「光あれ」



塔の頂上が見えたと同時に歌が聞こえた。
緑の葉が落ちる中、リュウが無事木の根に降り立つと、真っ先にシュウとかぜが寄って来る。


「パパ!皆!どうだった?大丈夫だった?」
「下の方はとりあえず大丈夫みたいでしたから、戻ってきたんですよ」
「よしよしかぜ、良い子で待ってたな、偉いぞ」
「ギャウウー!」


リュウから降りると、まず賢者の石の様子を見にいった。石は大きな樹の真下にあるので見えにくい。
しかし根と根の隙間から常に漏れていた赤い光が今は少し弱くなっているような気がする。


「これって……石自体が弱ってるって事なのかな」
「そうなのであります!さっきからどんどん光がなくなっているのであります!」


歌う弥生の隣で嬉しそうにシャープが言う。
言いながら不思議な動きをしているが、多分これは踊っているのだろう。
反対側では、皇帝が例のポーズで自分なりに頑張っていた。


「はー!」
「おっやってるな!オレたちもやろうぜシロ!」
「そうねー!はーっ!」
「やるなやるな!それ何だかビジュアル的に邪魔だし!」


その時、大きな音が辺りに響いた。


ビシッ!

「「!!」」


それは……ひび割れる音であった。何にヒビが割れたのか一瞬分からずに全員が動きを止める。
しかしすぐに、これは賢者の石が立てた音だという事に気付いた。


「ま、まさか、とうとう」
「壊れるのか?壊れるのかよ!」
「今の、本当に賢者の石の音なのか……?」
「光がとうとう無くなりそうですね」
「わーっ壊れるのねー!」


全員が大木の下に集まる。赤い光は今ではほとんど消えて見えなくなっていた。
気付けば、あんなに降っていた緑の葉が落ちてきていない。しかし風はますます強く吹いていた。
伴って空が、動いている。


「皆さん、とうとう、この時がやってきたのであります!」
「えっ」
「じゃあやっぱり……!」
「はい、もうすぐ、終わるのであります……!」


弥生の歌が柔らかいものに変わった。
例えるならば冬から春になったような、暖かい調べ。体が軽くなるようなゆったりとしたテンポ。
そしてこれは、歌の終わりを示していた。歌の終わり、即ち賢者の石の、終わり。

弥生はふいに頭上へと目を向けた。無数の葉と葉の間から随分と明るくなった空が見える。
あとあの雲1つめくれば、その向こうにはずっと待ち望んでいたものがある。


今、弥生の歌が止んだ。

弥生はまるで空から落ちてくる何かを受け止めるように両手を掲げ、終わりの言葉を紡いだ。





「光あれ」





その瞬間、光が落ちた。
大きな樹の頂点から幹の中心を突き抜け真っ直ぐに落ちた一筋の光は、その先にしっかりと賢者の石をとらえた。

たくさんの人の幸せを奪った赤い光は、一度だけ激しく光って、そして砕けた。



パキィィン



石の割れる澄んだ音が響いた時、空は世界をまとめて浄化するように光を降らした。

赤い光は消えた。
地面に留まっていた黒い闇はまるで溶けるように跡形も無く消えうせた。
空を覆っていた暑い雲はすべて吹き飛ばされた。


世界に、光が満ちたのだ。





「思った通り、凄い光だ」


その頃、塔の下にいる黒い3つと1つの影は、揃って空を見上げていた。
光に包まれる白い塔の隣で、光に消えそうになりながらそれでも。


「眩しいジェイ!すごいジェイ!」
「これで賢者の石は壊れたな」
「あの光じゃあな。どうだ鈴木、気分は」


イナゴが笑いかけた先には、苦々しい顔で鈴木が立っていた。この上ないほど苦々しい表情のまま鈴木がうめく。


「最悪だ」
「力を借りるつもりで力に溺れるなんて鈴木もまだまだだな、はっはっは!」
「やかましいぐおおお!」


吼えた後、チイッと舌打ちをして鈴木は続けた。


「……だが、暴走したのは事実だ。罪を裁きたければ好きにするがいい」
「だってさ。どうするんだ死神?」


イナゴに問われて死神はよっこいしょと起き上がった。そしてプリンを食べ終わると、鈴木に向かってにやりと笑いかける。


「じゃあ一生子分になれ」
「それだけはお断りだぐおおお!」
「まあ、自分には裁く権利が無い。おまけに逃げる君を止める義務も無い」


それを聞いた鈴木はしばらく黙ると、1つだけ笑った。


「っは。では遠慮なく逃げるが?」
「お好きにどうぞ」
「……ふん、後で後悔しても遅いぞ……」


ブツブツ悪態をつきながら鈴木は消えた。3人は黙ってそれを見送る。
オロオロしながらジャックが最初に声をあげた。


「本当に鈴木逃がしてよかったジェイ?」
「これをネタに色々命令できたりするからいいんだ」
「鈴木もしばらくは何も出来ないな」


はっはっはと笑いながらイナゴは立ち上がった。シルクハットの影から光溢れる空を見て、目を細める。


「……さて、オレも眩しいし、帰ろうかな。ジャック送っていこうか?」
「ジェジェッ!頼むジェイ!助かるジェイ!」
「死神は?」


ぼおっと空を見上げる死神にイナゴが尋ねる。死神は顔を戻して、微笑んだだけだった。


「もう少し見ておくよ」
「眩しくないかジェイ?オレっち耐え切れないジェイ!」
「もう少しだけ、見ておきたいんだ」


そう言ってまた空を仰ぐ死神に、イナゴは仕方ないなあと笑った。


「じゃあ、無理はするなよ」
「ああ。今日のお礼はまたいつかする」
「楽しみにしているよ」
「ジェーイ!待って欲しいジェイ!」


ジャックが慌てて側に寄った所でイナゴは指を鳴らした。それでもうそこには2人の姿は無い。
ただ1人その場に残った影は、いつまでもそこで光を見つめていた。





「石が、壊れた……」


塔の頂上は今、光に包まれていた。大木は光に照らされた陰のようにその場から消えうせた。
そして中央に残されたのは、粉々に散った石の破片だけであった。
破片からまるで邪の力のような黒い靄みたいな影が空中に抜けていった後は、塵となって風に吹き飛ばされていった。


「終わったんだ……」


呟いた途端、あらしは体から力が抜けていくのを感じた。今まで突っ張っていた心の部分が、安堵でときほぐれたかのようだ。
それは皆も同じのようで、一様に呆けた顔をしていた。


「そうだ、終わったんだ」
「色々終わったわけですねこれで……」
「終わったのねー」
「終わったなあ」


一通り力を抜くと、今度はほぐれた心から何かが湧き上がってきた。体がムズムズする。そうだ、これは……喜びだ。


「「やったー!」」


壊した、石を壊したのだ。
闇は消えた。光が満ちた。自分たちはやったのだ。とうとう全てを終わらせたのだ。


「ああ……とうとう、終わったのね」
「弥生、ご苦労様なのであります」


どっと疲れが出たような様子の弥生をシャープがねぎらう。


「あー何だかすげえ現場に立ち会っちまったなあ」
「光綺麗だった!貴重な体験できてよかったー!」
「ギャオオー!」


笑い合う赤竜親子の横ではかぜが楽しそうに鳴いている。


「「お疲れ!」」


あらしとクロとシロとウミと華蓮は、互いに互いの肩を叩き合う。
そこでふと横を見たシロが、びっくりしたように叫んだ。


「ど、どーしたのコーテー?!」
「「?!」」


全員でそちらを見れば、そこには……消えかけた皇帝がいた。皆驚いてそこに駆け寄る。


「おっおいおっさん!消えてるぞ体!」
「いつも透明だが、今は透明とかそういうレベルじゃないぞ!」
「ごっご先祖様!まさか……!」


まわりが慌てふためいているというのに、皇帝は微笑んでいた。とても幸せそうに、満足そうに笑っていた。


「皆、落ち着いてくれ。これは当たり前のことなのだ」
「「!!」」
「私は呪いでこんな体になっていた。つまり、石の力で今までここに存在していたのだ」


皇帝は、降り注ぐ光に感謝するように目を閉じた。


「やっと私も、国も、解き放たれるのか……」


そうだ、皇帝は呪いによって魂だけで存在していたのだ。
呪いの元凶でもある賢者の石が消えた今、皇帝を引き止めるものは何も無い。
何年もの時を経てやっと今、光へ還る事を許されたのだ。これは喜ばしい事なのだ。


「でも、分かってるけどやっぱり寂しいなあ」
「だよなあ、これでお別れだもんなあ」
「もう会えないのねー……」


しょんぼりする皆を見て、皇帝は声をあげて笑った。


「私は幸せものだ。死んでからもこうやって別れを悲しんでくれる友がいる」
「皇帝……」
「私の子孫よ、国は滅びた。しかし国の誇りだけはその胸に残しておいてくれ」
「はい……!」


涙を耐えて弥生が頷く。先祖なのだから、思いもまた違うのだろう。隣でシャープが肩を支えてくれている。
皇帝はいよいよ見えなくなってきた。光に溶け込むように、その体が消えていく。
その中、5人は友人として皇帝に言った。


「皇帝!あんたの事、これからも覚えておくよ!」
「あの世でも元気でやれよ!何なら地獄に来いよな!」
「また一緒に遊んでねー!」
「あの国の跡に行ったら、例の建物に寄るからな」
「忘れたくても忘れられない人ですよ、あなたは」
「ありがとう、旅人たちよ。これからも色んなものを見て、色んなものを知ってくれ!」


皇帝は笑いながら消えていった。

光は止む事は無い。空から無限に溢れてくる。すべてを浄化するこの光は、これから先も止む事は無いだろう。


光は常に、人の側にあるものなのだから。

05/03/20