異人の踊り手



ちらちらと葉が落ちる。緑色のみずみずしい葉だ。
命の力を吸収し成長した巨大な樹からまるで緑色の雪のように葉が舞い落ちてくる。
闇に侵食されていた天国の塔に今、大木が根を下ろしたのだ。
その根元でぽかんとしているのは、種から樹をここまで巨大化させた張本人たちだ。


「ど、どうなってんだこれ……」
「おっきーい!すごーい!」
「いきなり大きくなったからビックリしたよ……」


木の根は塔の頂上一杯に広がったので、皆は落ちないように根っこにしっかりとしがみついた状態だ。
大きな体のかぜは入りきらなかったので仕方なく宙を飛んでいる。
根っこに弾き飛ばされたらしいジャックが根と根の間から這い上がってきた。


「ねっ根っこに踏み潰されて死ぬかと思ったジェイ!」
「意外にしぶといですね。そのまま踏み潰されていても良かったんですよ」
「ひどいジェイ嫌だジェイ!」
「そっそういえば、賢者の石ってどこにいったの?」


あらしは周りを見回してみた。もしかして、さっきのドタバタでどこかにいってしまったのだろうか。
どこにあるか分からない。すると弥生が木の根元を指差した。


「あそこです、あそこにありますよ」
「えっ?」


一生懸命覗き込んでみれば……ギラリと輝く赤い光が根と根の奥に見えた。ちょうどこの木の真下辺りだ。
賢者の石の上に置いた種がこの大木になったのだから当然といえば当然である。


「え、ええっあんな所に?!」
「これじゃあ手が届かないな……取り出せないぞ」
「げっ、やべえな、大丈夫なのかよ」


一緒に覗き込んだクロとウミが心配そうに弥生を見ると、弥生は何ととても嬉しそうに微笑んでいた。
そのままあっけにとられる皆に頷いてみせる。


「大丈夫、これで成功しているんです」
「そうなのであります!立派に成長してくれて良かったのであります!」


近くの根の隙間から顔を出したシャープが説明してくれた。


「種の役割はこうやって気になって大地の力を借りるためなのであります!」
「大地の力?」
「賢者の石の力を抑えるには自然の力が一番ですから」


よく分からないが、とにかくこれでいいらしい。
根っこが透けている皇帝がまるで我が子を見守るように大きな木を見上げていた。


「つまり、我々のあのポーズのお陰でこの木はここまで成長したわけなのだな」
「やっぱあのポーズはすげえな!」
「最高のポーズねー!」


例のポーズ信者のクロとシロも同じように見上げている。緑の葉は途切れる事無くひらひらと散っていた。
とてつもなく美しい光景だが、共に見えるのは暗雲立ち込める黒い空。
どうせなら晴れ渡った青空を背景にこの大木を眺めたかったものである。


「ここからどうやって賢者の石を壊すの?」


根っこの上に座り込んでシュウが尋ねる。するといつの間にか木の幹に手をつけて立つ弥生が答えた。


「後は私が、力を込めて歌を歌います」
「「おおっ!」」
「歌姫の力をとうとう存分に発揮するわけですね」


息をつきながら華蓮が言う。弥生はニッコリ笑って頷いた。
周りがいきなり静まった心地がした。この空気が歌姫のためのステージを整えたようだ。
美しい金色の髪をなびかせながら、弥生は歌い始めた。


「いつ聞いても綺麗だな……」


誰かがほうっと息をつく。特にあらしが痺れているようだが皆無視してあげた。
初めて歌姫の歌を聞いたリュウとシュウも目を閉じて聞き入っている。


「歌姫の噂は聞いてたけど、これほどとはなあ」
「素敵……綺麗な歌……」
「ギャオーウ!」


かぜも嬉しそうに木の周りを飛び回る。同じく初めて歌を聞く皇帝もジャックもうっとりと聞きほれていた。


「見事だ……まるで今にも成仏できそうな心地になる」
「オレっちも思わず昇天しちゃいそうだジェイ!」


弥生の歌が響くにつれ、辺りの様子がどんどんと変わってきているようだ。

まず、風が吹き始めた。今までどんよりとした空気が立ち込めていたが、全てを吹き飛ばしていくような清らかな風だ。
その風に揺られるように木から落ちてくる葉の数が増えた。まるで舞うようにくるくると風に乗って散っていく。
空も雲が風に押されるように動き出した。わずかではあるが、今まで制止していた空の変化としては大きなものであった。

闇に飲まれかけた世界が、動き始めている。


「す、すごい!何が起こってるの?!」
「鈴木が賢者の石から貰っている力が弱まってきているのであります!」
「と、いう事は……石自体が弱まっているのか!」


これはいける!と全員が期待に胸を躍らせたが、静かに弥生を見守るシャープは難しい顔をしていた。


「駄目なのであります……これでは足りないのであります」
「「えっ?」」
「少しこちらの力が弱いのであります、このままじゃ石を壊せないのであります」


こんなに世界は変化しているというのに、まだ足りないようだ。
しかしもう手は打ち尽くしたのだから、これ以上何をやればいいというのだろう。
こういう場合は、


「例のポーズか!」
「あのポーズの出番だな!」
「やったーあのポーズよー!」
「ちょっと待てそこのアホ3人!」


途端に張り切る皇帝とクロとシロをひとまず止めておく。
この場合、弥生に皆の力を込めてもいいものなのだろうか。しかもあのポーズで。
いきなり弥生の具合が悪くなったりしたらとても困るので、あのポーズは後に回したほうがいいだろう。


「じゃあ何しろっつーんだよー」
「よーっ!」
「え、えーっと……何すればいいんだろう、ね」
「シャープさん何か無いんですか」


出来る事があるなら手を尽くしたい。皆がシャープを見れば、シャープは決意に満ちた瞳で頷いて、言った。


「皆で踊るのであります!」
「「……は?」」


この時ほど皆の気持ちが一緒になったことは無い。
呆けた声をあげれば、シャープは勢いを止める事無くまくし立てた。


「踊りの力はすごいのであります!歌と踊りで最強なのであります!」
「いや、あの」
「心を合わせて皆で踊ればきっと上手くいくのであります!」
「お、踊るって」
「ほら弥生の歌にあわせて!皆さんも踊るのであります!」


シャープは不思議な動きを始めた。踊っているつもりらしい。あまりにも不思議な動きなので誰も突っ込めない。
すると、いつの間にか例のポーズ信者の3人もつられるように踊り始めていた。
皇帝なんて踊りながらあのポーズを取り入れていたりする。


「……踊るの?」
「こらてめえ何してんだ!踊れ踊れ!」
「踊るんだ……」
「楽しいわよー!」


それぞれ不可解な動きではあるが、実に楽しそうではある。それを見ていたら、いつの間にか皆体を動かし始めていた。
まだぎこちないが、それは確かに弥生の歌に乗って、踊っている。


「こうなりゃ乗るしかねーだろー!踊るぞー!」
「おーっ!」
「皆さんいい調子なのであります!踊るのでありますー!」
「若かったあの頃を思い出すな」
「ギャオーッ!」


踊る皆を見てかぜは楽しそうに吼えていた。めちゃくちゃに踊りだしているのが楽しそうに見えたのだろうか。


「ギャオーギャオオー!」
「あっかぜもこれは歌っているのかもしれない……!」
「いやそれは親バカに見すぎだと思う」


振り付けは皆バラバラだった。共通の踊りなんてないのだから当たり前だ。
しかし、どこかリズムは同じであった。同じ歌で踊っているからか、それとも心が揃っているからか。
そんなの気にしちゃいられないほど踊る踊る。


「こうなりゃやけだ!」
「こんな時にプライドなんて持ってはいられませんよねえ」
「おりゃー!オレの編み出した踊りを見てみろー!」
「すごいな残像が見えてるぞ?!」


踊りを眺めながら、弥生も楽しそうに歌っている。大木の根から根へと飛び移りながら、踊りは自然と広がっていった。
天国の塔の頂上は今では、ダンス会場となっていた。


「うわーなんか気持ちがハイになっていくー!」
「楽しい!これ楽しい!」
「のりのりだジェイー!」
「あれ、そういえば何で俺達は踊っているんだったか……」
「そんなのどーだっていいわー!踊りましょー!」


ここがどこで何のためにここにいるのか、覚えているものはきっといないだろう。とりあえず踊るしかない。
皆踊っている。例外なく踊っているのだから。

皆別の種族だ。数々の偶然や必然が重なって出会った仲間たちだ。
もしかしたら一生出会わなかったかもしれなかった友人達だ。
その一人一人が踊っている。楽しくリズムに乗ってめちゃくちゃに踊っている。
違う種族だとか、気が合わないとか、そんなの最初から関係ない。


全員あわせて異人の踊り手だ。皆踊らなければならない。

踊れ踊れ。闇の中で、光を取り戻す踊りを踊れ。


その時、賢者の石にヒビが入ったことなど、誰も知る由もなかった。

05/03/12