出会い  「悪魔と天使と凡人と」



僕はあらし。こう見えても普通の人間だ。平凡で特別なところは何もない。疑いようの無い凡人だ。
僕は気ままな一人旅をしている。まあ、寂しくなる事もあるけど、基本的に一人旅は良い。もめる事もないし、面倒な事も無い。
何よりも、こうやってのんびりと歩いて旅をする事が出来る。
これからも僕は、一人旅を続けていくだろう。


と、思っていた。


それはある昼下がり、岩肌の目立つ山の道を歩いている時だった。
ふと、何か人の声が聞こえた気がした。この道をそれて、少し左に行ったほうからだ。
止めときゃ良かったのに、その時の僕は興味を覚えて声のする方へと歩いていってしまった。好奇心、というやつだ。

その時の事を、僕は今でも後悔しているんだけど。

道をそれたら、周りには岩岩岩、岩しかない。こんな山なんだから仕方ないけど。
道があるだけ感謝だ。
声は、意外に近くで聞こえた。何だか「これをどけろー」とか「お腹すいたー」とか聞こえてきたような気がする。
声からして男と女、2人かな?
ふと、目の前が開けた。広い場所に出たのだ。


奇妙な光景だった。1人の男が、巨大な岩に押しつぶされている。その隣には、1人の少女が岩で出来た牢屋に入れられている。
そしてそいつらは、いわゆる「人間」ではなかったのだ。


「あ、人だー」


少女の方が僕に気付いて口を開いた。さっき「お腹すいたー」とか言ってた方だ。
その声に、岩に押しつぶされている男がこっちを見上げてきた。生きてたんだ……。


「おお本当だ、人間だな」
「ねー」


2人はのんきに会話をしている。が、僕はとても声を出せる状態ではなかった。
驚きすぎて、言葉が出なかったのだ。
何が驚いたかって、この2人にだ。だって……。

押しつぶされている男の方は、どう見たって「悪魔」そのもので、

牢屋の中に入っている少女の方は、どう見たって「天使」以外の何者でもなく。

いや、悪魔と天使に会えた事に驚いてるんじゃない。最近では国際化?してきたらしく、結構町とかで見かける事があるんだけれども……。
この状態の……いわゆる罰を受けているような悪魔と天使に会うのは初めてだった。


「おーい、聞いてるかー?」


僕はそう声をかけられるまで、ずっと放心状態だったようだ。
ハッとして悪魔と天使を見ると、2人ともじっとこっちを見つめていた。


「やっと気付いたぜ」
「上の空、ってやつだったわねー」


失礼な。僕の深い思考を上の空の一言で片付けるとは。
まあ、確かに昔、考えすぎて人の話を聞いてなかったことは良くあったりはしたけど……。
とりあえず、この2人に声をかけてみる事にした。


「君らは、誰?……というか、何?」
「おお、オレはあれだ、実は悪魔なんだぜ!」
「驚かないでよ、私は天使なんだからー!」
「いや見たまんまだし。名前は?」
「クロ!」
「シロ!」


2人は……悪魔のクロと天使のシロは、声をそろえて答えた。
何つーか……どちらもすごく安易な名前だ……。


「2人は……コンビか何か?」
「いや、ここで初めて会ったんだが」
「2人ともお仕置き中なのよー。まさに似たもの同士ね!」
「だな!」
「ふーん……お仕置きって、何をやったのさ?」


すると、クロの方が実に深刻そうな顔になった。


「それには……いろいろと深い事情があってな……」
「……!い、一体どんな……?」
「オレがサボりまくったせいで『少し頭を冷やして来い』だとよ。ああ実に心の狭い奴らだぜ。ちょっと昼寝してたらこれだもんなー」
「………」


蹴り倒したくなったが、岩に押しつぶされている状態なんで思いとどまっておいた。
すると、今度はシロの方が相変わらず笑顔のまま言ってきた。


「私はねー。お腹空いたからたくさん食べたのよー。そしたら『これ以上食い尽くすな』って土下座されてねー。ここに入れられたって訳よー」
「………」


少なくとも、クロよりは深刻な事情のように思えた。
一体可愛い顔してどれだけ食べるんだこの天使は……。


「なあ、ちっと頼みたい事があるんだけどよー」
「そう、そうなのよー」
「頼みたい事?」


いきなり手を合わせてきた2人に、僕は首をかしげた。こんな状態で頼みたい事といえば……一つしかないだろう。


「ここから……」
「無理」
「うわ断るの早っ!」
「まだ何も言ってなかったのにー」
「当ったり前だろう」


僕はふーっとため息をついて、首を振って見せた。


「どうせここから出してくれって言うんだろ?無理無理。一体この凡人の僕がどうやって固そうなその岩から君らを助け出せるっていうんだ」
「自分で凡人とか言ってらぁ」
「事実なんでね。それにお仕置き中なんだろ?ちゃんと反省しとけっ」


僕はくるりと2人に背を向けて、元来た道に戻ろうとした。
こういうのにかかわるとロクな事が無い。ほおっておいても大丈夫だろうし。
すると、背後から慌てた声がした。


「お、おい待てよ!本気かコラァ!」
「ちょっと待ってよー!」


去るのがちょっとためらわれるが、無視無視。大体自業自得じゃないか。僕が助ける義理も無い。
このまま本気で僕が帰るらしいことが分かると、クロもシロもいろんなことを言ってきやがった。
まあ、どれも無視だけど。


「こんなろー!鬼かお前はー!」
「人でなしー!」


無視、無視。


「血も涙も無い極悪人ー!」
「トンマー!」


……さすがにムカついてきたが、きっともうすぐ聞こえなくなるだろう。無視だ。


「脳みそスポンジ!腐ったニンジンのしっぽ!」
「アンポンターン!お前の母ちゃんデベソー!」


……無視……無……


「このチビ野郎!」


……ああ……どこかで「プッツン」って音が聞こえたよ……。

僕はいつの間にか立ち止まっていた。そして、僕の手にはいつの間にか「刃物」が握られている。
ちょうどいいや、これ。


「……お、おいちょっと待て。何だその手に持ってるどでかい包丁みたいなものは……?」
「どこから出したのー?」


怯えた視線を感じたけれど、僕の頭の中は真っ白状態だった。
こう言う状態を「頭に血が上る」というのかーと、後ほど思ったり。


僕はちょうど手に持っていた「刃物」をぶんぶか振り回した。


「誰がチビだごらぁーっ!」
「「ぎゃー!!」」


上がる悲鳴に、何かのガラガラと崩れる音。そこでようやく僕はハッとした。
手にはもう「刃物」はなかったけど……。

目の前には、原形を留めない岩の山。


「……あちゃー」


僕は自然と頭に手をやっていた。今までの経験上、どうやら僕はキレやすい性格らしい。
1人旅立ったから、あまりキレる機会というのはなかったけど……。
キレると周りが見えなくなるのが欠点だ。


「いででで……お前なーいきなりキレ出すなよなー」
「死ぬかと思ったー」


ガラガラと崩れた岩の中からクロとシロが顔を出してきた。ああ、どうやら運良く生き残ったみたいだ。
……あれ?という事は……?


「あー!あたしたち外に出れてるー!」
「うおーマジで?!……本当だー!」
「し、しまったー!」


僕は思わず頭を抱えた。これじゃあ、二人をただ助け出しただけみたいじゃないか。
クロもシロも、嬉しそうにニヤニヤしながら僕の肩を叩いてきた。


「どうもありがとよ人間」
「そういえばあなた何て名前?記念に聞いといてあげるー」
「……あらし」


ずいぶんと偉そうに尋ねてきたが、僕は一応名乗っておいた。すると、2人はもっとニヤニヤしてきた。
すごく嫌な予感がする。


「そうか、ところであらし、もう一つ頼みたい事があるんだけどよ?」
「な、何?」
「ほらあたしたちお仕置き中だったのに外に出ちゃったでしょー?」
「……そう、だね」
「つまり、このままだともっと叱られちまうわけよ」
「そんなのやだから、ここから逃げなきゃって思うんだけどー」
「オレら外にあんま出た事ないからさ、地理とか全然わっかんねーんだ」
「そういうこと♪」
「へへー、つまり、何が言いたいのかなー?」


聞かなくても僕は確信していた。
こいつら、きっと僕のこれからの人生を変えてしまうような言葉を笑顔で言うんだ。


「つまりー」
「「一緒に連れて行け!」」
「って事だ!」
「ほらきたーっ!」


僕はダッシュで逃げようとした。
しかしクロとシロがガッチリと腕をつかんで離さないので、それも叶わない。
くそー、妙にチームワークがいいなこいつら……!


「何だよ、お前が逃がしたんだろ?」
「それをほっとくっていうのー?ムセキニンー」
「責任とれっつーの!」
「それこそ無責任な話じゃないかーっ!」


僕は何とか2人を振り切って逃げ出したんだけど、クロもシロもしつこく後をついてくる。


「待て待てー!」
「地の底までも追ってやるかんなー!」
「ぎゃーついて来んなこのストーカー!」


結局僕が力尽きて、気楽な一人旅は終わりを告げたのだった。


一体これからどうなるのかは分からないけど、これだけは言える。

平凡な日々は、絶対帰ってこないんだろうな……はあ……。

03/11/24



 

 















あらしとクロとシロの出会いでした。
「刃物」については、今のところはただ「キレると出てくる謎の刃物」とだけ覚えておいて下さい。