赤い屋根



塔の頂上が踊り最高潮でフィーバーしているその時、天国がズシンという重い音と共に激しく揺れた。
宙に浮いているのだから天国の中に震源があることになる。とにかくその揺れで踊りは止まってしまった。
弥生だけが何とかバランスを取ってそのまま歌い続ける。


「いっ今の何?!」
「はっ、ここはどこだ、今まで何をしていたんだ」
「やべえ踊りにすっかり夢中になってた!」


我に返った一同がキョロキョロ辺りを見回す。すると、地上から煙が立ち昇っているのが見えた。
ただの煙ではなく、非常に黒い煙だ。


「か、火事かしら」
「バカ野郎、あれは炎で起こった煙じゃねえ。赤竜ならそれぐらい見分けろ」
「だ、だってー」
「火事ではないとしたら、あれは一体何の煙なんですか」


煙は未だに立ち上っているが、下を覗いても何も見えない。全てが黒いからだ。
歌と踊りのパワーなのかさっきよりも闇が薄いようだが。すると、顔色を青くしていきなりジャックが叫びだした。


「ジェッジェーイ?!やややばいジェイー!」
「「え?!」」
「あれは鈴木の起こした闇だジェイ!相当ひどい事になってるジェイ!」


あわあわと取り乱すジャック。ジャックには下で起こっていることが分かるようだ。


「おい!何が起こっているんだジェイ!」
「ジェイじゃなくてジャックだジェイ!鈴木の凄い力を感じるんだジェイ!」


さすが一応魔法使い。ジャックはそのまま座り込んでしまった。


「だっだから止めたのにジェイ……!魔法無しで鈴木に敵うわけないジェイ!」
「え、それって、どういう」
「あのままじゃ死神が闇に消されちゃうジェイー!どうするジェイー!」
「「!!」」


今にも泣き出しそうなジャックの言葉に全員で衝撃を受けた。
そうだ、そういえばさっき、死神本人が鈴木の相手をしていると言っていたではないか。


「ちょ、ちょっと死神が消されちゃうってどういう事だよ!」
「今2人が戦ってるジェイ!でも鈴木が今魔法使ってやばいんだジェイ!」
「つまり死神がやばいって事か!」
「そうだジェイやばいんだジェイ!」


ジャックの慌てぶりにこれは本当にやばいんだという事を悟る。あらしはおろおろするシャープに尋ねた。


「あとどれぐらいで賢者の石は壊れそうなの?!」
「え、えっと、まだちょっとかかると思うのであります」
「ジェジェ?!間に合わないジェイ!下手したら鈴木ここに来ちゃうジェイ!」


その間にも断続的に下から重い音が響いてくる。それが余計に焦りを募らせた。
全員がどうすればいいのか分からないでいると、いきなりあらしが叫んだ。


「下に降りよう!」
「「は?!」」
「かぜ、ちょっと背中に乗っけて、少しだけ下にいって降ろしてよ」
「ギャウ?」
「おいおい、ちょっと待て本気か?下は凄い事になってるんだぞ」


宙を飛び回るかぜを呼ぶあらしにリュウが声をあげる。
天国の島の上は賢者の石の守りが無いのだから闇の餌食になっているのは確実だ。
しかしあらしが何か言う前に、クロとシロが笑顔になった。


「そりゃいい!あの野郎を助けてやろうぜ!」
「そうよねー!みんなで鈴木から助けてあげましょー!」
「何だかんだいって、今まで色々助けてもらっているからな……」
「頑張ってくれているんですから、助けてあげなきゃ可哀想ですね」


ウミと華蓮も頷く。5人は顔を見合わせて、笑いあった。互いの決意が固い事を確認した。
どうやら本気らしい事に気付いたシャープが危険だと止めようとしたが。


「み、みなさ」
「あーまったく!揃いも揃ってしょうがない奴らだ!」


片目を覆ってため息をついたリュウが、シャープを遮ってニヤリを笑ってみせた。


「上等だ、子どもの竜にゃ危ねえから、おれがお前ら送り届けてやる」





辺りは闇の海だった。その中から力ある闇が次々と襲い掛かってくる。
あるものはその体を突き抜こうと、あるものはその身を闇に沈めようと。
やがてそこにあった家の壁に叩きつけられて、瓦礫が頭の上に落ちてきた。


「うっ」


ちょうど後頭部にぶち当たって、闇の無い地面に逃げ込んだ死神は痛そうに頭をおさえた。
後で絶対こぶになる。後、というものがあったならば、であるが。


「あいたた。うーん、それにしてもこれはやばいな。どれぐらいやばいかというとすごくやばい」


やばいやばいと呟くその顔はいつもと変わらず。
あともう少しだが、それからが長いのだ。例えあともう少しでも、そこで終わってしまえば全てが崩れてしまうのだから。
座り込みながら死神はため息をついた。


「……疲れた」


鈴木の闇から逃げて逃げてずっと走っていたのだから、疲れるのは当たり前だ。
その間にもいつの間にか闇が周りを取り囲んできている。うんざりして空を見上げた死神は、空の一点に何かを見つけた。


「あれは」


気付いた時は、点が大きな赤い塊になっていた。声をあげる間もなく、襟首を捕まれて宙を飛ぶ。
闇が戸惑うように揺れた。


「随分と乱暴な運び方だなあ」


闇を見下ろしながらそんな事を言っていると、放り投げられるように下に降ろされた。
形を崩され屋根だけとなってしまった家の上だ。闇はそこには無い。


「文句言うなっつーの!せっかく助けに来てやったんだからよお」
「そーよそーよー!」


声は上から降ってきた。同時に5つの体も降ってくる。無事送り届けた赤竜は少し高いところをぐるぐると回っていた。
死神は困ったように頭をかく。


「何で揃ってここに来るかな君たちは」
「いや、それより死神、何か妙に真っ黒じゃない?血、じゃないよね?」


着地に失敗して這いつくばりながらぎょっとしてあらしが言う。
あの闇のような液体が血だというのなら、たくさん流れているように見えるのだが……。
死神はもはや拭う気も起きないようで、ちらと自分の腕を眺めただけだった。


「これは……墨だ」
「嘘付け!」
「そういえば、鈴木はどこにいるんですか」


華蓮が辺りを用心深く見回した。
闇の海の中、見えるのは突き出した瓦礫や隙間の地面や遠くの白い塔ぐらいである。人影は見えない。
おそるおそるウミが下を覗きこんだ。


「この中に潜んでいて、もしかしたら泳いでいるのかもしれない……」
「海っぽいけどこれは海じゃないよウミ」
「あのあたりにいるな」


死神が指差したのは、辺りの闇より一層濃い部分であった。激しく揺れ動いている。
あの中に鈴木がいるのだろう。


「何か怖いわねー、あれ……」
「気をつけた方がいい。今の鈴木は前の鈴木ではない」
「ち、違うって、どういう意味だよそりゃ」


ビクつくクロとシロに、死神は真剣な顔を向けた。


「石の力に取り付かれているんだ。鈴木語しか喋らないし」
「「鈴木語?!」」
「あれだ、「ぐおおおお」としか言わない」
「それ鈴木語なんだ?!」


そこで死神はよっこいしょと立ち上がった。
大きな鎌を重たそうに担ぎ直すと、鈴木がいるであろう場所を真っ直ぐ見据える。


「そういうわけだから、君たちは塔の上に戻れ」
「なっ!」
「ここは危ない。せっかく来てくれて悪いが、邪魔なんだ。ほら早く」


しっしっとこっちも見ずに手を振ってくる。そんな事で引き下がる5人ではなかった。
声と腕を振り上げて猛然と抗議する。


「せっかく来てやったのに何だそりゃあ!」
「偉そうにあなたが命令する権利なんて無いでしょう」
「ここまで来たんだ、何もせずに戻る事なんて出来ない」
「僕らが危ないんだったら死神だって危ないんだろ!」
「いいじゃないのー手伝わせてよー!」

「……頼むから」


ぎゃーぎゃーわめく5人に体ごと向き直って、死神は


「一度だけでもいいから、この手で守らせてくれ」


「「……?」」
「死神……?」


その表情がいつもと違って、5人は静まり返った。その時だった。


「ぐおおおお!」
「「!!」」


闇が盛り上がった。中心に2つのにごった赤い光を見たような気がしたが、すぐに黒に隠れていく。
引き潮のようにサアッと辺りから引いていった闇は正面に固まった。
そのままの勢いで大波の如くこちらへ襲い掛かってくる。
あれだけの大きな闇が襲い掛かってくるのだ、飲み込まれてしまえばそれでおしまいだ。

覚悟する暇も無いまま、闇は目の前に広がる。



瞬間、ちっぽけなこの屋根の上が赤に染まった。



それは、賢者の石の赤い光でも、闇の中にあるにごった赤い光でもない。力のこもった赤い瞳だった。
今まで塗りつぶされたような真っ黒だった死神の瞳が、赤に灯っていたのだ。


5人を背に庇って死神は己の黒き血で染まった両手を突き出す。そこに、鈴木の闇がぶつかった。
そのまま溢れて全てを飲み込もうとするが、黒い手がそれを押し留める。
闇に手を埋め込みながら、死神は叫んだ。


「散れっ!」


その言葉と共に、一瞬だけ両手が赤に染まる。手の光が闇に飲み込まれる。
闇は一度だけドクンと脈打った。それで終わりだった。

闇の塊は、内側から破裂するように、無音で散っていった。


霧状になった闇が目の前を横切る。


「………」


はあはあと肩で息をしながら、死神は呆然とそこに立っていた。
後ろであっけに取られている5人よりも信じられないような顔をしている。

さっきのショックで震える手は下に垂れ下がったまま。
とっさに放り投げた鎌は落ちたまま。
赤い光によって強制的に散らされた闇は散ったまま。

赤く輝く瞳は助けを求めるように空を仰ぎ、絶望するように閉じられた。



それは、魔法が魔法によって打ち崩された瞬間だった。

05/03/14