白い地図



大地はどこまでも続いていた。どこまでも青く広がる空と同じように、緑の絨毯は途切れる事が無い。
所々に咲き誇る名も無き花々は、優しく吹く風と共に小さく揺れるだけであった。

その中に真っ直ぐ道があった。
良く踏み固められたその道は、数え切れぬ旅人たちが一歩一歩踏みしめて作り上げられていったのだろう。
少々でこぼことしているが、綺麗に真っ直ぐ続いている。

地平線の向こうまで続くその道を今進んでいるのは、1つの箱であった。
箱を引くのは大きな三輪車で、こぐものが1人、箱に乗るものが4人、五人の旅人が野原の真ん中を前に進んでいる。


「天国、どうなったかなあ」


空を見上げながらあらしが呟けば、足を組んで座る華蓮が返した。


「どうでしょうね。ドタバタ逃げてきましたからねえ」
「大丈夫よーお父さんとかいるものー」


シロが呑気に笑いながら言う。その隣では、ウミがどこか遠くを眺めながら大きくため息をついていた。


「かぜ、元気だろうか……」
「まだ言ってますよあれ」
「ウミ、かぜはリュウが知り合いの竜に預けてやるって言ってただろ」
「竜は竜に育てられるのが一番なんですよ」
「それは分かってるんだが……」


あらしと華蓮が口々にそう言ってやるがウミはまだ遠くを見ている。
塔の頂上で全てが終わった後、荒らされた天国の様子を見てすぐに逃げようという事になった。
その時かぜをリュウが連れて行ったのだ。あんなに大きな竜を1人の人魚が育てられるわけが無いので正しい判断である。
ウミも分かってはいるのだが、やっぱり寂しいらしい。


「ウジウジすんなよウミ。余計ジメジメすんだろうが」
「待てその言い方だといつもジメジメしてるみたいじゃないか。人魚はジメジメしてないぞ!」
「水いっぱい入ったタルがありゃあ嫌でもジメジメするだろが!」


ウミと怒鳴りあった後、三輪車をこぎながらクロがふと話題を変えた。


「そーいやヤヨイとシャープはもう国の方に着いただろうなあ」
「弥生さん……最後も綺麗だったな……」


がっくりと沈みながらブツブツ言い出すあらしを皆無視する。
弥生とシャープとは天国で別れた。あの階段を下りて、2人は国の跡に行って皇帝の墓を立てるのだという。
その後の事はまた2人で考える、と。
最後の子孫である弥生と一族を逃げ出してきたシャープの2人なのだから、どこへだって行けるだろう。


「みんな、バラバラになっちゃったわねー」


少し寂しそうにシロが言った。しかしすぐに元気を取り戻す。
理由は簡単だ。少なくとも今、5人は共に一緒にいるからだ。


「なあ、これからどこにいくんだよ?」


前を見ながらクロが尋ねる。華蓮もふうと息をついてみせた。


「目的は今回で全て果たしちゃったわけですからね」
「ここがどこかもよく分からないしな……」


ウミも周りを見回しながら言う。今の場所はリュウに適当に下ろされたので見当が付かない。
目的地が無ければ、旅も出来ない。不安が訪れた直後、あらしが一枚の紙を取り出した。


「そういえばさっき死神にこれを貰ったんだ」
「「いつの間に?!」」


別れも言わずに消えた、と思っていたが。いつ現れるか分からない男だ。
全員が興味深々に折りたたまれた紙を見つめた。


「それ、何が書いてあるのー?」
「まだ見てないんだけど、地図とか言ってたなあ」
「地図か、ちょうどよかったな」
「さっそく地図を開いてみて下さいよ」
「この先にゃ何があるんだよ!」


わくわくする皆を代表してあらしが紙を広げる。5人が覗き込んだそこに見えたのは……白だった。
その地図は白紙だった。


「……何も書いてないな……」
「これ本当に地図ー?」
「本当に地図、って言ってたんだけど……なあ」
「騙したんじゃねーの?あいつが」
「あの人ならありえますね」


期待していただけに失望も大きい。全員で脱力している中、ふとあらしは紙を見つめていた。
それは紛れも無く何も書かれていない紙だ。しかしあえてこれを地図だといって手渡してきた死神。
それを思い出して、あらしは少しだけ笑った。

前にあの男に言った。旅をする目的を探すために、旅を続けるんだ、と。


「いいじゃんこんな地図でも。道は一本道なんだから」
「確かにそうですけど」
「地図なんていらないかもよ。だって、目的地も無いわけだし」
「……そうよねー、今はまーっすぐ行けばいいのよねー!」


あらしがそう言うと、あんまり物事を深く考えないシロがニッコリ笑う。すると単純なクロもすぐに頷いてくるのだ。


「んだな、よっしゃー!全速前進ー!」
「また分かれ道があったときにこういうのは考えましょうか」


華蓮がもうどうでも良くなってそう言えば、残ったウミは必然的に従う事になる。


「……まあいいか、水があればいいんだ水が」
「そうそう」


こうして、いつもと変わらぬ仲間たちを乗せて箱は進む。


道は毎回違う、辿り着く場所も違う。

見るもの聞くものはもちろん違うし、出会う人々は初めてであったり、久しぶりであったりする。


前へ進めば周りは変わる。

しかしそれでも変わらないものもある。


空から降り注ぐ光は変わらない。

前へ前へと進むその一歩は変わらない。

共に歩く仲間たちとの繋がりは、変わる事は無い。



進めば進むほど、白い地図に記される歩みは変わる。


それでも決して変わらないものを持って旅は続く。



何かが終わって、何かが始まった今日という事この時、


5人の仲間たちの旅は、今日も終わる事は無い。





白き地図に、終わりなどないのだから。














   Spirit Of Adventurous   旅はまだまだ続く














05/03/22



 

 






















「終わり」という言葉はあまり好きではないので、使いません。
彼らの旅は、物語の外でこれからも続いていくのですから。

5人の旅がこれからも幸福なものであるように、どうぞ祈ってやって下さい。