出会い 「オオカミ女は月に鳴く」後編
○前回のあらすじ
言う事がキツイねーちゃんが川に落ちたらウミがそれを追いかけて落ちた。
どぼーん!
ウミの姿が川の中へ消えると共に、激しい水の音があたりに響いた。
僕はあわてて川の方へ駆け寄る。
「ウミ!」
「きゃーっすごーい!」
すぐさま川を覗き込んだシロが感嘆の声を上げた。何だ?と思ってたら、すぐに水の中からウミが姿を現した。
その姿は……!
うわー!本物の人魚だ!下半身魚だよ!
「ただの干からびる人間じゃなかったんだー!」
「待てー!やっぱりまだ信じてなかったなお前!」
思わず僕が叫ぶと、ザバーンとウミが川から上がってきた。
その腕にはさっきのねーちゃんがつかまれている。役に立ったな非常食候補!
ねーちゃんはゲホゲホ水を吐き出すと、シロに引っ張られて陸に這い上がってきた。
「ああ、ひどい目にあいましたよ……ありがとうございます半魚人さん」
「おれは人魚だ!」
何かのプライドがあるらしく、自力で川から上がりながらウミが叫んだ。
よく見ればその足は人間の2本足。自由自在に変えられるのか……便利だなあ人魚。
「そういえばあの不味い人たちどうなったのよー?」
「あ!そういえば……」
「1人あっちに逃げてったぞー」
一生懸命眠っている男からヤリを引っこ抜いてたクロが指差した。
そんなに深く刺さってたのか……。力は強いんだなきっと、ただ眠らせるだけのヤリだけど。
すると、急にねーちゃんがぐったりしていた状態からガバッと起き上がった。
「私を投げ落として逃げるなんて、許せません!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて……!」
「今武器も持って無いし1人だし、背中を狙えば私でも簡単に復讐が出来るってもんですね、フフフ……」
自分が有利だと分かったとたん強気になるのかこの女。
「そうと分かれば殺るまでです!待ちなさい!」
「あーこら待てっ!」
僕が止めようとしたけど遅かった。ねーちゃんはさっと身を翻すとあっという間に逃げた男へと駆け出してしまった。
ずいぶんと足速いな!
「しまったどうしよう!このままじゃあの男が殺られてしまう!」
「良いんじゃねーの?先に絡んだのはあっちだろ?」
「ダメよー無益な殺生はー」
おお、シロが何だかまともな事を言っている。
「死肉はもっと不味くなんのよー」
「そうじゃないだろグルメ天使っ!」
あーもう、僕がこうやって「刃物」振り回している間にも人が殺られているのかもしれないのに!
「どうするんだ、追いかけるのか?」
タルを律儀に背負い直しながらのウミの言葉に僕はハッとした。
そうだ、とりあえずはあのねーちゃんを追いかけよう。
ねーちゃんを助けるはずがいつの間にか絡んできた男の方を助ける事になってしまったのに疑問が残るが、僕らはあわてて駆け出したのだった。
2人は意外に近くにいた。あの男の足が遅くてねーちゃんがすぐに追いついたって奴だろう。
空は、そろそろ太陽が完全に沈みそうだ。
「まだ死肉になってないわねあの人ー」
「死肉言うなっ!」
「なあ、あのねーちゃん何か手に持ってんぞ?」
「男に突きつけてるな」
「え?」
クロとウミが言うねーちゃんが持ってたもの、それは……。
鈍い光を放つ、黒い小型拳銃だった。な、何て物騒な!
「あれは拳銃だ……!」
「鉄砲か?」
「そうそう、それだよウミ」
「火縄銃か」
「いやそれはちょっと違うっていうか……ずいぶんと古い知識だなクロ……」
「おいしいの?」
「食いもんじゃないよシロ」
あほな事言っている間に、ねーちゃんは怯える男に拳銃をさらに突きつけていた。
「私に絡んだのが間違いでしたね……。汚い死に顔さらしてさっさとあの世に逝っちゃって下さい」
うわ怖っ!男危ない!ねーちゃんの指が、引き金を引く一瞬前、
「ちょっと待ったー!」
僕は思わず「刃物」を男の方へ投げていた。
「刃物」は弾が男に当たる前に男の首元の服に引っかかり、そのままストンと近くの木に突き刺さった。男を引っ掛けたまま。
男がその場から動いた事により、弾は目標を見失ってそのままヒュンっとどこかに飛んでいってしまった。
……えーっと、とりあえず……。
「ナ、ナイスコントロール自分!」
「嘘付けっ!」
「汗出てんぞ汗ー」
くそ、うまく取り繕うと思ったのに余計なつっこみを!
するとねーちゃんがすごく悔しそうにこっちを振り返ってきた。
「もー何するんですか!頭狙ってたのに!」
「いやいやグロイよ!」
「もう時間無いんですから!」
時間?
その時、かなり暗かった周りがさっと明るくなった。月が出たのだ。
今日は綺麗な満月だ。
空に浮かぶ丸い月を見た瞬間、ねーちゃんがびくっと震えた。そしてそのままぶるぶると震え出す。
ま、まさか……これって……。
「もしかして……変身するのか……?!」
何だか本で見たことあるぞ。
満月を見たらある動物に変身する人間の話……。その名も、オオカミ人間!
「変身?!魚にか?!」
「ヒーローか?!ヒーローに変身すんのか?!」
「オオカミだよ!」
「なんだー美味しいものじゃないのねー」
4人でおろおろしている間に、ねーちゃんはどんどん変身していた。
茶色の耳が出てきて、くるんと曲がった尾が出てきて、鼻もとがってきて……。
ああ、このままオオカミ女になって、恐ろしい鳴き声をあげるんだ、アオーンって!
僕らが見守る中、変身しきったねーちゃんは月を見て吼える!
アオーン!
その姿は中途半端な人間の姿ではなく、完璧なオオカミそのもの!
……だと思う。オオカミ、たぶんオオカミだ。
つぶらな瞳が愛らしく軽く尻尾も振ってるがたぶんオオカミだ。
何だか犬に見えなくも無いけどきっとオオカミだろう。うん。
おそらくオオカミのねーちゃんは、ふっとこっちに顔を向けてきた。
「すいません。いきなりで驚かせてしまいましたね」
うわ!おそらくオオカミが普通に喋ってる!
「見たとおり私はオオカミ女です。満月を見るとこのようにオオカミの姿になってしまうんですよ」
よかった。やっぱりオオカミだったらしい。
「改めて自己紹介を。オオカミ女の華蓮です。中華の華に睡蓮の蓮と書きます」
「あ、僕はあらし。で、黒いのがクロで白いのがシロで魚っぽいのがウミ」
「その紹介少しひどくないか?!」
「よろしくなカレン」
「よろしくねカレンー」
どうやら2人ほど漢字発音できないのがいるようだ。例によって小さな抗議は無視。
と、ここで僕はあの不味いらしい男について思い出した。
「そういやあの男どうした?」
「あそこでぐったりしてるぞ」
ウミの指差す方をどれどれと見てみると……うわあ、本当だ。
木に垂直に刺さったままの「刃物」に服が引っ掛けられたまま何だか白目でぐったりしてる。
気絶してるらしいので、僕は「刃物」を抜いて男を解放してやった。
「華蓮、可哀相だからこの辺で許しといてやりなよ」
僕がそう言うと、華蓮はしぶしぶといった様子でうなずいた。
「そうですね……。本当はこのまま頭あたりに喰らいついてもいいんですが」
「だからグロイってば」
「とにかく、今回は助けていただいてありがとうございました」
ペコンとオオカミがお辞儀をするので、僕もあわてて頭を下げた。
「い、いやいやこちらこそ」
「ところで、あらしさんたちはこれからどちらへ?」
「え?どちらへって……」
困ったな。僕の旅には特定の目的地はないし、クロとシロはついて来てるだけ、ウミはまだ仲間がどこにいるか分からない。
つまり、特に行く場所は決まってないのだ。
その事を華蓮に話すと、彼女はにっこりと微笑んだ……ように見えた。オオカミだし。
「そうだったんですか、それならより好都合です」
「は?」
「あのですね、あなた方のたびに私も連れて行って欲しいのです」
「えっ?!どっどうしてまた……」
「私、世の中をもっと知るためにちょうど群れから出て来た所でして」
オオカミ人間だから群れなのか……。
「こいつらお人好しだから色々楽そうだなって思ったわけじゃないですよ?ええ」
「……嘘だ……」
「本当ですって。お願いですよ、1人は不安なんです」
「えー……」
目の前にいるのは一匹のオオカミだが確かに1人の女だ。拳銃持ってるけど。
一人旅が不安な気持ちは分かるが、僕は素直に首を縦に振る事が出来なかった。
何てったって前に散々な目にあってるし……この人明らかにヤバそうだし!
僕が躊躇っていると、散々な目にあわせた張本人たちがブーブー言ってきやがった。
「おいあらしー。また躊躇してんのかよー」
「そんなに悩んだって無駄なあがきだぞ」
「どうせ逃げられないんだから諦めちゃいなさいよー」
「ええーい黙っとけ!少しは運命に逆らわせてくれっ!」
ああ、自分で叫んでて悲しくなってきた。
華蓮は僕らの会話を聞いてニヤッと笑った。どうでも良いけど、オオカミの笑い顔は想像以上に怖い。
「もし断られても、追いかけて噛み付きますよ」
「強引じゃないかそんなのー!」
「あ、逃げた」
「追うぞ野郎ども!」
思わず駆け出した僕を悪魔と天使と人魚とオオカミ女が追いかけてくる。
ああそういえば華蓮ってすんごい足速かったような気がするし!
クロがあのヤリ投げようとしてる気配もするしっ!
何だってこんな非凡な連中に付きまとわれなきゃならないんだよー!
僕の心からの叫びは、綺麗な満月が浮かび上がる夜空に吸い込まれて音もなく消えていったのだった。
03/12/2