出会い 「人魚の干物に水分を」



僕はあらし。こう見えても普通の人間だ。平凡で特別なところは何もない。疑いようの無い凡人だ。
僕はついこの前までは気ままな一人旅をしていた。それが、いつの間にか3人旅になっている。いや、人と呼んでもいいものだろうか……。
旅の仲間になったのは、れっきとした悪魔と天使だった。


悪魔の名はクロ。性別は男。何つーか……馬鹿な事ばかり言ってる。黙って立ってればイケメンの兄ちゃんだと思うんだけどねえ……。
最初会ったときは気付かなかったけど、背中に三つまたのヤリを担いでいる。本人は「ぐんぐにる」ってひらがな発音でそのヤリを呼んでいた。
怠けすぎて地獄を追い出されたらしい。

天使の名はシロ。性別は女。とにかく何でも食べる。こっちも黙って立ってれば普通に可愛い女の子なんだけどなあ……2人ともとてももったいないと思う。
いつも笑顔のままで、特に何も持ってない。ああ、きっと敵とかが現れたらそのままペロリと食べてしまうんだろう。本当に天使なのかと疑いたくなる。
色々食べ過ぎて天国を追い出されたらしい。

この、名前も境遇(?)も似ている2人がお仕置き中の所に僕が運悪く出会ってしまって、こうやって付きまとわれているという訳だ。
……いいけどさ。もう。



僕らは、山のふもとにある町に来ていた。クロとシロにとっては初めての町みたいで、さっきから大はしゃぎだ。
恥ずかしいから少しは落ち着いて欲しいよ……。


「ほら、ちょっと待てってば!少しはおとなしくしてろよ!」


そう呼んでも、二人はちっとも反応しない。
おのれ……僕が控えめに注意してやっているというのに……。


「おとなしくしろっつってんだろがああっ?」


ちょうど手に持っていた「刃物」を振りかざすと、2人はピタッとおとなしくなった。
なんだ、やれば出来るんじゃないか。ちょっと顔が引きつってるけど。
通りすがりの町人も何だか怯えてるような気がしたけど、気にしないでおく事にした。


「ほらいくよ。ゆっくり町見せてやるから」
「「はーい」」


すっかり引率の先生気分で町の中を練り歩いていると、ゴミ捨て場に一抱えほどの大きさのタルを捨てているおじさんを見かけた。
まだ使えそうなのになあ。疑問に思った僕は、そのおじさんに尋ねてみた。


「すいません。それ、捨てるんですか?」
「ん?ああ、そうだよ」
「まだ使えそうじゃないですか」
「それがなあ。ここ、見てくれよ」


おじさんが指差す場所を見てみると……あらら、結構大きなヒビが出来てる。


「ここから水がどんどんにじみ出るもんでね。少しずつだが、やっぱりもったいないだろう?」
「ですねー」


ありがとうございます、とおじさんにお礼を言って僕は向き直った。そこにはクロとシロがいるはずなのだが……。
あのわずかな時間で、またいなくなっていた。しかも2人とも!


「ど、どこいったんだ?」
「お仲間かい?あっちにいったよ」


親切なおじさんが指差した方向には……ああ本当だ。黒いのと白いのが並んで何かを見つめてた。

2人は悪魔と天使だが、見た目は普通に人間だ。噂に聞くと、悪魔にも天使にもそれぞれ翼があった気がするんだけど……。
前に見た事のある天使にも真っ白な翼が生えてたし。でも、2人にはそれが無い。
聞いてみたら、シロが答えてくれた。


「ちゃんと翼はあるのよー。今は見えなくしてるだけー。便利よねー」
「んだんだ」


その後ろでクロも頷いてたから本当なんだろう。確かに便利だ。

2人が立っていたのは、あちこちを移動しながら商売している行商人の店の前だった。
行商人の店には各地の珍しいものが色々売ってあるから僕も好きなんだけど、一体何を見てるんだ?


「何か、珍しいものでもあった?」


そばによって尋ねてみたら、2人同時にこっちを振り返ってきた。


「珍しいっちゅーか、変なもんだな」
「うん。不味そうだわー」
「はあ?」


そんなに変なものが売ってあるのか。僕は少しワクワクしながらその変なものを見てみた。
それは……。


やけに干からびた……たぶん、人間の男だった。しかも首輪付き。


「―――?!」
「生きてんのかしらこれー」
「五分五分だな」


冷静に……いや、呑気に喋ってるクロとシロはほっといて、僕はあわててしゃがみこんだ。
その男の体を揺さぶって、声をかけてみる。


「す、すいませーん。生きてますかー?」
「……う、う……」


おお、かすかなうめき声。どうやらまだ死んではいないらしい。


「み……み……」
「え?」
「み…ず……」


頑張ってそれだけ言うと、男はまたパタッと倒れてしまった。
えーっと……。つまり、水分不足でこんなに干からびちゃった、というのか……?


「と、とりあえず水、水。クロ、そこの噴水から水持ってきてくれ」
「はー?何でオレなんだよー」
「シロじゃあ飲んじゃうだろ」
「……へーい」


納得したらしいクロは、ちょうど捨ててあったタルを抱えて噴水の水を入れた。あ、あれヒビが入ってたはず。まあいいか。
そのままクロは、たっぷり水の入ったタルを抱えて戻ってくると、いきなり干からびた男へと水をぶっ掛けやがった。
うわ、こっちもちょっと濡れたぞ!


「いきなり何するんだ!」
「だって、こいつに水やるんだろ?」
「こんなに干からびてるんだから飲ましてやらなくちゃ駄目だろ!」
「あー助かったー」
「って生き返るのかよ!」


僕はそのままのノリでついむっくりと起き上がった男にもつっこんでしまった。
だって今までカラカラの干物になってた奴が、水ぶっ掛けただけで起き上がるんだもの。
ていうか、人間じゃないだろ……。


「ありがとう。おかげで干物にならずにすんだ」
「いや、さっきもうなってたし」
「さすがにもう駄目かと思った。水分が全然無いもんだからさ」


こっちは無視で男は1人で喋っている。ああ、助けなければ良かった。


「俺はウミ。人魚だ。あんたらは?」
「オレはクロ。こっちがシロで、そっちがあらし」
「よろしくー♪」
「よろし……。……は?」


僕は耳を疑った。今、とても聞いてはいけない事を聞いた気がしたんだけど……。


「なるほどなー。人魚だったら干からびてたのも分かるぜ」
「人魚の干物ねー」
「ちょ、ちょっと待って、さっきの台詞、もう一度言ってみて?」
「俺はウミ」
「その後」
「あんたらは?」
「……その前」
「人魚だ」
「それだ――!」


僕が叫ぶと、その人魚とか言うウミも、クロもシロもえっという顔をしてきた。


「何か可笑しいところがあったか?」
「たかが人魚じゃねーか」
「どこに驚いたっていうのー?」
「いやいやいや。あんたらはどうか知らないけど、人間にとっては人魚は珍しいんだよ!」


むしろ絶滅したとか存在してないとかすら言われてるんだけど。
すると、ウミはへぇという風にしきりに首を縦に振った。


「なるほど、だからか」
「何が?」
「俺は今、はぐれた仲間を探して旅をしているんだが」


つまり迷子か。


「ここの行商人に俺が人魚だってことを話したら仲間を知っているといきなり言い出してきてな、連れて行ってやろうと言われてついて行ったらこうやって繋がれてしまった訳さ」


そんなにあっさりと騙されるなよ……。


「それまでは海沿いを歩いたし水も切らさないようにしてたんだが、あのおっさんがケチ臭くて思わず干物にされてしまう所だったんだ」
「ふーん……」


深刻な事態なんだろうけどイマイチ緊張が湧かない。大体、本当にこいつが人魚なのかさえ分からないんだし。


「……お前、信じてないだろう」
「だってねえ……姿も人間だし」


そう、ウミは良く聞く、いわゆる下半身魚ではない。ちゃんと2本足がついているのだ。
すると、ウミはフンと鼻から息を噴き出して見せた。


「陸を歩くのにヒレでどうするんだ。俺たち人魚は人間の姿にちゃんとなれるんだぞ。まあ、その場合は体に水分をこまめに摂取しなけりゃならないんだがな」
「へー」


それは初耳だ。人魚にも色々あるんだな。……というか、本当なのか?
まあ、実際干からびてたけどさ。
僕が頷くのを見て、ウミはしかめっ面で言ってきた。


「そこでものは相談なんだが」
「ん?」
「この首輪をはずしてくれないか?また干からびるのはごめんだからな」
「えー……」


たしかにその気持ちは良く分かる。だけど、僕は以前余計な事をしてひどい目にあってるから、ちょっとためらってしまう……。
その様子を見て、僕の後悔の種たちがブーブー言ってきやがった。


「おいあらし、何躊躇してんだよ」
「可哀相じゃん、助けてあげなよー」
「躊躇わせる原因がブーブー言うんじゃないっ!」


シャッと「刃物」を閃かすと、クロとシロがひゃーと一歩下がるのと同時に「スパン」と何とも小気味良い音が耳に入ってきた。

ああ……激しくついてない予感が……。


「……おお切れた!ありがとうあらし、とかいう人間!」


ああやっぱり!ウミのつながれていた首輪は、そりゃもう見事に僕の「刃物」によって切断されていた。
こっこれは神様とやらのいたずらとしか思えない!

と、その時、


「ああこら!世にも珍しい干からびる人間を逃がしやがったな!」


ウミを騙くらかしたという行商人だ。やっぱりこのおっさんも信じてなかったか……。

と、とりあえず……。


「逃げろ!」
「やっぱりー?」
「金払いたくねーしな」


僕とクロとシロはダッシュで逃げ出した。しかし、何故だかウミまでついてくる。


「何でお前までついて来るんだよー!」
「まさか、このまま俺をほっておくとでも言うのか?」


僕としては出来る限りほっておきたかった。


「陸の上の事はさっぱり分からない。こうなったら干物になってでもついていくからな!」
「えー!干物じゃ美味しくなくなるじゃないー!」
「よーし非常食って訳だな!これで食料もOKだぜ!」
「おい待て!人魚は食い物じゃないぞ!」


まとめて3匹、あのおっさんに引き渡したい気分だ……。


その願いも叶うことなく、僕は悪魔と天使と人魚と共に走るのだった。

03/11/26



 

 

 















非常食(ウミ)ゲット!
人魚の設定、勝手に変えてしまいました。すいません…。本物はきっと干からびません。