし野宿初めて!楽しみだなー」
「川が近くにあると良いな」
「夜は花火しようぜ花火!」
「キャンプじゃないんだぞ!」
ああ、本気で引率の先生気分になってきた……何だか涙が出そう。
僕は内心ため息をつきながら、はしゃぐ3人(?)をつれて歩き出すのだった。
僕らは川沿いを歩いていた。ウミが「川の近くが良い」と言ってきかないからだ。
タルの水は1日は持つのに……まあいいけど。川が近くにあると何かと便利だし。
辺りはそろそろ暗くなってきている。早めに休めそうな場所を見つけないとな。
木の根元辺りを見ていた僕は、かすかな人の声を耳にした。
「誰かいる見たいだなー」
クロも気付いたらしい。どうやら少し遠くのほうにいるみたいだ。
「何、何?夜盗?」
「不吉な事言うなよ……どうしようか、このまま離れる?」
「しかしもう行ってしまったぞ」
え?とウミを見ると、彼はピッと声のした方を指差した。そういえばクロの姿が忽然と消えてしまっている……。
あ、あいつー!勝手に様子見に行ったのか!
仕方なく僕は、シロとウミをつれてクロの後を追った。
クロは、そこら辺の茂みに身を隠して前方をじーっと覗いていた。
明らかに怪しい姿だったが、僕も習って同じように前を見てみた。そこにいたのは……。
「おうおうおう、お前一体何様なんだ、ああん?」
「金目のもの全部渡せって言ってんだよ、聞こえねえのか?」
すんごいガラの悪い兄ちゃんが3人。1人は偉そうに後ろの方に立ってるからリーダーか何かなんだろう。見たまんま悪役っぽい顔。
その3人の目の前にいるのは……1人の女だった。
ははあ、あのねーちゃんにあいつらがいちゃもんつけてるって訳か。
……もしかしたらあの3人の男達、本当に夜盗か何かかもしれない……。
1人ただ立っていたねーちゃんは、少しも怯える様子を見せずに言った。
「ですから、あなた達のような汚らしい小者のような悪党に渡すような代物はありませんと、さっきから言ってるじゃありませんか」
……何つーか……敬語なんだけど言ってる事はすごくきついっていうか……むしろ丁寧に言ってる分辛辣度が増してるっていうか……。
とりあえず、男3人の神経を逆なでしている事は疑いようも無い。
「てめえ!まだ言うか!」
「何ならお前ごともらっても良いんだぜ?へへへ……」
「ご冗談を。私を汚す気ですか?視線が合うだけでもその下品さが感染してしまいますよ」
「「……!」」
あーあ……ほら見ろ、あの男達、今にも飛び掛りそうな勢いじゃないか。
何だかあのねーちゃんの自業自得のような気がするんだけど、さすがにこのままだと危なそうだ。
ああどうしよう。助けるか……?
「そうやってまた厄介ごとが増えていくんだよなー」
「お前が言うなお前がっ!」
くわっとクロに叫んだ後、僕はその場に立ち上がった。ええーい、もうどうにでもなれだ。
それを見て、他の3人も立ち上がる。
「?!」
「な、誰だお前達!」
男達の反応は当然のものだった。ねーちゃんも驚いた顔をしている。
「もしかして……助けてくれるんですか?そこの平凡そうな人」
いちいちすごく助けたくなくなるんですけどこの人。
でももう遅い。男達はこちらを敵と認識したみたいだった。今更だけど、ちょっと後悔……。
「よしクロ、お前あいつらを倒してやれ!」
「はあ?何でまたオレなんだよー」
「だってシロは食べそうだし、ウミは見る限り役に立たなそうだし」
「おい」
何だか小さな抗議が聞こえた気がしたけど、無視だ。
「それに武器らしきものを持ってるのはクロだけだしね」
「……ちょっと待て、お前も持ってるだろ?」
クロはいきなり訳の分からない事を言ってきた。僕が武器を持ってるだって?
「持って無いよ。見れば分かるじゃないか」
「いや、時々出すじゃんか。何か……でっかい包丁みたいなのを」
「出さないよそんなもの」
「いや出してるって!」
「証拠はあるのか?」
そう言うと、クロはぐっと黙り込んだ。僕の勝ちだ。
「ちっ、行きますよ行きますよ。このクロ様があいつらをあっという間にのしてやらぁ」
クロはぶーたれながらも背中に担いでいた三つまたのヤリを取り出した。
やっぱりあれで戦うのか……強いのかな?
「いくぞ『ぐんぐにる』!」
「「!!」」
「どりゃああぁ!」
クロは掛け声を上げながら勢いよく手を振りかぶると、ていやっとヤリを男達に向かって投げた!
「ぐわーっ!」
「「ぎゃ――!」」
飛んできたヤリにブッスと刺された1人の男は、そのまま仰向けに倒れてしまった。
うわー!人殺しちゃったよー!
「い、いくら何でもやり過ぎだろクロ!」
「あー大丈夫大丈夫。あれ、刺さってもグースカ寝るだけだから」
「……へ?」
ああ本当だ。ヤリが刺さったままいびき掻き始めたよあの人……。
なるほど、悪魔のヤリだけあって不思議な能力があるんだなあ。
……ってこの後は?
「……あ゛――!しまったあ!投げたら戻ってこねえじゃん!」
「アホかっ!」
「くそっ、ふざけやがって!」
こっちが馬鹿なことやっている間に、生き(?)残った男の中の1人がつっこんできた。
しかも、あろうことかシロの方へ。
あ、危ない!
ガブッ
「ぎゃ――――!」
言わんこっちゃない……。そろそろ夕飯時の今、シロはとても飢えているというのに。
一番弱そうだからと狙ったに違いないが、正直言ってこの中である意味一番危険なのはシロだ。人選誤ったな。
「うえー、まずーい……」
幸いシロはすぐに男の手を吐き出した。味が悪くてよかったな男。
とりあえず、これで残りはあのリーダー格の男だけとなった。
「うわー!あなたたち、見かけによらずそれなりに強いんですね!」
ねーちゃんが何か言ってるけどまたこれも無視。
男はしばらく悔しそうにフルフル立っていたけど、いきなりバッと駆け出した。
逃げるか?!と思ったが、男が駆け寄ったのはボーっと立っていたねーちゃんだった。
「くそーっ!これでどうだ!」
「きゃー!」
何と男はねーちゃんを川へと放り投げたのだ。どぼーんとねーちゃんが川に落ちている間に、男はすたこら逃げ出し始める。
この隙に自分だけ逃げる気かあんにゃろー!
どっどうしよう。この川意外に深そうだし、ねーちゃんが流されてしまう!
と、その時だった。今まで特に動いてなかったウミが、勢いよく川に飛び込んだのは。
「ウミ?!」
果たして、ねーちゃんとウミの運命は?!
っていうかあのねーちゃん、一体誰なんだ……?
後編につづく
03/11/29